第5話、お縄になってから来た犯人


 一階に降りるとかなりの美人が一人、正座で座り込む形になってギルドメンバーに囲まれていた。


 しかし皆、冷静で酔っていても大声を上げる様子は見られない。むしろ困っている風である。


 するとその長い青髪をポニーテールにした彼女は、その強気な眼差しで俺を見つけて毅然と言う。


「殺しなさい」

「草を盗んだくらいで殺さねぇよ。どんなコミュニティだと思ってる? この街はもっと温かいのよ。ていうか、俺等が普通に捕まるだけなのよ」


 事情を聞けば、縄で拘束されて…………っていうか、自分で結んでからやって来たらしいのだけど。


 つまり、自首をしに来たわけであった。


 彼女“ヤクモ・キサラギ”は、隣の冒険者ギルド【マドロナ】のポーション作製係だ。


「……すみませんでした」

「なんでまた盗みなんて……葉っぱ足りなかったの? あんなそこら中に生えてるもんなんか持って行かなくてもあげるのに……」


 ヤクモは、侍の気質で答えた。


「――私のポーションが、マスタード臭いからです……」


 ツンと鼻に来るポーションであった。


 どこか落ち着かない気持ちになりそうなポーションである。


「……一部から人気って聞くぞ? コアなファン層、大事にしていこうぜ」

「私は【マドロナ】のポーション作製者として、全員が戦闘や冒険に負担なく飲めるポーションを作らなければなりません。……うちには《希望剣》もいますし」


 《希望剣》とはモナの所属する冒険者チームで、この街で最高のB級という高レベルなパーティーだ。


 話が見えて来た。ヤクモは自分の飲み難いポーションを何とか改善しようと、俺のポーションに目を付けた。


 もしくは向こうのギルド内で比較されていたのかもしれない。それは辛い思いをしただろう。


 だから薬草に何かあるのではと、盗みを働いてしまったようだ。


「そんでヤクモさん、何か判明したのかい?」

「…………何も。コールさんの技量が高いだけでした」


 技量と言うが、ヤクモさんは六種類のポーションを作れる一流のポーション職人だ。俺と同じく週一で学園の錬成魔法の授業を受けているが、そちらの成績も俺より遥かに上だ。


「しかし負けません。私は誰よりもポーション愛を持って勉学に励んで参りました。謝罪する気持ちはありますが、後悔はない」


 敵意すら感じる目付きで睨み付けられる。


 ざわざわと騒ぎ始めるギルドメンバーだが、答えは一つだ。


 罪悪感に負けて謝罪に来るくらいだから良い子であるのは間違いないのだから。


「訊けばいいのに」

「……何をですか?」

「やり方。技術交換だっけ、そういうのをすればいいじゃん?」


 ヤクモに歩み寄り、縄を解こうと試みる。


「分かる分かる。命を救うものを作ってんのに、当の本人から飲み難いとか、向こうのは飲み易いなんてことを言われたらショックだよな。それだけ努力してるヤクモさんなら、とびきりキツかったんじゃねぇかな」

「……コールさん……」

「今、丁度作ってるから見に来な? ヤクモさんが作ってるところも見たいしな」


 手強い縄をどうにか解こうと苦労しつつポーション作製に誘ってみる。


「……完敗です。意地になって悪い方向へ進んでいたに違いない」


 全然まったく縄の結び目の構造が分からない。


 は? やってやろうじゃん、……こうかっ? こうなんかぁ!?



 ♢♢♢



 ポーション職人ならではの苦悩を前に、冒険者達は反省していた。


 それとなく【マドロナ】ギルドのメンバーにも伝えておくべきだろう。


 冒険で幾度となく……いや、いつも助けられていたポーション。むしろ崇められるべきポーション。ポーション如きと侮っていたことを猛省する。


 しんみりとする冒険者達は様々な思いを胸に、ヤクモの背後で縄相手に苦戦するコールを見守っていた。


「技術交換……私からモォッ!?」


 コールが腕に巻き付く一つの縄を引くと、ヤクモが突然に身体を跳ねさせた。


 胸を挟む形で通る上下二つの縄が締められ、見事な美乳が強調されてしまう。


「あ、ごめん。痛かった?」

「い、いえ、構いませんっ……。キツく結び過ぎていたようです、お構いなく…………はぁ、はぁ……」


 呼吸荒く頬は赤く染められ、明らかに情欲に燃える瞳。コールを見る鋭く気丈であった目付きは、一瞬にして物欲しそうなものへと変化していた。


「わたしっ、どうして…………ぐぅぅっ!? こんなっ……!?」

「おっ、解けそう」

「はぁ、はぁ……ゆ、ゆっくりでっ、ゆっくりで構いませんっ。むしろ、じっくりでお願いします……」

「じ、じっくり?」


 媚びるヤクモは色香を振り撒き、女性的なスタイルもあって非常に艶やかであった。


「…………」

「…………」


 あくまで拘束が解かれるのを見守っているだけ。


 その建前をいいことに、男性冒険者達は腕組みして心を紳士に徹した。


「……最低です」

「最低だな」


 蔑む眼差しで見るイチカに続き、眼鏡がなくては価値を見出せない流石のガッツも冷徹に評した。


「ふぃ〜〜……よし、解けたぞ。上、行こうぜ」

「は、はぃ……!」



 ♢♢♢



 疲れ気味のヤクモを連れて、戻って来た錬成室。


 とりあえずヤクモ……呼び捨てにしてくれと頼まれからヤクモを椅子に座らせる。


「……申し訳ありません。純薬草は全て使ってしまいました」

「凄いな、もう作ってしまったのか。魔力も余裕がありそうだし、やるじゃないか」

「商売敵のギルドメンバーに褒められても嬉しくありません。それに職人はポーションで語るべきです。ポーションで結果を残さなければ意味はありません」


 日頃、俺が作るところを見ているガッツはヤクモの凄さが分かるようだ。


 しかしヤクモは素気無い。昔気質のポーション職人らしい。


「じ、じゃ、俺はイチカの依頼を手伝ってくる。流石に討伐対象がウルフと聞いた後では一人で送り出せないからな」

「オッケー、またな」


 ガッツが下で待っているイチカちゃんの元へ向かった。


「そんならヤクモ、先に作ってみよっか。俺が今から作る分の参考にしたいからさ」

「……分かりました」


 自信を失っているのか、少し気分沈み気味に純薬草と魔草を七と三の割合ですり鉢に入れる。俺とほぼ同量だ。


 ヤクモも異物混入を確認してから少し水を足し、すりこぎ棒で薬草をすり潰し始めた。


 俺とは違うが、これもよくある手法で味に影響することはない。


 なんたってマスタードだから。そんじょそこらの手違いでもなければ、そこまで刺激的な変化は起きない。


「…………〈作製・ポーション〉」


 木の箸のようなもので丁寧にフラスコに葉を入れ、無駄のないよう積み終えてから魔法を唱えた。


 祈るように。


 作業を見させてもらったが、全てを通して丁寧で綺麗だ。指摘するポイントが見当たらない。ていうか、美しい。俺のポーション作りが猿の毛繕いに思えてきた。


「……あとはここに私が調合した薬味を――」

「うん、それだなぁっ」

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