第123話、おふざけ無しの貴重な回

 公爵家書斎。


 親類縁者及び関係者に手紙をしたためること、四時間。深夜遅くにも関わらず、ケッピエ・キィーザック公爵は執務に没頭していた。


 痩せて老いてはいれども、その鋭い目付きは衰えず、今しがた入室した男を鋭く射抜く。


「……深夜ですよ。非常識です」

「申し訳ございません。気配が残っていたもので、不届き者かを確認させていただきました」


 シュナイゼルでさえ畏まる気丈な物言いをしたキィーザック公爵は、彼の手元へ視線を下ろす。


「不届き物を、その紅茶でもてなすつもりだったとでも言うつもりですか?」

「私からは逃げられません。最後の慈悲にと、用意したまでです」

「……いいでしょう。少し休憩にします」

「それが良いでしょう」


 仕事続きの自分を諌める目的であるのは初めから察していた。


 羽ペンを置き、近くのテーブルへ歩む。


「……その騎士はどうでしたか?」

「…………」


 紅茶を用意するシュナイゼルの表情が歪み、公爵が驚きに厳めしい顔を弛緩させた。


「…………」

「……あの小僧は、確かに普通ではありません」

「何か……密かに特異な魔法などを持っていると? もしくは、何か特技などなのかもしれませんが」

「いえ、ありません。ですがアリマが事件解決に必要だったというのも、会った今ではどこか納得しています」

「……あなたが誰かを褒めるのは、とても珍しいですね」


 素直な驚きを口にする公爵に、ティーカップを差し出すシュナイゼルは苦々しく返した。


「褒めているわけではありません……。本日だけで何度、声を張り上げたことか……」

「…………」


 この無敵を誇るシュナイゼルから何度も叱責されている時点で、確かに普通とは言えない。


 シュナイゼルがそこまで怒鳴り付け続ける程、その人間を見放していないのも奇妙に見えていた。彼は基本的に他人とは距離を置く。冒険者時代から、仲間と馴れ合うこともなかった。


「…………」


 公爵は無言でカップを口に傾けながら、《闇の魔女》に伺いを立てた時のことを思う。


 ………


 ……


 …



 王城の純白を基調とした廊下を楚々として歩む。


 射し込む遮光が更に神聖な雰囲気を高め、それに相応しく威厳あるキィーザック公爵が久方ぶりに王城を行く。


「っ……!!」


 気付いた騎士が跳ねる動きで道を空け、緊張に顔を強張らせながらも背筋を伸ばして敬礼した。


 一瞥もくれることなく、開かれた道を歩む。


 次々に道を空けていく騎士、同じように一様に怯えを表情に表してキィーザック公爵に畏敬の念を示す。


 やがて大きな扉へ行き着く。


 扉前の衛兵が迷わず開いたところを、何も気に留めることなく通り抜ける。


「帝国とは仲良くしておきなさい。私がいる間に関係を深めておかなければ、契約が終わった直後から出し抜かれるわよ」

「はっ、仰せのままに」

「私が言うままにだけでいいのかしら。もうすぐに契約は切れるのだから、自分達でやれるようになっておくべきなのではないの?」

「は、はっ! 申し訳ございませんでしたっ!」


 酷く退屈そうながら、可憐を極める少女がそこにいた。


 テラスから椅子に座って景色を眺め、物思いに耽りながら秘書や貴族に命令を下している。


 あの頃と同じく麗しい顔立ちに神秘の白髪、そして艶やかな躰付き。


 変わった点は無い。


 騎士を任命されたと聞いて、あの《闇の魔女》が人間に絆されたのかと気が気ではなかったが、取り越し苦労であったようだ。


「もういいわ、行きなさい」

「はっ!!」


 だが、違和感に気付く。


 秘書達一人一人と会話して仕事を終わらせていく最中、区切り区切りで影を操り何らかの情景を眺めていた。


 しかもそれは同じもののようである。


「…………」


 何度も繰り返し、それを眺めている。


『今っ、あなたは驚いていたじゃないっ!』

『落ちる系でしょ? このパターンかぁ。なるほど、ね。ふ〜ん……これじゃあ驚けないっすわ』

『……い、今、私に嘘を吐いたの!? この私に、嘘を吐いたわね!?』


 信じ難いことだが、《闇の魔女》に抗う男が映っていた。


 現実にあったことではないとは思えども、リアはそれを秘書一人一人の合間に冷めた目付きで眺めていた。


『命令よっ、認めなさい!』

『いいですよ? もちろん敬愛するリア様の命令には従います。ただ、これは言わされたものであるということを、ここに表明しておきます』

『どんなものを食べたらこんな子に育つのよっ!!』


 光景を戻してみたり、遅くさせてみたりと、周りに一切構わず影に見入っていた。


「……私はこんな顔をしていたのね」

「…………」

「何故なのかしら。矮小な人間であるのに、何故か飽きずに見ていられるわ……」


 あの《闇の魔女》が…………強気な顔立ちで不思議そうに首を傾げている。


 容貌の可憐さに拍車をかけ、目にしたものの尽くを虜にしていく。恐ろしくも華やかなリアらしからぬ幼げな挙動であった。


「…………」


(…………気になっていらっしゃるぅぅぅぅ!!)


 公爵は心の中で、人生初の絶叫を上げた。


 リアは紛れもなく、その騎士を気になっている。


 自身の抱いたその心情を理解はしていないようだが、初恋となるまでそう時間はかからないのではないだろうか。


 毅然としていて人類の上に立ち、何者をも魅了し、何者にも心靡かない。


 それが彼女である筈なのに……。


「…………リア様、お久しゅうございます」

「……あなたは確か、それなりに長く秘書をしていた人間よね。引退したと記憶しているけれど、何をしに来たのかしら」


 冷たく無関心に問うリアに安堵しながらも、機嫌を伺いながら用件を端的に話す。


 過度に褒めることなく、内容と目的を短く伝えなければならない。


「この度は騎士を任命されたとお聞きしまして、是非とも彼を私の別荘でもてなしたく存じます」

「そう、余計なことをしないのであれば勝手にしなさい」

「感謝いたします。ただ……こちらの意図が伝わらなかったようで、招待状として送ったガッツなる者達への指名依頼が断られてしまったのです」

「あぁ、そういうことね。……これを添えなさい、コールによろしく言っておいて」


 闇より一通の手紙を取り出して差し出され、その衰えることのない聡明さを再確認する。


「謹んで頂戴いたします」

「いいわ、もう行きなさい。あなたは十分に働いたのだから、ゆっくり休むなり老後を楽しみなさい」

「はい、それでは御前を失礼いたします」


 深くお辞儀をして敬愛を示し、すぐさま背を向けて立ち去る。


 背後では、リアとは別人と見紛う魔女と騎士の肝が冷えるやり取りがまた繰り返されていた。

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