第123話 馬車旅4、洞窟


 夕食を楽しみながら食べ終えたころには東の空に星が瞬き始めた。


 シルバーとウーマを木の枝に繋ぎとめている手綱が緩んでないか確かめて、わたしたちは馬車の荷台の中に入った。


 幌の天井からぶら下がったランプに火を入れて、今度は馬車の中で酒盛りを始めた。ナビちゃんにはレーダーマップでシルバーとウーマのことを見ているよう頼んでおいた。


 7時過ぎから飲み始めたんだけど、12時前にはお開きにして、カーペットを敷いた荷台に横向きになるように各自毛布を敷いてクッションを枕にして眠った。



 翌日以降もこんな感じでカディフを目指す馬車旅が続いた。


 そして5日目。前方に山並みが見えてきた。山並みの間を曲がりながら街道は西に伸びている。


「あの山並みを越えた先にカディフがあるのじゃ」


 山並みまで2、3日はかかりそうだ。


 そんなことを考えていたら、いきなり御者台が左右に揺れ、シルバーとウーマもそこで立ち止まってしまった。


 これって、地震?


 御者台から道に降りたら確かに地面が揺れていた。地震の規模は正確には分からないけれど感覚的には震度3から4というところ。日本で鍛えられていたおかげで怖いと言うほどではない。


 ナキアちゃんとキアリーちゃんも馬車から降りたら、


「何じゃこれは!? 地面が揺れておるのじゃ!」


「こ、怖い!」


 二人とも地震の経験が少ないのか地面の揺れをすごく怖がった。揺れは20秒近く続いた。


「怖かったのじゃー」


「どうしようかと思っちゃった」


「今の地面の揺れは地震だよ」


「シズカちゃんは平気な顔をしておるが、怖くはなかったか?」


「わたしの住んでたところだと地震なんかめずらしくなくってそういう意味では慣れてるんだよ」


「よくそんな場所で人が住んでおるものじゃな」


「みんな慣れてしまってるからね」


「シズカちゃんの能力といい、シズカちゃんの国は修羅しゅらの国じゃな」


「それほどでも」


「いや、ほめておるわけではなかったのじゃが」


修羅しゅら』とか『大丈夫』は仏教用語だけどちゃんと『しゅら』って聞こえるし、『大丈夫』も『だいじょうぶ』って聞こえるのは、わたしの頭の中で変換されたんだろうな。



 地震はそのとき一度あっただけで、それ以降体に感じる地震はなかったと思う。


 馬車は地震から丸二日かかって山並みのふもとまでたどり着いた。そこから街道は上り道になった。


 馬車の扱いも慣れてきたのでその日はわたしが御者台の真ん中で手綱を引き、右にナキアちゃん、左にキアリーちゃんが座っていた。


「ナキアちゃん。ナキアちゃんの祈りで馬車を軽くしてやればシルバーとウーマも楽に上り道を上れるんじゃないかな?」


「それもそうじゃな。……。

 これで軽くなったはずじゃがどうじゃろ?」


「少し速くなったよ。効いてるみたい。

 ついでだから、2頭に元気が出るようとか疲れにくくなるよう祈ればいいかもしれないよ」


「今まで思いつかなかったのじゃが、確かに馬も元気が出るじゃろう。……。

 どうじゃろ?」


「さっきよりまた少し速くなってるよ」


「もっと早く祈っておけばよかったのじゃ」


 馬車が軽くなった上に2頭が元気になって、スピードがだいぶ出るようになった。だいたいだけど時速6キロほどだった速度が今は倍の時速12キロくらいある。


 御者初心者のわたしだと対向馬車なんかがあるとちょっと危ないので一度馬車を止めてキアリーちゃんと御者を交代した。


 キアリーちゃんの馬車さばきで緩やかな坂道をかなりの速さで上っていたら、右手の山肌に洞窟の入り口のようなものが見えた。


「右手に洞窟があるよ」


「王都に向かう時わらわは箱馬車の窓からそっち方向を眺めておったはずじゃが、穴を見た記憶はないのじゃ。キアリーちゃんはどうじゃ?」


「うーん。全然覚えていない」


 普通はそうだよね。


「何だかわらわたちを洞窟が呼んでいるような気がするのじゃが、二人はそういった感じはせぬか?」


「わたしは、何も感じないかな」と、キアリーちゃん。


 わたしは、言われてみればそんな感じがしないでもない。ここでたまたまレーダーマップに注意が向いたんだけど、レーダーマップ上で穴の先が黒抜きできれいに何もないことになっていた。こんなことは今まで一度もなかった。


「ちょっとおかしな感じがするから、馬車をここで止めて中を少し調べてみようよ」


 幸い洞窟の入り口前は開けて広場のようになっていたので馬車を駐めることはできる。


 キアリーちゃんが馬車を巧みに操って洞窟の入り口前に止めた。


 最初に御者台から降りたわたしは車輪のスポークの隙間に荷台の脇にはめてあった短い木の棒を突っ込んで車止めにした。


 これで馬車が勝手に動くこともないし、シルバーとウーマが馬車を連れてどこかに行ってしまうこともないはず。


 わたしたち3人は普段着だったけどそのままの格好で洞窟の入り口に向かった。


「この中、暗そうだね」


「ランプ持ってこようか?」


「そうじゃな」


 わたしは急いで荷台の後ろにぶら下がっていたランプを取り外して戻っていった。


 ランプに火を灯してわたしたちは、洞窟の中に入っていった。


 勇んで洞窟の中に入っていったものの、洞窟は20メートルほどで行き止まりになっていた。なんだよ!


「この壁なにか変じゃない?」と、キアリーちゃん。


 よく見ると行き止まりになった洞窟の壁が陽炎かげろうのように揺らめいている。


「陽炎みたいに揺らいでるね」


 ゆらぎ・・・に向かって恐るおそる人差し指を出したら指の先が消えた。ビックリして手を引っ込めたら指の先が生えていた。


「指の先が消えちゃったけど、また生えてきたよ」


「わらわも試してみるのじゃ」


 ナキアちゃんが人差し指をゆらぎに突っ込んですぐに手を引っ込めた。


「ほんとなのじゃ。痛くも何ともないくせに指の先が消えて、引いたら元に戻ったのじゃ」


 キアリーちゃんが試してみた。これで3人とも指が元通りになった。


「このゆらぎの先に何かある。というか、このゆらぎって通れるんじゃない?」


「指で確かめた感触では通れそうじゃった」


「そうだね」


「わたしが先に入ってみる」


 ちょっと怖いけど、先に手首までゆらぎの中に突っ込んで痛くないことを確かめた。


 中途半端にゆらぎの途中で止まってしまうと何が起こるか分からないので急いで前に進んだら何も感じないままゆらぎを通り抜けていた。


 ゆらぎを抜けた先には洞窟が続いていた。手に持ったランプもちゃんと火が着いたまま辺りを照らしているんだけど、洞窟の先の方まで見えた。


 ランプの明かりだけでは洞窟の奥の方まで見えはしないので、どこかから光が入ってきているのか、洞窟自体が発光しているのだろう。光が入ってきている感じは全くないので、洞窟自体が発光していると思った方が良さそうだ。


 洞窟の断面は四角形で底面と天井が5メートルほど。天井までの高さが4メートルほど。かなり広い。


 そこまで考えたところで後から来る二人の邪魔にならないように前に移動して振り返ったら後ろには艶のある真っ黒な板が岩壁に張り付いていた。


 その黒い板の中からナキアちゃんとキアリーちゃんが仲良く手を繋いでこちら側に現れた。




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