第83話、タナカーズ
「……やはりパンツにより侵蝕された文化は根強いようね」
「だって、原始人とかも局部は隠してたんじゃないの? やっぱ何かしらで覆うのは人間の本能でしょ」
俺の説得を諦めたようで、怪盗はどこからかアレを取り出した。
世の摂理を覆すとまで言われる禁断の魔道具。チープな見た目に反して逸脱した能力を持つ魔の杖。
「フーエルステッキっ!? 返せぇ、変態が!!」
「こ、コールさん、あまり挑発しない方が……」
怪盗の異様な気配に口を挟めずにいたシンシアさんが、堪らず俺を窘める。
「これが何故、禁忌の杖とまで言われているかお分かり?」
「え? ……う〜ん、増えるからじゃないの?」
「その通りよ」
「この質問、必要だったんか? ここまでの会話が濃過ぎて普通が分からねぇわ」
しかし怪盗は意外にも意味のある質問をしていた。
「これ、実は生き物も増やせるのよ」
「…………」
寒気が全身を駆け抜ける。
たった一言により恐怖に染まり、絶句してしまっていた。
俺の中でフーエルステッキの危険性がこれまでと比較にならない程に高くなる。
生き物も増やせると、怪盗は言う。
つまり動物も同じものを幾つでも生み出せるし、それは…………人間も同じだ。
自分に光線を当てられた時のことを想像し、呆然自失となる。
「コールさん……、あれだけは魔王よりも警戒してください」
「うぃっす……」
こめかみから一筋の汗を流すシンシアさん。
俺と同様にフーエルステッキへの警戒レベルを引き上げているようである。
「安心していいわ。私の目的はあくまでノーパン、ノーブラ。それにさしもの私もこれを人間に使うのは……恐ろしく出来やしないから」
「え〜? マジ? ちょっと安心」
「まぁ、タナカには使うんだけどね」
「えっ……!?」
人間には使えないと険しい面持ちで恐れを口にするも、魔王タナカには何の躊躇も見せずに杖から光線を照射した。
すると、
『私がタナカだ』
『いや私だ』
『タナカが来たぞ……』
『人間共、タナカだ』
『私、タナカ』
『タナ〜カぁ!!』
『……ここは……?』
『私こそがタナカだ……』
『……魔王だ、元だがな』
『タナカ? えっ、誰が……?』
『お前がタナカだ』
『お前こそタナカだ』
『いやそういうお前こそ……いや、やはり私がタナカだ』
『あいつ、タナカじゃね?』
『タナカです』
『私は、タナカなのか……?』
『…………』
『パンツ見てぇし、パンツ穿きてぇぇ!』
『タナカ、お前がナンバーワンだ』
『ありがとう』
『風呂場の窓閉めたっけ』
『魔王タナカ、推参っ!』
『……よくぞここまで来た』
『纏めてかかって来るがいい……、有象無象の虫けら共よ……』
『復讐の時は今……』
『絶望だよ、魔王とは即ち絶望だ。クハハハハァ!』
『パンツぅぅ!!』
『魔族域? 違う……私は世界の王だ』
『タナカを前に生きようとするなっ……』
『足掻け、そして……散れ』
『悪魔侯爵よ、今度一杯どうだ? ……えっ、嫌?』
『パンツパンツぅぅ!!』
『なんか眼鏡割れてんだけどぉ〜!!』
『力、支配、恐怖、健康、僕タナカぁ!』
『お母さぁ〜ん、パパが知らない女の人といるよぉ!』
『おのれ、勇者め……』
『そうだ、私は舞い戻って来たのだ』
『ようやく力が戻って来パンツぅぅ!!』
……タナカが、夥しい量のタナカが、眼前に広がっている。
復活の副作用なのかアホを多分に含み、未だに自我が薄いながらもタナカの軍勢が人間界に誕生してしまう。
「はい、ヤバ〜い」
「か、軽いですね……。ですが、これは流石に……」
視界中央を横断する悍ましき青に、シンシアさんは諦めているようだ。
「まっ、とりあえず後退しながら牽制攻撃しちゃいましょ。足場爆発させる使い方で前進を遅らせながらって感じでどうですか?」
「……流石に三度目ともなると、凄い落ち着きようですね」
「でしょ? 不死戦艦に走った男っすよ?」
心臓バクバクでダンシングしているのを悟られないよう、やんわりと微笑んだ。
どうやら少しは元気付けられたようで、ふわりと柔らかな微笑みを返したシンシアさんの目にも力が戻る。
「――コールちゃん!!」
そこへ駆け付ける一団があった。
誰よりもその頼もしさを知る俺が、聞き覚えのある声を受けて振り返る。
「……ドナガンさんっ! やっぱりあんたはファーランドの守護者だよ!」
「あたし達もいるよぉ!!」
槍を手にした女傑が豪快に笑い、盾を手にした女傑が勇ましく叫ぶ。
「……《アテナ》が二週間振りにお仕事すんぞぉぉぉぉ!!」
「ガッハッハッハ!! 仕事せずに酒飲み過ぎぃ!!」
他にも前回の魔王襲撃時には眠りこけていた両ギルドの強者達が、ぞろぞろと平原に集結していた。
「よく二人で持ち堪えたわね。ここからはあたし達が付いているわ。目にもの見せてやりましょ!」
「カッケぇぇ……、いきなり俺の戦い方がダサく思えて来たぁぁ」
魔王の大群を前にしても怯むことなく、頼もしい笑顔で胸を叩くドナガンさん。
タナカを言葉で惑わせて側頭部を燃やそうと企んでいた自分が小さく思えてしまった。
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