第111話 プリフディナス見学2


 時間になったようで、迎えの侍女がやってきた。ナキアちゃんとキアリーちゃんがわたしの部屋にいたので二人を探したのかもしれないけれど侍女は何もそれらしいことは言わなかった。


 侍女に連れられ転移魔法陣を経由して、やってきたのは宮殿の展望室だった。展望室は直径10メートルほどの円形。それほど広くない。展望室の真ん中に転移魔法陣が描かれ、周囲は構造材を除いてガラス張りだ。展望室にはハーネス隊長とカルヒが先に来ていた。二人とも昨日の晩餐会で着ていた衣装だった。男の人の場合衣装を何にしようかとか考えるの面倒だものね。


 案内役はジゼロンおじさんだった。ジゼロンおじさんの格好はあの格好だった。しかも今日はらしい杖まで持参してた。よほど気に入っているんだろう。


「この宮殿がプリフディナスで最も高い建物なんですが、ここは宮殿の中で一番高い場所になります。実際はこの上に尖塔が立ってますがそこには入れませんのでここが実質的にプリフディナスで一番高い場所になります。地表からの高さは1000歩(注1)です」


 尖塔部分を加えればどこかのツリーに相当する高さだ。明日香が意識して無意味に高くしたに違いない。あっちの展望台は高いところで500メートルくらいだったはずだからこっちの方が高い。


 山肌の岩棚から眺めた時にも見たけど、プリフディナスは高い山々に囲まれた盆地だ。どちらを向いても山まで数十キロは距離があるので、盆地と言っても相当な広さがある。関東平野より広いかもしれない。


 盆地の中にはまっすぐに道路と運河が走り、いたるところにため池が設けられていた。見たところ、城壁で囲まれたプリフディナス以外に集落や町は見当たらなかったけれど、転移魔法陣が交通手段として確立されていれば、都市部に住んで郊外の畑仕事に出かけるのも苦にならないだろう。


 他に目立ったのはプリフディナスの外壁の少し先で一本の太い運河が東に向かって作られていた。運河に見えるけど長細い池なのかもしれない。


「ここからプリフディナスの全景を見ることができますから、街を作っていくうえで大変参考になります」


 確かに。実物を見ながら都市計画を練るわけだからいろいろな発想も湧いてきそうだ。


 ジゼロンおじさんの説明を聞きながら、説明とは全く違う疑問が頭に浮かんだ。


 ジゼロンおじさんはどういった伝手つてで、調査隊のメンバーになったんだろう。わたしの場合はターナー伯爵の推薦だった。ジゼロンおじさんは?


 これって聞いてもいいんだろうか? 女王陛下のご親友の立場を生かして聞いてみることにした。明日香に聞けばどうせ教えてくれるしね。


「ジゼロンさん、ちょっと質問いいですか?」


「どうぞ」


「この街のこととは直接関係ないんですけど、ジゼロンさんはどういった伝手で魔族の調査隊員になったんですか?」


「そのことですか。

 ドライグ王国内にもわれわれの仲間がいますのでその推薦です」


 その言葉を聞いたハーネス隊長はかなりビックリしたようだったけど何も言わなかった。いまここで何を言っても無駄だものね。


「陛下からどういった質問にも答えるようにと言い付けられていますので、他にも質問があれば正直にお答えしますよ」


 急にそう言われてもそうそう質問は思いつかないんだよね。そうだ!


「プリフディナスに魔族は何人?くらいいるんですか?」


「陛下は正確な数字をご存じですが、だいたい60万くらいではないでしょうか」


 60万が多いのか少ないのか分からないけど、プリフディナスの都市の規模から言えば数百万住んでいても全くおかしくないので、やっぱり少ないのだろう。


「このプリフディナスに住んでいるわたしたちの数は60万ほどですが、人族の中に溶け込んで生活している者が結構いるので総数は65万を下らないかもしれません」


 魔女狩りのようなことが起こらないとは言えないけれど、5万人も人族の社会に溶け込んでいるとなると戦争とかできないと思う。ある意味安心した。こういった情報を調査隊に与えることもジゼロンおじさんの仕事なのだろう。


「ほかに質問がないようなら、まずは地上に下りてみましょう」


 ジゼロンおじさんが転移魔法陣の真ん中に立ち、わたしたちも一緒に転移魔法陣の中に入ったら視界が変わった。


 ところどころにきれいに剪定された低木が植えられた宮殿の前庭のようなところに出た。跳んだ先の転移魔法陣は四阿風の屋根の下の石畳に描かれていた。


 少し先には睡蓮の花が咲いた池があり池の真ん中では真上に向けて噴水が上がっていた。


 レーダーマップ上、宮殿内にはたくさんの黄色い点が映っていたけれど、わたしたちの近くに人はいなかったし歩いている人もいなかった。わたしたちのことが危険なので近づかないようお触れが出ているのかもしれない。ちょっと考え過ぎか。


「後ろの建物が宮殿です」


 ここから見上げると宮殿の異常とも言っていいくらいな巨大さが良く分かる。



 次に転移魔法陣経由で連れていかれたのは、近衛兵団の訓練場にそっくりな地面がむき出しになった広場だった。ここの転移魔法陣も四阿風の屋根の下の石畳に描かれていた。


「ここは陸軍の訓練場です。

 どこもそうですが陸軍もできてまだ日が浅いので御覧の通りまだまだです」


 兵隊たちが行進していたのだけれど、兵隊の男女比率は男性女性半々だった。男女平等を謳うそれ系の連中が泣いて喜ぶんじゃないだろうか? 権利だけを主張する連中じゃ間違ってもないか。


 まだまだとジゼロンおじさんが言う割には、素人目にも見事な行進だ。わたしたちが来ることが事前に知らされていて気合を入れているのかもしれないけれどね。


 専門家のハーネス隊長の横顔をうかがったら、真剣な目で兵隊たちの行進を眺めていた。そしてジゼロンおじさんにたずねた。


「ジゼロン、この国の陸軍は何人くらいいるんだ?」


「今のところ事務を除いた実戦部隊は2万だったと思います」


「これほどの兵が2万か。

 軍はモンスターも操れるんだろ?」


「モンスターは軍とは別系統と言いましょうか、わたしが操っています。もちろん軍からの依頼があればモンスターを召喚して軍の役に立てます」


「なるほど。よくわかった。ありがとう」


「どういたしまして。

 他に何かありますか?」


「おっさん、兵隊たちは剣を腰に下げてるけど、魔法は使わないのか?」


「カルヒくん、良い質問だね。

 兵隊たちは剣も使えば、魔法も使える。

 魔法の実演をしてもらうよう言ってくるから待っていてくれたまえ」


 ジゼロンおじさんが訓練場で指揮を執っていた隊長らしい人のところまで駆けていき一言二言告げた。


「中隊、駆け足で集合!」


 指揮官が号令をかけたら、行進中の一群が駆け足で隊長の前に集まり整列した。


「急ではあるが、中隊連続射撃訓練を行なう。

 使用魔法はファイヤーアロー。

 第1、第2小隊は防御側、第3、第4小隊は攻撃側。

 距離は100歩。かかれ!」


 200名ほどいた兵隊たちが二手に分かれてそれぞれ向き合った。距離は100歩=60メートル。


 両側の兵士とも両手の平の付け根を合わせて前の方に付きだして構えた。そこに隊長から号令がかかった。


「攻撃3回。始め!」


 始めの合図で右側の兵隊たちから一斉に火の矢ファイヤーアローが向かいに整列する兵隊たちに向けて撃ちだされた。


 ファイヤーアローはかなりのスピードで向かいの兵隊たちに向かって飛んで行ったけど、兵隊の寸前でかき消えた。防御魔法?


 1秒ほどの間隔で第2撃、第3撃のファイヤーアローが放たれたけど、どちらも到達前に消えてしまった。


「攻守交代。

 攻撃3回。始め!」


 今度は左側の兵隊たちからファイヤーアローが3回放たれ、ことごとく到達前でかき消えた。


 ジゼロンおじさんが隊長に礼を言ってわたしたちのところに帰ってきた。兵隊たちは再度隊長の前に集合して行進を再開した。


「いかがでした?」と、ジゼロンおじさんがハーネス隊長に聞いた。


「見事だった。

 正直なところ、われわれの陸軍では今の兵隊たちに接近することもできない」


 そこまですごいのか。確かに1秒間に1発ファイヤーアローを撃ちだされたら接近どころじゃないもんね。それにアノ防御。おそらく矢にも効きそうだ。今の実演は1個中隊200人。2万人だと100個中隊。わたしでも一度に200発ものファイヤーアローを受ければ無事で済むとは思えない。不射の射だって集団で防御魔法を使う相手に通用するかどうかも分からない。しかも、兵隊だけじゃなくてモンスターも付いてくる。


 カンネーの戦いでカルタゴのハンニバル将軍がアルプス越えで象を連れてきてローマ軍に大勝したわけだけど、巨大蜘蛛コリン巨大亀クルバンは象どころじゃないよね。


 ハーネス隊長はこころもち暗い顔をしているような。


 魔族に戦争を仕掛けるのは、無謀だよね。そういったことを悟らせるための見学だったのかな。




注1:1000歩

600メートルに相当。

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