第89話、村人、魔女様に楯突く


「《闇の魔女》さまっ!? そんな馬鹿なぁ!!」

「な、なんでぇ!? だってさっき学園にっ……!」


 跪きながらも突如として正体を明かしたリアに戸惑う冒険者達。


「あわわわわわわわっ」

「魔女様とっ、こんなにちかくにいるぅ……!」


 意識せずともリアを前にして本能から膝を屈していた。


「ひぃぃぃ……俺、《闇の魔女》様にやきそば食わしちゃったぁ」

「お、美味しいからきっとお許しくださるわっ……」


 恐れ慄くコールとドナガンも例外ではなく、涙ながらに首を垂れる。


『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』

『魔女!?』


 以下、九百五十八名のタナカが発した『魔女!?』と千四十三名の『パンツぅ!!』を省略。


「コール、立ちなさい。あなたは初めて私のお気に入りになった人間なのだから、顔をよく見せて?」

「顔っすか? 生粋の農耕民族の出なんで村人顔だと思いますけど。……あ、あのぅ、学園にいらっしゃったんじゃ……」


 誰もが思う疑問を、間近で自分を眺め始めるリアへ訊ねた。


「心底から疑問なのだけど、私が本当に人間の都市を訪問するとでも思っていたのかしら。あれはドッペルゲンガーという魔物よ。かなり高位という点以外はよくいるのだけれど、基本的に面倒ごとは魔物達に任せているのよ」

「ガッツ達、魔物に頭下げんのか。愉快だな」

「このファーランドにはある理由から少し関心があったのよ。だからついでにガッツ達が言っていたあなたの真偽を確かめようと思って、戯れにシンシアと代わってみたの」


 村人の顔に白魚のように真っ白な指を当て、不思議そうに語る。


「特別なところはないのに、この短い期間を過ごしただけで何故か妙に惹かれるわ。……コールは恋人がいると言っていたかしら」


 ユウや《アテナ》といった比較的美人にも耐性があるコールが、関心深く近寄って直に触れて観察するリアに顔を赤くしている。


「こ、恋人はいますっす……」

「別れなさい。あなたは私のものになったのだから、他の女と繋がりがあっていいものではないわ」

「はい魔女節炸裂ぅ」


 魔女を前にしても顔を出してしまうコール節に、冒険者達が焦燥感を露わに汗を滲ませる。


「……何よ、魔女節って。我が儘とでも言うつもり?」

「だってぇ…………あっ、リア様のお姉様が人間嫌いでしょ? 俺なんか拾ったら怒られちゃうっしょ」

「お姉様に会わせるわけがないでしょう? 隠れて飼うわ」

「飼うっ!? これは思ったより待遇悪いぞ、きっと…………あ〜、ダメだ。凄い努力したけどリア様との明るい未来が想像できねぇ」


 物怖じする素振りすらないコールに、こちらに走るタナカなどより遥かに戦々恐々となる。


「いいのかしら、そんな態度で。折角あなたの為にあれを始末してあげようと考えていたのだけれど」

「…………ん〜、確かにぃ、倒して欲しいかも」


 目を細めて見た目に反する大人びた色気を漂わせ、強気な眼でコールを見上げるリア。


「ではこうしましょう。あなたたち人間は勝負をして何かを決める下らない習慣があるでしょう?」

「あのねぇ、たった一単語だけ入ってなかったら完璧」

「私がタナカを排除してあげるわ。それを目にして驚いたなら、私のものになること。いいわね?」


 気持ちのいい笑みで自信を覗かせるリアに、冒険者達は男女問わず胸を高鳴らせる。


「…………ふっ」

「えっ!? こ、この子、この私を鼻で笑ったのだけれど……」

「いいっすよ? んじゃ、どんなもんですかね」


 お手並み拝見とばかりに腕組みをして駆け寄るタナカを眺めるコールを前に、初めての経験に目をぱちぱちとさせて呆気に取られる。


「…………いいでしょう。なら、よく見ておきなさい」


 震え声に動揺が表れるも、リアはタナカを見ることなくコールをじっと見つめながら命じた・・・


『パンツぅ!! 魔女のパンツぅ!!』

『タナカだタナカだタナカだタナカだ』

『パンツぅ!!』


 大挙して押し寄せるタナカの波へ、一言。


「……“影に落ちなさい”」


 瞬間、タナカ達が自身の影にストンと消えた。


 一度に、景色から消え去った。


「なっ!? 魔王が、こんな……」

「がっ、は、はは……」


 虫を相手にするというレベルではない。魔王が集まれども、どれだけの数であっても、その意思一つにより消滅させられてしまう。


 想定を遥かに超えて格の違う魔女の力に、冒険者達の時は止まった。


「…………」

「あら、大見得を切った割にはこの程度で驚いてしまうのね。けれどそんなところも可愛いわよ、私のコール」


 顎が落ちそうになるまでに口を開けて驚愕を表すコールに、リアは気をよくして腕組みをする。


 自慢げな顔と同じく、黒のドレスから覗く真っ白な谷間が押し上げられてこれでもかと主張していた。


「……へ、へぇ? こんな感じね?」

「っ……!?」


 あたかも想定内だと言いたげな物言いを始めたコールを、『嘘でしょ!?』と表情で物語るリア。


「今っ、あなたは驚いていたじゃないっ!」

「落ちる系でしょ? このパターンかぁ。なるほど、ね。ふ〜ん……これじゃあ驚けないっすわ」

「……い、今、私に嘘を吐いたの!? この私に、嘘を吐いたわね!?」


 のほほんと立つコールに愛らしい顔を寄せて問い詰めるも、本人は何食わぬ顔で答えた。


「いいえ? 驚いてませんけど?」

「…………ドナガンっ、この子は一体どうなっているのかしら!」


 キョトンと呆けた可愛らしい表情を一転させたリアの一声を受け、畏怖と恐怖に汗まみれの冒険者達が跪きのまま跳ね上がる。


 一人だけ跳ね上がったまま立ち上がり、震える脚を動かしてコールへ駆け寄る。


 リアへ深く一礼し、御前での無礼を詫びてからコールへの説得を試みる。


「コールちゃん!? 驚いていたんでしょ!? 嘘はダメっ!! 嘘はダメよ!? それが許されるのは《嘘の魔女》様だけなのっ。胸を張って歩ける生き方をしましょ!? ねっ?」

「う〜ん、でも俺って嘘を吐いても胸張って歩けますからねぇ。ていうか、胸を張って嘘を吐けますからね」

「コールちゃんっ!?」


 ドナガンの説得でも揺るがないコール。


「……コール、平原を見ていなさい」

「何すか? また落ちる系っすか?」


 じとっとした疑心の眼差しでコールを見つめるリア。彼女の一言でコールと冒険者達の視線は平原へ。


 すると、


『魔女だ魔女だぁ!!』

『わ〜い!!』

『うん? 私は一体何を……』


 地面に影が生まれ、駆けるタナカ達が先程のまま這い出て来た。


「ぎゃっ!?」

「…………」


 びくんと飛び上がったコールが慌てて口を塞いだのを真横からじっと見ていたリアだったが、これでもかと確認したという間を置いた後、再度タナカ達を影に落とす。


「……認めなさい。驚いていないとは言わせないわ」

「何言ってんのかなぁ……今のは“あっ、逆にねぇ? 逆に出してくるパターンねぇ”の、ぎゃっですから。なんか俺のぎゃをそんな風に見ないで欲しい……」


 頑なに認めないコールに、リアの顔が赤くなっていく。


「命令よっ! 素直に認めなさい!」

「いいですよ? もちろん敬愛するリア様のご命令には従います。ただ、これは言わされたものであるということを、ここに表明しておきます」

「どんなものを食べたらこんな子に育つのよっ!!」


 顔を覆って嘆きを叫ぶリアなど、これまでの人類史上で初めて観測されたであろう。


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