第91話、村人、名ばかりながら昇進する
「こ、コールさん……泣いてるです?」
「そりゃ泣くよ。コールさん、ちょっと前まで結構カッコ良かったんだよぉ? それなのにさぁ、こんな扱いされてさぁ。みんなの前で晒しもんだもん。……おい、おっさん。見てんじゃねぇよっ」
丸くなった目で吃驚するイチカへコールらしい返答がされる。ついでに秘書官に気付き、悪態を吐く始末。
「いい子だから喧嘩を売らないの。ドッペルゲンガーが早まった真似をしようとしていたから、少し強引な手段を取って急いだだけよ」
「鎖って人を縛るもんじゃないっすからね? これ発明した人もこんな使われ方を見て天国で“あ、そんな感じで使う? マジぃぃ?”って嘆いてますよ?」
「もう……あなたは本当に仕方のない子ね」
「むぐーっ!?」
闇で口を覆われてしまう。同時に鎖を下され、地面に降りるもじたばだと地に上がった魚のようにビタンビタンと暴れている。
唖然とする人間達へ、リアは話を戻して続けた。
「ガッツはこのコールにも褒美をと言いたいのよね」
「は、はっ!」
「本当に少しの興味本位で試してみたのだけれど、この目で確認できたわ。驚くことに、あなたの言い分通りね。彼がいなければ、どの事件も解決できなかったのでしょう」
話の全容がまだ掴めないながら、リアの隣に転がる平凡な村人のことを指しているようだと誰もが察していた。
「けれど困ったことになったわね。魔王討伐に参加、不死戦艦をガッツと協力して撃破、加えて先程の決戦でも立役者として奮闘していたのだもの」
「先程の、決戦……?」
イチカが思わず、疑問を口にした。
「えぇ、つい先程までね。蘇った魔王タナカが二千体以上に増やされて、この都市に向けて進軍していたのよ」
「なっ!?」
広がる動揺により瞬く間に騒然となる。跪いた者達が口々に恐れを語り始めた。
「……静かにしてもらえるかしら」
……しかしリアの一声は、人間達の死の恐怖すら押し潰してしまう。
「それをこのコールがいち早くに気付き、冒険者達を率いて戦っていたのよ。彼がいなければ、今頃はもうこの都市は無くなっていたことでしょう」
コールの口元から闇を消して、鎖も呑み込み、自由にする。
「コール……! 俺は信じていたぞっ! やはりどこかで戦っていたかっ!」
「嘘吐け」
立ち上がりながら友人の嘘を具に見抜き、ゴミを見る目で見下ろす。
「これらに見合う褒美をと言われても、ガッツやマーナンより大きなものでなければいけないわ。……王位でも与えましょうか?」
「ハッツ!?」
端に控えていた国王のコックォが目をひん剥いて仰天する。
「いやいらないっす……。綺麗の石とか方が嬉しいかも……」
「では結論は一つしかないわね」
予め決めていたのだろうか、リアは立ち上がるとコールと腕を絡めて宣言した。
「――コール・アリマを、《闇の魔女》リアの騎士に任命するわ」
前代未聞の宣言が、ここファーランドで行われた。
歴史上初めて、魔女が己の騎士を任命した。
「なにぃぃぃぃっ!? リア様の騎士!?」
「そんなのあるです!? 聞いたことないですっ!!」
魔女の騎士ともなれば、領主どころか国王をあっさりと飛び越えてしまっている。
「リア様っ、もう少し熟慮なさってから決断された方がっ。当日に決めることではございませんっ!」
「私達もそうですが、他国が何を言うことやら……!!」
「他の魔女様方からの反応もございますっ! 一度ご相談されては如何でしょうっ」
「……それに我等の立場も」
秘書官達が起こり得る影響を恐れ、口々にリアへ考え直すよう求める。
「あ、大丈夫っすよ。基本、俺ってギルドでポーション作って家に帰ってるだけの奴なんで」
「魔女様の騎士になっても日常生活送るつもり!?」
「えっ、ダメなの!? じゃあ断りますわ!」
あろうことか生活リズムを維持し、できないと知るや断ろうとするコールに学園の全員が目を疑う。
「もう決めたことよ。コールも、これまで通りに生活を送りなさい。用がある時は呼び出すわ」
「あ、うぃ〜す。目をつけられそうだから金とかは要らないんで、王都の土産とか欲しいっす」
「ふふっ、本当に可愛い子ね」
心底から気に入っている様子のリアが見せた初めての笑みに、人間は漏れなく虜となる。
「さぁ、何か見せてくれるのでしょう? 宴を再開しましょう」
リアの計らいにより、美しく恐ろしく、されどのめり込む魅惑を宿す闇の精霊達が学園で踊り回る。
一体一体が魔王を上回り、絶大な魔力を有する最高位の精霊達。その精霊が学園を訪れた人間達と優雅なダンスに興じていた。
カボチャ頭の魔物が奏でる楽曲に合わせ、各々が自由に騎士誕生の宴を楽しむ。
中でも圧巻であったのが、
「…………」
「な、なんだ、あれは……」
花火により照らされ、閃きにより瞬間的に垣間見れる闇の巨神。星空の身体と紅い眼光をした闇色の神秘である。
夜空を埋める程の巨大さで、リアを守護する為に学園を見下ろしていた。
「…………」
「すぅ……すぅ……」
当のリアは宴ではなく、寝転んで熟睡するコールを観察する。しゃがみ込み、頬を指先で突きながら関心深く眺めている。
「……可愛いわね」
「た、叩き起こしましょうか……? いくらコールでも失礼が過ぎるのではありませんか?」
冷や汗に全身を濡らす秘書官やガッツ達だが、リアは気にした様子もない。
「この子の頑張りを見た後では休むなとは言えないわ。そもそもそこの闇魔法使いは初めから寝ているでしょう」
顔から床に突っ伏すオッサンを全員で憐れみ、納得する。
「……私はまた少し王国の世話があるから、時間ができるまではゆっくり休んでいなさい。私のコール……」
宴に盛り上がる学園とこの場の一同を他所に、蠱惑的な笑みで告げた。
頬を指先で一撫でして所有物の感触を覚えてから、《闇の魔女》はいつの間にかファーランドから去っていた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜
お知らせ
三章終わりました。
四章は、これまでの騒動系ではなく、ほのぼの系です。
公開は、明日です。ありがとうございました。
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