第20話、真相後の絶体絶命
「……えっ!? 腹が痛くて腕を飛ばしたんすか!?」
「腹痛時のダル絡みは、万死に値する。そこに魔族も人族もないだろう?」
「あ、そうっすね。言われてみればそうっす」
魔王様の言い分に納得してしまった。
「あ、あの……私達はどうなります? 帰っていいです?」
俺を盾にして顔を覗かせたイチカちゃんが、素朴で当たり前な疑問を発した。
「イチカちゃんさぁ、当たり前じゃん、そんなの。俺達が何をしたのよ、魔王様に。何もしてないだろ? さっ、馬鹿言ってないでさっさと帰りましょ」
「いいや、君達には死んでもらう。というよりも、バレた以上は手当たり次第に殺させてもらう」
「なんでですか!? 今は腹は痛くないんでしょ!?」
「あぁ、お陰様でな。だがバレちゃたもんなぁ……」
後頭部を掻いて仕出かしたミスを悔いている。
勝手に勘違いして出て来た癖して、手当たり次第に殺害するというまさに魔王。正真正銘であった。
「ぐぬぅ、俺をして全く勝てる気がせん……!! しかしやるしかないのかっ!!」
「ど、どうしてこんなことに……」
超人ガッツやイチカちゃんは魔王から滲む途方もない魔力に呑まれてしまっている。
いや、両ギルドの物陰から覗く者達もそうだろう。そして酔い潰れて寝てしまったギルドのトップ達は俺達に恨まれていいと思う。
「はは、終わりだ……。前世の記憶を持つ我にはわかる……魔王になど勝てるわけがないのだ……はは……」
マーナンに至っては【悪魔っ娘怪しげカフェ】のスタンプカードを見て、あと一つで貯まるのにと最期を確信して破り捨てる始末。あと通い過ぎ。
失意に沈むそんな中、俺は一歩前へ出て言う。
「あっ、すみません」
「何だね」
「あの、俺は戦闘員じゃないんでいいっすか? タナカさん……いいや、タナカ様は知ってますよね。俺はあの二階でポーション作ってコソコソしてるだけのコソコソ小僧です」
「…………」
考える素振りとなるタナカ様。
見捨てるつもり満々な俺を、三人がぎょっとした眼差しで見ているが全く気にしない。周りの人達も明らかに驚愕しているが、全く気にならない。
結論が出たのか、タナカ様は俺に視線をやり……。
「…………」
横へ外れて良しとの指示を、無言のままに手で指し示された。
「あざーっす!!」
腰を直角にしてお礼を告げ、こそこそとパーティーから離脱をする。
「――――ぐぉ!?」
だが一歩も踏み出せずして急激に引き止められてしまう。
「恥を知れっ、貴様ぁぁ!!」
「一緒に死のうぜぇ、コールぅぅ……」
杖を使い胴に抱き着くマーナンと襟を万力で掴み取るガッツにパーティー離脱を邪魔される。
こめかみには血管を浮かべ、その怖い顔は何故か引き攣っている。
「くっそぉぉ……!! 俺は村人だぞ!? 何が一緒に死のうだぁ、こういう時に本性が出るんだよっ!! 最低だなっ、おまえら!!」
確固たる保身を胸に前へ踏み出しながら非難した。
「貴様が言うなぁぁ……!!」
「お前が言うな。何一つ迷わず見捨てたな、流石の俺達もこれには驚いたぞ。むしろお前は流石だな」
是が非でも道連れにしようとする非道な輩を引き離そうと苦戦する間に、小さな影がタナカへ一歩踏み出した。
「あ、あの、タナカ様っ……!」
「何だね」
「私は付与魔法しかできないですし、……以前にご相談しましたよね? タナカ様の戦闘の邪魔にしかならないのでっ、その……退いてもいいです?」
「…………」
するとタナカは再び考えを巡らせ始める。
やがて決断したタナカは顔を上げ…………無言で離脱許可を手で指し示した。
「ありがとうございますっ! 魔王様に幸あれっ!」
深くお辞儀をしたイチカちゃんがとてとてと走り去る。
……前に服を引っ捕まえる。
「行かさねぇよ!? なに俺の真似してくれちゃってんの!? アレ俺の作戦だからぁ、権利獲得してっからぁ!!」
「さ、最低です……!! 私はあなた達みたいなケダモノとは無関係ですっ!! 私はソロですぅっ!!」
「うるせぇ、小娘っ! 俺が死んで誰かが助かるなんて絶対許さねぇ!!」
俺を引っ張り止めるマーナンとガッツ。そしてイチカを捕まえる俺。
この騒ぎは俺か誰かが折れなければ止まらないが、確実に誰も折れないことを皆察していた。
「…………」
タナカから、邪悪かつ膨大な魔力が噴出する。
「いつまで騒いでいるのかね。このタナカを前にして随分と余裕ありげじゃないか」
魔王の魔力はファーランドの半分を埋め尽くす程に無尽蔵で、尚且つ植物を枯らしてしまう程に毒々しく邪なものであった。
「くっ、なんだっ……これが、魔力なのか……?」
「……これが、魔王だ」
比喩でもなく魔力を込めて片手を振るうだけで、建物を軒並み吹き飛ばしてしまうだろう。
魔法ならば都市壊滅は免れない。
凶悪な猛者が鬩ぎ合う魔族域において、王として力での支配により君臨していたに相応しい理不尽なものであった。
「そ、そもそもタナカ様はこんなところで何を……? 目的次第だとお力添えなんかできちゃったりして……」
「…………ふむ、なるほど。悪くない取り引きだ」
俺の提案に一理あるとしたタナカは、懐から妙な魔道具を取り出す。
「私の目的は、――《嘘の魔女》を殺すことだ」
その一言に大きな騒めきが生まれる。驚愕の声が一気に弾けて騒然となる様は、事の重大さを物語っていた。
「な、何を世迷言を……!! そんなことは不可能だ!! できる筈がないだろう!!」
「魔王程の力量ならば我等よりも遥かに百も承知の筈だが……愚かな……」
これだけの魔王の力を目にした後でも迷わず断言できてしまえる程に《嘘の魔女》という存在は次元が違う。それは人族や魔族に関係なく世界の常識である。
「無論、あれのことは知っている。研究し、殺すもしくは封じる手段を…………私は持っている」
タナカは自身の有する魔女殺しの策を仄めかす。
背筋が震える程に不気味な笑みを浮かべて……。
「…………」
その裏で俺は密かに、魔王討伐を決意していた。
俺はもうすっかり逃げる気を失った。男コール、聞き捨てならない文言を耳にしたからには、魔王だろうが神だろうが捨て置けない。いざタナカに立ち向わん。
「おい、やってやんぞコラァ。人間様ナメんなよ、つるっぱげ魔王が」
「コールぅ!? どうしちゃったんだ!? いい子にしてなさい!?」
焦燥感を露わにするガッツに引き止められるも、腹の虫は治まらない。
「武器なんていらねぇ、素手でやってやらぁ」
「それはもういつものコールだっ!! 気怠げで飄々としていて態度が大きくて、だが万年通してヘナチョコのコールだっ。蛮勇が過ぎるっ、何故にこいつは急に化け物になってしまったのだ!!」
「蛮勇、杞憂、っていう俺のリリックぅ」
マーナンにまで制止されるも俺の闘志は燃え上がるのを止めない。
「ていうか、ここでこいつに協力したら《嘘の魔女》様に叱られんぞ?」
「ぐぅっ、確かにそうだがぁぁ……」
マーナンが臆す気持ちは分かる。
分かるが、そもそも倒すしかない。ここで見逃しても《嘘の魔女》信者がファーランドに押しかけるなんてことも充分に考えられる。
「……覚悟を決めろ。これもまた冒険だ」
「冒険です」
「いや、イチカは何にもしなくていい。何なら本当に逃げていい」
「ガッツさん……」
「お前の魔法は何が起こるか分からなくて怖いから」
「…………」
「ここに居ていいイチカは眼鏡をかけたイチカだけだ」
「あなたも早く片腕ちょん切られてください、このウジムシ」
大剣を肩に担ぎ、戦意を見せるガッツ。蔑む目付きのイチカに見送られ、歩み出す。
「ふっ、コールのお陰で目が覚めた。俺は何を臆病風に吹かれていたのだ……」
勇ましく、雄々しく、誇り高く。
重厚な大剣を軽々と扱い、途轍もない力強さを滲ませてタナカへと歩んでいく。
「俺はガッツ。万夫不当の戦士だ」
「来なさい。遊んであげよう」
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