第2話、友達その一、ガッツ





 人類は、『聖域』と呼ばれる場所で生きている。


 世界は途轍もなく広く、信じられない発展をしている都市もあると聞くが、どこも聖域である。


 魔物を寄せ付けない不思議な場所が、そう呼ばれている。ただし、動物や例外的に侵入できる魔物もいることを忘れてはいけない。


 冒険者は未だ開拓されていない聖域外調査や魔物討伐の為に、都市にとって必要不可欠な存在であった。


 俺は冒険者ではない。実力や才能は、生まれた時点である程度は決まってしまう。


 だが俺はポーションを作れた。技能的に最も簡単だが、冒険者的に最も必要とされる生命力回復ポーションを。


 安価で傷口を治療、飲めば体力回復。お年寄りから子供まで、有って損のないポーションはどこのギルドにも作製者が必要とされていた。


 しかし、俺はまだまだ未熟者。ファーランド魔法学園で錬成魔法のみを受講して学び、更なる飛躍を目論んでいる。ギルドでの錬成も慣れて来て、友人から誘われた際には魔物の討伐依頼なども手伝っている。少しばかりの簡単な手伝いだ。


 なに、俺は酪農家の息子。体力には自信がある。


 中でも逃げ足は誰にも負けやしない。捕まることなど――


「――いやおかしいだろっ!! どこが簡単な手伝い!?」


 魔物跋扈する都市東の森奥で、檻に入れられて樹にぶら下がる俺は、近くの草むらに叫ぶ。馬鹿野郎との思いを乗せて叫ぶ。


 俺はコール・アリマ。前世の記憶があるだけの何の変哲もないただの村人だ。普段はポーションを作ってギルドに卸している素朴な人。赤茶髪くらいしか特徴がない平凡な男。


「しっ、しーっ!!」


 草むらから凛々しい顔だけ覗かせた体格のいい金髪の美男子が、人差し指を口元に立てて静かにしろと言う。完全に姿を隠しているつもりなのだろうが、大剣の柄が思い切りよく突き出ていた。


 あの馬鹿はガッツ・ノーキン。あいつも前世の記憶がかなりあるらしくて、しかも勇者だったのだとか。


 道理で冒険者の中でも破茶滅茶に強い筈だ。都市内でも屈指の実力だ。


 依頼の手伝いどうかな。今から酒場に寄ろうよ、くらいのこの誘い文句に乗った結果がこの現状だ。何故か俺はこいつと友人なのである。


「お前っ、頻繁に知能がゴブリンを下回るの止めろって!! 行動は逐一俺に決めさせろっ! お前は馬鹿なんだからよ!! ばーかばーかっ、アホアホアホアホアホォ!! つまりここから出せやぁぁ!!」

「…………」


 するとガッツは、口をぱくぱくさせて何かしらの言葉を伝え始める。


 “絶対に……”、以降が全く分からなかった。


「……すまん、もう一回はっきりとお願い。早くて分からなかったわ」

「ぜったいに、たすけるから、しんぱいむよう」

「馬鹿じゃん、こいつ……」


 愕然とした俺は、肩を落として頭を抱える。


 まさかはっきりと口パクさせたら、今度は声を出してはいけないことが疎かになってしまうとは……。


「仕方のない奴だ、お前は……。……あれぇ、鍵どこやったっけ」

「…………」


 やっと鍵を求めてポケットなどを探し始めた。


 はぁ……、まったく信じ難い。


 この都市にやって来てからの友達だが、この男は近接戦の強さに全才能を吸収されていて力任せな策しか思い付かないのだ。


「ったくよぉ……………………ん?」


 隣を見ると、トロールが立っていた。


 腹の出た巨体に苔の生えた岩のような肌、下顎から突き上がる二本の牙。


 無愛想な肉屋の店主を思わせる顔立ちをした腕力に秀でた魔物であった。尚、結構強い。


「…………」

『…………』


 無言で見つめ合い、俺は…………『あっちの方が簡単にやれますよ』と指を差して教えてあげた。


 言葉が通じずともジェスチャーで、忍び足から……その棍棒でゴツンっ……と、教えてあげた。


『…………』


 するとトロールは一度目線をガッツに向け、悪い顔で笑ってこちらに頷いた。


 悪い顔をして頷き返した俺は、トロールと握手をして彼を送り出す。


 彼はそろりそろりと、忍んでガッツへ歩み寄る。


「鍵とか面倒で捨ててしまったか? ……最悪、檻ごと運べばいいか。コールだもんな……」


 そして、


「――ぎゃぁああああああああ!!」



 ………


 ……


 …



「……信じ難い行いだったぞ? 魔物を送り込むって、やってること魔王だぞ?」


 不意打ちされた上でも勝ってしまうガッツ。力づくで捻じ曲げて開けた檻を担いで、我等が都市ファーランドへ帰還した。


 王国デューブックの端にある田舎なれど比較的大きな都市であった。


 石畳みの整備された道を行く。木造の温かい色合いの建物が立ち並ぶ間をガッツと歩いていく。


「よぉ、コールとガッツ。さっきポーション作ってくれって奴が待ってたぜ」

「うぃ〜っす、戻ったらたんまり作るから任せな」


 すれ違う顔見知りに適当な挨拶を済ませ、手を挙げて応えていたガッツへ言う。


「……友達を檻にぶち込んで森の木に吊るすのはいいのかよ。撒き餌みたいにしてさぁ。やってること釣り人だぞぉ?」

「あっはっはっは!!」

「お〜い、誰か馬車でこいつを轢いてくれ」


 快活に笑うガッツ。明るくて良いやつではあるのだが、非常識な側面が拭えない。こびり付いている。


「こんにちは」

「うぃっす、こんにちはっす」


 本来、俺はギルド【ファフタの方舟】にはポーション作製職人としてやって来たのに、何故かガッツはよく俺を誘って依頼をこなす。


 こいつが避けられている訳ではない。むしろ引く手数多である。ファーランド内外の精鋭チームから熱望されるも、全てを一貫して断っていた。


「……お前さ、なんで人気なところで冒険者やらないの? 有名チームとか……それこそウチのギルドで一番強い《アテナ》とかからも誘われたんだろ?」

「よく聞かれるが、答えは一つだ」


 あまり訊いてはいけないことかなと思い、これまで遠慮していたが、ガッツは気を悪くした様子もなく慣れた様子で答える。


「俺は強い。だが極まってる俺は向上心よりも、この街みたいなちょっとした平穏を守りたいんだ。なら俺が入るより、もっと成功したいって奴が選ばれるべきだろう。この俺は一人でも冒険ができるからな」


 穏やかな瞳で街並みを見渡す。戯れる子供、荷車を引く商人、買い物に行く親子。


 その風貌、まさに街の英雄であった。


「……いいこと言ってっけど、俺を連れていく意味とか何? 俺はポーション作製の仕事があるんだから一人で行きなさいよ」

「普通に考えて寂しいだろうがっ……!! 薄暗い森やだだっ広い平原を一人で歩いていると泣けて来るんだっ。無理矢理に役目を与えて危険地帯に連れて行ける友人など、お前しかいないっ」


 ヒーローと悪魔が同時に成り立つことってあるんだね。


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