第22話 流されて


 朝遅くというより昼近くまで寝ていた関係で朝食を食べ損ねちゃった。


 昨日お酒をたくさん飲んだせいか、そんなにお腹は空いていない。


 着替え終わったわたしは、1階のホールまで下りていった。そこにはどこかで見たことがあるようなないような女の人がいた。


「シズカさんですね?」


「はい。シズカです」


「わたしは市長秘書をしておりますゲランと申します。

 市長が昨日のご活躍について、ぜひお話をうかがいしたいということですので、ご足労ですが市庁舎までお越しください」


 あー。そういえば『ご活躍』のあと、ターナー邸のことはすっかり忘れていたから怒られちゃうかも? ゲランさんについていかないわけにはいかないので、部屋の鍵をニーナちゃんに預けてゲランさんの後について小鹿亭を出た。小鹿亭の前には箱馬車が止まっていて、その中にゲランさんと二人で乗った。


 市庁舎はターナー邸の向かいなので道筋は全く同じ。ただ馬車の止まった位置だけは違っている。


 馬車を下りて、ゲランさんの後について市庁舎の中に入った。日本の市役所は1階は窓口が並んでいてかなり広いスペースが割かれているけれど、ここの市庁舎はそういった感じではなくて玄関ホールからまっすぐ廊下があってその両側にドアが並んでいるだけの殺風景なものだった。ドアには警備隊員が出入りしたり、何かの作業員が出入りしているだけで、いることはいるのだろうけど一般市民はほとんど見かけなかった。


 ゲランさんに連れられたわたしは玄関ホールの脇の回り階段を上っていき、最上階の3階に出て、そこからまっすぐ進んだ突き当りの部屋のドアの上『市長』と書かれたプレートがついていた。


 あれ? 知らぬ間にここの言葉が読めるようになってたみたい。


 ステータスを見てみると、言語理解が2になっていた。


 言語理解2(4パーセント)


 昨日お酒を飲みながら、いろんな人と話をしたんだろうか? 記憶にもないし今さらどうしようもないけど、何か妙なことを口走ってたら嫌だな。



 ゲランさんが、市長室の中に向かって、


「シズカ殿をお連れしました」と、声をかけたら、中からターナー伯爵の声がした。


『入ってもらってくれ』



 ゲランさんがドアを開けてわたしに先に入るような仕草をしたので、わたしが先になって部屋の中に入っていった。


「シズカ殿。そこに座ってくれたまえ」


 勧められたソファーに座ったらターナー伯爵が向かいに座った。ゲランさんは部屋から出ていった。


「昨日はありがとう。屋敷に侵入したオーガをたおしたばかりか、その足で南門に押し寄せてくるゴブリンを蹴散らしてくれたとは」


 エレナちゃんを放って勝手に南門に駆け付けたことを怒られるかと思ったけど違ったようだ。


「たまたまです」


「それで、これが報奨金だ。金貨50枚入っている」


 そう言って伯爵が膨らんだ布袋を渡してくれた。布袋はずっしり重かった。


「実は王宮からモンスターの活動が各地で活発化しているので注意するよう書類が届いていたんだ。

 このブレスカでモンスターがらみの何かが起こるとすると南の森だろうということで、冒険者ギルドに南の森の調査を依頼しているのだが、調査に赴いている冒険者パーティーはまだ戻っていないそうだ。

 モンスターたちが押し寄せてきたということは、調査に当たった冒険者パーティーは森で遭難した可能性も高い」


 そういえばゴブリンたちに襲われていた人たちがいた・・けど、今の話の冒険者パーティーだった可能性は大いにある。


「調査と同時に警備隊の強化を考えねばと思っていたのだが間に合わなかった。

 これで街がモンスターにより甚大な被害を被っていたら王宮から叱責は免れなかった。今回シズカ殿のおかげで事なきを得た。ありがとう」


「どうも」


 社会人になって人さまから褒められたことなど一度もなかったから、こういうふうに褒められると照れるなー。


「シズカ殿がこれほどの腕前ということを知らず、娘のボディーガードをお願いしようと思っていたんだが、それだけではもったいない。

 王宮では、モンスターの活動が活発になっている背景に魔族がらみで何かが起こっているのではと考え、精鋭からなる調査隊を組織しようと各地からそのメンバーを募っている」


「はい」


「それで、シズカ殿。このブレスカの代表として王都に行ってみる気はないかね?」


「は、はい?」


「精鋭調査隊のメンバーになってくれないかね?」


 このように街の権力者から言われた場合、実際問題断わることなどできるのだろうか? その場で返答できないので考えさせてくださいとか、先延ばしにできるのだろうか? いやできはしない。


 何も考えずに流されるままに生きていくのもいいかも?


「分かりました」


「よく言ってくれた。

 さっそくだが、明日にでも都に発ってもらいたい。ちょうど明日都に送る馬車便があるので、それに同乗してくれたまえ。明日の朝9時に迎えを宿に送るからそれに乗ってこの市庁舎まで来てもらって、そこで馬車便に乗りかえればいいだろう」


「は、はい」


 ホントに激流に流されちゃったよ。


「それではそういうことでよろしく頼む」そう言って伯爵がソファーから立ち上がったのでわたしも立ち上がって、よくわからないまま、


「失礼します」と言って、伯爵の執務室から出て廊下を歩き、回り階段をとぼとぼ下りていった。


 市庁舎を出ようとしたところで、ゲランさんがわたしを追って走ってきた。


「シズカさん、急なお話で驚かれたでしょうが、市長はああいった方ですので申し訳ありませんでした。これが支度金になりますのでお納め下さい」


 ゲランさんから布袋を手渡された。


 中身を見ていないから金貨かどうかは分からないけど金貨だとして10枚くらいかな? 流されるままお金持ちにはなったけど。



 あっ! そうだ。今日中に矢を大量に買っておこう。矢はどこに売ってるのかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る