第45話、獅子魔の咆吼


「ぷっ、ぷぷっ……」

「…………」

「ぷぷぷのぷ、です。悪いことをするからです。だから魔将なんかにも叱られちゃうんです」


 あろうことか敵方の魔将に叱咤された俺を、いい気味と愉快そうに笑うイチカちゃん。


「いいか? 嘘を吐いて誤魔化そうなど言語道断。そこに魔族も人間も、敵も味方もないぞ?」


 真っ当な説教にしゅんとする俺だが、セカドの物言いに少しだけ引っかかるところがあった。


「……けど、セカドさんもさっき嘘寄りの発言してませんでした?」

「拙者が? はっ……していない。嘘など貴様等同様に憎んでいるくらいだ」

「…………見つけたぞ、怨敵共って言ってましたよね」

「言った。確かに言った。しかしその通りだろう。貴様等は憎っくき怨敵である」


 セカドは自分に恥いるところ無しと、腕組みして自信ありげに頷いた。


「いや、見つけたぞって…………セカドさん、俺等が来るまでそこにしゃがんで隠れてたんでしょ?」

「…………」

「どう見てもその物陰に隠れて、タイミング窺って立ち上がってましたやん。結構早くから俺等のことを見つけてたけど、相応しい場所とか選んで先回りしてたんじゃないっすか?」

「…………いや、森の中とか走り回って……やっと今、見つけたのだが?」


 急に態度がふわふわし始めるセカド。


「そもそもどうして魔王を倒した俺等が森にいるって知ってんすか? 人間に裏切り者いますよねぇ。そいつから聞いて俺等が来るの知ってたのに、見つけるのにこんなに時間かかるわけなくないですか?」

「先回りして待ってました!! これでいいだろう!!」

「はい、正直者。偉い」


 羞恥に耐え切れなくなったセカドは、追い詰められる前に自分から真実を告白した。


「……今の嘘を吐いたお詫びに、冥土の土産をくれてやる」

「もしかして……、裏切り者を教えてくれるんです?」

「そうだ。貴様等がどう受け取るかは知らないが…………はっきりと言ってしまうと、ここの領主が拙者に協力している」


 イチカちゃんとセカドが真面目な話をしている。


 そんなところにトイレから戻って来たガッツが、ハンカチで手を拭きながら事態の訳も分からず頭に疑問符を浮かべて合流した。あの人はどなたなのと言った目を向けられるも、重要そうな話題に声を出せない。


「り、領主様が……!? 私達は都市を救ったんですよ!?」

「それが気に入らないらしい。だから人気者の貴様等を殺すのに協力している。同時に目にかけている冒険者を持ち上げてしまおうという考えだ」

「無茶苦茶ですっ!」

「無茶苦茶だ。領主は魔王様から避難する際に、使用人達に暴言を浴びせたせいで家財を持ち逃げされたのもあって、貴様等を逆恨みしている」


 俺達の代わりに《希望剣》を《闇の魔女》様に紹介するつもりなのだろう。


 何とでも言える。ここで俺達が死ねば、俺達がやられた魔物を代わりに《希望剣》が倒したのですなどと、あの領主なら口から出任せにつらつらと言いかねない。


「気の毒だが、拙者に同情の思いはない。三人まとめてかかって来るがいい。この魔将セカドが葬ってくれる」

「えっ、あれ魔将なのか!?」


 茫然と見ていた事態に気付き、取り乱したガッツが慌てて大剣を構える。


「遺跡の精霊さんと出会えたのかと思っていたぞ……」

「うぃ〜、サプラ〜イズ」

「いらん!!」


 幸運なことにここには魔将を退治した経歴を持つ二人が揃っている。充分にやれるだろう。


「イチカちゃん、ダガーとガッツを使ってやっちゃって」

「む、無理です……。あれはウルフじゃないので、今の私は酷く扱い辛い付与魔法使いそのものです……」

「おぉ……いやいや、むしろいつものイチカちゃんに戻ってくれて良かったわぁ。背後にいられるだけで気が気じゃなかったもん」


 いつもの小動物イチカに安心したところに、魔将セカドは舞い降りた。


「ふんっ!! ……どこからでも掛かって来い」


 身の丈を超える巨大な槍を構え、ガッツへ矛先を向けている。構えからも分かる。


「……強い……」


 知っている武人とは風格が違う。猛者が鎬を削る魔族域にて将軍にまで上り詰める者は、これほどのレベルでなければならないらしい。


 納得の闘気を滲ませている。


「……ふっ、ファストよりは楽しめそうだな」


 セカドの気配に押され気味なガッツが汗を手で拭いつつ強気を発した。


「えぇっ!? あ、あの快速ファストまでやっつけたのか!?」

「……知らなかったのか?」

「あぁ、そう…………ファストを、倒したのか……やるではないか」


 明らかに、ファストよりかは弱いことを教えてくれるセカド。


 “俺、ファストより弱いのにどうしよう”という感情がビシビシと伝わってくる。


「まぁ、しかしあの時のあいつは死にか――」

「イチカちゃんとガッツが協力した一撃だったんだろ? 今日も揃ってるし、やっちゃおうぜ」


 馬鹿正直なガッツの言葉を遮り、セカドをビビらせてみる。何故なら面白そうだから。


「一撃!? い、一撃!?」

「一撃です。消し炭です」

「消し炭っ!? ……へ、へぇ…………ふ〜ん……」


 便乗したイチカちゃんが、更にセカドを怖がらせる。確かにタナカにも一撃で葬られていた。


「………………っ!!」

「あっ、飛び退いた!! 元の位置まで逃げたぞ!!」


 あの重量でボスウルフを彷彿とさせる跳躍力を見せる。


 直接やり合うことを回避できたが、どうやら正解だったようだ。


「まずは拙者の特殊能力から披露しよう。〈獅子魔の雄叫び〉……」

「っ、危険な技が来るぞっ! 気につけろ!!」


 セカドが全身に力みを入れ、放出する魔力に包まれていく。


 獅子の顔にも野性味が戻り、獰猛な眼は高まる闘志を表している。


 喉を鳴らして威嚇音を小さく続け、力みの解放と共に百獣の王による雄叫びを獣の森に轟かせた。


「――――ニャ〜……」


 獅子が、鳴いた。


「可愛い……」

「まるで子猫ちゃんです」


 セカドの勢いで言うと、音圧で大地ごと吹き飛ばそうというくらいのものであったが、結果として何とも可愛らしい声で鳴いた。


 父性が顔を出しそうになってしまった。


「ウキ? ウキーッ!!」

「なっ!? ドブロクモンキーだと!?」


 背後の樹からガッツに飛びかかったのは、逃げた筈のドブロクモンキーであった。


「拙者の〈獅子魔の雄叫び〉は、近くの獣型の魔物に命令を送れるという最強の特殊能力だ。つまりは……この森中の魔物が、貴様等の敵というわけだ」


 一つも可愛くない能力であった。



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