第54話、三者目の勇者……


 真紅の噴火。


 不死戦艦の亡霊達が後退を余儀なくされる大噴火。


 獣の森も、幽鬼の沼地も、周辺を揺るがす紅。


 瞬刻、戦艦に……紅い一線が刻まれた。


「…………」


 戦艦が縦に割られ、両側左右に倒れていく。


 今、俺の顔は凄いことになっているだろう。山が両断されたようなものなのだから、当然である。


 戦艦の断面から、やたらと強そうな魔物達が次々に飛び出していく。


 談話や裁縫、シャワーや花の水やり、説教や就寝と様々な用事の途中であったようだ。


 分かれ落ちた戦艦が地に沈む。言うまでもなく爆風により今度は高々と飛び上がってしまう。


「ぬうおおおおおおおっ!?」

「任せるのだっ!!」

「――いてぇ!!」


 クラウザーが落下地点を予測して受け止めてくれた。重鎧に抱き締められ、こちらもこちらで痛いが有り難い。


「あ、ありがとう、クラウザーさん……」

「礼を言うには早いかもしれん。何か来るぞ……」


 クラウザー……いや、背後にいるエドワードとオーミの視線も、ある一点から外れない。


 飛び出した高位の船員達が、紅いオーラが巨大に渦巻くガッツを包囲する。


 どの勇者なのかと疑問を抱くよりも前に、オーラに変化が起きた。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 戦意を超えて狂気に支配されたガッツが叫ぶ。


 その轟きにより地はガッツを中心に波打ちながら飛び散っていく。


 膨大なオーラは次第に大剣を二つ手に持つ鎧の巨影を形作る。ガッツの元に、禍々しくも雄々しい鎧の上半身を出現させた。


「き、狂滅勇者・バサックや……」

「バサックだとっ!? 大した理由もなく魔族域を壊しかけた狂戦士じゃないかっ!!」


 昔々あるところに、巨人の勇者が誕生した。その勇者は魔族域のイケメンサイクロプスに彼女を寝取られ、狂乱するままにその極悪な力を奮ったという。その時、散歩中であった《力の魔女》が通らなければ魔族域の半分は崩壊したのではないかと今でも恐れられている。


「どどど、どないしよ……」

「ま、まさか勝てるのか……? あの不死戦艦に……」


 通常ならば俺達のように震え上がり、狂滅勇者状態が解かれるまでひたすらに祈り続けるのみだ。


 けれど不死戦艦の虐殺者達は違う。


 恐れなどとは無縁。そもそも持ち合わせていない。


『…………』


 何万という命を屠って来たであろう不死戦艦の軍団から、バサックの巨影と同等の大きさを誇る青い甲冑が船員をかき分けて躍り出る。


 手にある巨大な戦鎚は重さもさることながら、その淡く不吉な発光からどれだけの魔法的効力を有しているか分からない。


 狂気と殺意に染まるガッツへ、塔を思わせる戦鎚が振り下ろされる。


 振り下ろ……振り下ろ……されたのだが、


『っ……っ……!?』

『…………』


 バサックの影ごと殴り潰そうと振り下ろされた戦鎚は、迸るオーラの余波のみで押し負けてしまい、ガッツどころかバサックにすら届かない。


『っ……――――』


 戦鎚の鎧兵に、紅の線が刻み付けられた。


 バタンと左右に分かれてしまう巨兵。


『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 開戦の一撃により火が付くガッツへと、大小も種類もなく不死戦艦の軍団が殺到する。


 ガッツの動きそのもので、バサックの影が巨大な双剣を振るい始めた。その度に紅の軌跡が雑兵を滅していく。


 ここではっきりと分かるのが、不死戦艦の強さであった。


 その速度、戦闘力、統率された連携、そして次々とどこまでも現れる上位者。おそらく魔将クラスでも歯が立たず、タナカですらこの軍団には敵わないだろう。


 バサックよりも巨大なマンモスのスケルトンや鎧の蛇なども出現し、いよいよ勢いは留まるところを知らない。


 だがその悉くを、狂滅勇者は葬っていく。


『オオオオオオオオオアアアアアアアアアアッ!!』


 骨のドラゴンが顎門で噛み付――――斬。


 鎧の軍勢が一斉に取り掛か――――斬。


 魔法軍団が大魔法〈暴食なる暗光〉を解――――斬。


 鎧兵の統率者がついに重い腰を上げ――――斬。


 目に付いた端から、牙を剥き出しにその双剣で斬り伏せていく。斬撃を大地を刻み、剣圧で森を吹き飛ばしながら……。


「つ、強すぎぃぃ……」

「…………」


 幸運なことに不死戦艦の者達は逃げることがない。動く限りはガッツに向かっていった。


 この狂滅勇者状態は、そこまで長く続くことがない。しかしそれでも、お釣りが来る強さを誇っている。


 ガッツ一人に蹂躙された不死戦艦軍団は、やがて奥の手を実行した。


 骨が集まり巨大な骸骨となり、その上を鎧が覆っていく。


 見上げて……尚も見上げる、不死戦艦の本気。


『ッ――――!!』

『…………』


 突き出された不死戦艦の集大成である拳。墜ちる巨大な星を思わせる迫力で、大地を揺るがしながらガッツに振り下ろされた。


 対してガッツはイライラしながらも大剣を突き出し、切っ先から光線を放った。


 小気味良い炸裂音と共に、不死戦艦が破裂した。


『ガアアアアアッ、ウオオオオオオオオオオオーッ!!』


 破壊し足りないとばかりに怒号を木霊させるガッツ。


「や、ヤベぇ!! 思ったより早く…………あん?」


 どうにか時間稼ぎの手を考えようとした矢先、とある変化を察知した。


 戦艦自体が霧に包まれ、消えようとしている。


「えっ…………あの戦艦って、もしかして生きてんの? そして逃げようとしてんの? 負けたから?」


 そうはさせない。俺とガッツがここまで身体を張った戦いで、半分にされたくらいで逃げるなど許さない。


「てめぇ……、大昔からこんだけ騒いどいてまだやり直す気かぁ?」

「お、おいっ、待て! どこへ行く! 」


 骨と鎧の雨の中を、戦艦に向かい猛スピードで駆け出した。


「てめぇぇ!! 逃がしゃしねぇからな!?」


 ボスウルフのランニングフォームを見習い、腿を高く上げて腕を振って走る。


 当然に狂滅勇者状態のガッツはコバエの如く視界を彷徨く俺を新たな標的へと定める。


 そこまでは計算済みだ。


「ガッツよっ!! 恐ろしき我が友よ!!」

『ッ――――!?』


 崖側で震えていたマーナンに視線を飛ばして、とある指令を与えておいた。


「イヤですっ、怖いです!! こっちに来たらどうするです!? 代わりに死んでくださいよ!?」

『…………』


 無理矢理にイチカちゃんに眼鏡をかけさせ、僅かにでも時間を稼ごうと考えたが……。狂滅勇者状態が解かれつつあるのかガッツの眼鏡愛がそうさせるのか、微動だにせずに真顔でイチカちゃんを凝視している。


 そうしている内に戦艦近くまで辿り着く。


「おい、ガッツ!! こいつがまだ残ってんぞ!! お残しすんなよ!!」

『ぐっ、こ、おる……』

「ヤバっ、眼鏡で落ち着いたせいでもう解けそうになってる! まだ叫んで!! もっと怒って!!」

『あんま、り、腹がたたない……』


 怒らせなければ。俺は脳をフル回転させた。


「……ラーメンの海苔っている?」

『……なんだと』

「俺がレンゲを置いておく位置にいっつもいるんだけど、あいついる?」


 本当は思っていないけど、そんな人もいるんじゃないかなと思って言ってみた。


『…………それはちょっと位置をズラせばいいだけだろうがぁっ!! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 正論と共に真紅のバサックが瞬時に蘇り、巨大な双剣が振り上げられた。


「頼んだぜっ!!」


 急いで来た道を戻る。行ったり来たりとしたが、これが最後だろう。


 背後に上がる天を衝く紅い閃光が恐ろしくて仕方ない。剣風が背を押してあっという間に加速していく。


 チラリとそちらを窺うと、


『――オオオオオオオオオオオオオオッ!!』


 戦艦が容赦なく斬り刻まれていた。


 暴虐なれど理に叶った双剣捌きで、巨大な戦艦が紅い斬撃により細切れに抹殺された。


 こうして、ガッツの大活躍により激闘の幕が降りたのだった。



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