第44話、勝負どころの騒ぎではない



「クラウザー、あまり泥濘みの方へ近寄るな! 足を持っていかれてしまう!」

「おっと、了解した!!」


 その頃、《希望剣》の三人も一体目の標的と接敵していた。


 ナマズーンという魚類の魔物。動きは遅く、討伐レベルも低いが、その体表から放電する性質と何でも丸呑みにできてしまう身体の大きさから、非常に厄介な魔物とされている。


 しかし幽鬼の沼地は足場が悪い。


 故にエドワード達は身体を半分まで沼地に浸からせていたナマズーンを攻撃して挑発。足場の安定した場所まで誘導し、連携を取りつつ慎重に討伐を行っていた。


 いつもならばここでモルガナの強力な魔法が発動され、即時討伐完了となる。雷魔法を主に、多種多様な上級魔法を操るモルガナにかかればナマズーンの巨体も一撃にして丸焦げであった。


 けれどこの度はそうもいかない。


 火力を一手に担って来たモルガナを欠いた三人は、まだ彼女がファーランドに現れる前を思い起こしながら戦闘の熱に浸っていた。


「この緊張感っ、忘れかけていたっ!! 〈華麗なる刺突エリートスピア〉ぁ!!」


 一直線に突き出されたレイピアの軌道に魔力の薔薇が咲き誇り、ただの刺突を彩る。


 三人であった頃はC級冒険者パーティーであった。地道に腕前を上げ、魔物対策も今程に大雑把かつ大胆ではなかった。資料を読み、作戦を練って、時間をかけて魔物を倒していた。


 分かってはいたが、モルガナに依存していた事実。改めて気付いた時に、三人は冒険者の心を取り戻した。


「っ……!!」

「よくやった、オーミっ!」


 沼に戻ろうとするナマズーンの背後に、瞬足を活かして回り込んだオーミが氷玉を投げていた。あっという間に凍結する沼にナマズーンは引くこともできなくなる。


「エドワード、電撃が来そうだぞ!」

「私はいいっ、オーミを護るのだ!!」

「了解っ……!」


 身体中が傷付いたナマズーンは身体を僅かに縮ませて、電撃を周囲に飛散させた。


 飛び退いたエドワードの指示にクラウザーはオーミへ駆け寄り、その前で大楯を構える。


「ぬぅぅ……!!」


 激しい炸裂音で大楯へ撃ち込まれる電撃を、三度とも耐え抜く。


「無事か、オーミ」

「…………」


 雷撃が収まり、背後のオーミを確認したクラウザーに彼女は頷いて返答した。


「まだ敵から目を逸らすんじゃない! 戦闘は終わっていないぞ!!」

「おおっ、そうだな! 優勢の時こそ慢心に気を配らねばっ!」



 ♢♢♢



「……あれよ? あれみたいなのが、冒険者なの」


 崖から遠くの沼地で戦う《希望剣》を眺め、二人に教えてやる。


「あんたらの戦闘は冒険者的に有り得ないもん。ポーション係でも知ってんよ」


 冒険者は本来、ガッツや先程のイチカのように単身で戦闘を完結させてしまおうという戦い方はしない。


 片や馬鹿の一つ覚えに大剣を振り回して突撃し、片や付与魔法使いを名乗る傍ら単身でウルフに突撃し……。


「でも勝っているぞ」

「でも勝ってるです……」


 声を揃えて憮然として言う二人。一人だってできるもんといった面持ちをしている。これまではそうかもしれないが、タナカでもあるまいし一人で何でも倒してやるなどというのは無茶な話である。


「うぃ〜、終わらない反抗期お疲れさん。じゃ、先いこっか」


 無駄な時間となってしまったのは置いておいて、話題を変えて先を急ぐ。


「さっきの騒ぎでドブロクモンキーがウルフから逃げたみたいじゃん? ならちょっと進路を変えて手前のやつでもいいと思うのよ」

「アリです。《希望剣》はどうやらボス級のみを狙っているようなので、群れ作戦は勝ち目アリです」

「その通り。やっぱりあいつ等、モルガナがいなくて時間かかってるっぽかったから、落ち着いて行けば勝てるんじゃねぇかなぁ」


 崖に沿って歩いていたルートから遺跡らしき物を近くに発見。再び森へと入り、獣道を行く。


 この遺跡を越えるとお目当ての魔物に出会える筈。


 暫く鬱蒼とする植物や歩きにくい森の試練に悪戦苦闘するも、やがて視界は開けて遺跡が顔を出す。


「うぉ〜、まだ見たことなかったけどスゲェな。本気でテンション上がるわぁ」

「普通では見られない未知との出会い。これぞ冒険ですねぇ……」


 目の前に広がる岩で造られた苔や蔦だらけの遺跡を見上げる。


 イチカちゃんと隣り合って大昔から現在までその原型を留める遺跡に感嘆を口にした。


 もはや崩れ落ちて何の意味も成さない柱一つに、歴史を強く感じてしまう。


「うぅ……コール、俺はちょっと用を足してくる」

「出発前に行っとくもんよ? ……迷子にだけはなるなよ」

「すまんっ! ここで待っていてくれ!」


 焦りを滲ませるガッツが駆け足で森へと戻っていく。


 喜びと童心さながらの興奮に水を差されたが、改めて遺跡に関心の目を向ける。


「……是非、中も見てみたいなぁ。別に入ってもいいんでしょ?」

「えっと、私はおススメしないです」

「ん〜……時間がいくらあっても足りないから?」

「それもですけど、この遺跡は他にも解明されていない謎だらけだからです。罠とか、封印されたものとか、隠し部屋とか。……入って出られなくなったらどうするんです?」

「たしかにぃ〜」


 合点のいく説明を受け、相槌と同時に遺跡への危機意識を高めた。


「どうしても入りたいなら、遺跡調査の護衛をしていた先輩達にでも連れて――」


 突然。それはもう突然にそいつはやって来た。


「――見つけたぞ、我が怨敵共」


 見上げる遺跡の一角から、その者は現れた。


 形容し難き重圧は強者の証。相貌の異様さと相まって、命の危機感を強く感じさせる。


「…………どちらさん、っすか?」


 獅子の顔を持ち、百獣の王に相応しき強靭な身体を鎧で覆い、武人然として立っている。


 ボスウルフとも違い、明らかに人型であった。


「我が名は魔将“セカド”……。愚かにも魔王様を殺めた貴様等に天誅を下す為、はるばる魔族域より参った者……」

「…………」



 …………………………。



「魔将じゃん!?」

「魔将です!? しかも強そうです!!」


 復讐という当然の可能性をすっかり頭から追い出していた俺とイチカちゃんの前に、魔王の仇討ちを果たしに魔将がやって来た。


 危機を察してすぐ、無意識のうちに俺は口を開いていた。


「俺はただのポーション職人っす!! その場にいただけっす!! 実行犯はこの子ともう二人ですっ、セカド様!!」

「ちょぉぉ……!? 何故いつもそんなに鮮やかにクズになれるんです!?」

「ちょっと……ホント止めてください。そんな親しげに服を引っ張られると、関係者だと思われちゃうで……」

「ホントに最低です!! 迫真の演技で他人を気取り始めました、この人!!」


 小さな身体で服を掴み揺さぶられるも、俺は迷惑そうにするのみ。


 すまない、イチカちゃん。これは、あのぉ…………そう、ガッツが来るまでの時間稼ぎだから。だからやってるだけだから。本当なんだから。


「その場にいたのなら殺す」

「えっ!?」

「その場にいた全員を、殺す。魔王様に加勢して然るべきところをただ見ていた者共も同罪だ。貴様等の後は都市の人間達だ」


 魔将セカドは、魔王を殺されて関係者全てを殺すつもりであった。


「その場にいたのだろう?」

「い、いや、いたって言ってもアレですよ? 大きく俯瞰的に見たら、全然違う場所でしたよ? いたって言うのに今まで違和感がありましたから。だからまぁ……その場にいないの方が適切なのかなぁって」

「嘘だけは吐くなぁっ!!」

「すみませんっ!! がっつりその場にいました!!」


 魔将セカドに叱られ、正直に自白した。


 こうして、俺は逃げ場を失った。


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