第8話 3日目。人?


 ウサギ肉のローストはことのほか美味しく、後ろ足一本食べただけでお腹一杯になった。塩、コショウがあったればこそですね。


 塩、コショウに限らないけど今アイテムボックスの中に入っている消耗品が無くなる前に人の住む街を見つけないと本当に原始人になってしまう。誰もいないのなら原始人でもいいけど、少なくとも生きていくのに塩は必須のハズ。


 アイテムボックスの中に入っている塩、コショウは量から考えて、最低でも1年はもちそうなのでそれほど急がなくてもいいけどね。これだけ林の緑が濃いということは結構雨が降るということだろうから、この近辺ではどう考えても岩塩なんか見つからないだろうし。



 明日から何をしようかと考えたところ、やはり食が大事だ。できれば大ウサギを狩りたい。キノコなんかは素人が手を出すことはできないけれどナビちゃんに聞きながら採集していけば安全だろう。木の実なんかもできれば集めたいしね。こういった生活を言葉で表すと狩猟採集生活。


 わたしの生活は原始人まではいかないだろうけれど縄文人のそれと同じかもしれない。ヒャッホー!



 そういえば林の中を歩き回っていたけれど、いまのところ人の痕跡を見つけていない。わたしのいるこの林は、人里離れたとか生易しいものじゃなくって、人など住んでいない陸の孤島の可能性も無きにしも非ず。もっと言えば、ホントに絶海の孤島かもしれない。孤島なら海がどこかにあるはずだから塩は手に入ると思うし、海の魚も獲れる。そう考えると生きていくだけなら絶海の孤島は最適かも。


 神さまに生きていくだけで何もしないでいいと言われたけど、まさか何もできないってことないよね?


 もう少し林の中を探検してから判断しましょう。できれば小高い丘の上からここらあたりの全景を掴みたいんだけど、どっちに向いて歩いていけば山や丘があるのか木立が邪魔して見当もつかないんだよね。




 翌日。


 朝から身も心も狩猟採集民となったわたしは、拠点から旅立ち、まだ見ていない場所、マップの空白ゾーンに向かって歩いていった。マップにはたまに赤い点も黄色い点も映るのだが、すぐにどこかに消えてしまう。そういった意味で意外と狩は難しいのかもしれない。


 1時間ほどマップの空白ゾーンを潰しながら歩いていたら、泉というか池というか、とにかくあまり広くはない水溜まりを見つけた。中をのぞくと水はきれいに澄んでいる。わたしはずーとウォーターの魔法で作った水を飲んでいるので、この世界の自然の水はまだ飲んだことがない。


「この水、飲んでだいじょうぶかな?」


『わたしはタダのナビゲーターなので確かなことは分かりませんが、飲むのは止めていた方が無難です。水浴び程度で口に入るくらいならだいじょうぶです』


 水浴びもいいかも?


 クリンですっかに身も心もリフレッシュしていた関係で、お風呂のことをすっかり忘れていたけど、水浴びと聞いてしばらくお風呂に入っていないことを思い出してしまった。たしかアイテムボックスの中には入浴セットとしてボディーソープにシャンプーにコンディショナー、それにアカスリ用のナイロンタオルがあったはず。


 大自然の中でマッパになったわたしは、池?のほとりから、水の中にゆっくり入っていった。少し冷たいかな? 生ぬるいより少し冷たいくらいの方がいいか。


 太ももまで水に浸かった後、思い切って肩まで浸かった。


 うぉー、冷たいー。と、一瞬思ったがすぐに何ともなくなった。


 立ち上がったわたしはさっそくボディーソープで体を洗おうと思ったけれど、池の水があまりにきれいに澄んでいるのでボディーソープを使うのはやめておいた。その代りアカスリタオルを水に浸してそれで体を擦った。皮膚もじょうぶになっているようで、ボディーソープを付けていないアカスリタオルで体を擦っても痛くないどころか、かえって気持ちよかった。これはこれでアリかもしれない。いい場所を見つけた。


 再度肩まで浸かってから、頭も水の中に浸けてやった。ブクブク水の中で口から空気を吹き出しながら目を開けたら、水が澄んでいるおかげでどこまでも池の中が良く見えた。1分ほど水の中でキョロキョロして立ち上がり、水浴びを終えた。当たり前なのかどうかわからないが池の中に魚はいなかった。



 お池で水浴びしてすっかりリフレッシュしたわたしは、ヘルメットの代わりに乾いたタオルを頭に巻いたまま、狩猟採集を再開した。


 拠点から一時間ほど採集を続けながら歩いていたら遠くの方から物音が聞こえてきた。生き物の叫び声と一緒に人の声、そして金物が叩きつけられる音。剣戟の音?


 中腰になったわたしは頭のタオルを取ってヘルメットをかぶり直して音のする方向にゆっくり進んでいった。


 マップの端に赤い点と黄色の点が映った。赤い点と黄色の点が戦っている? 1、2、3、……。赤い点の数は十数個。動きが激しく正確には数えられなかった。黄色い点の数は3個。あっ! 黄色い点がいま消えて灰色になった。あっ! また黄色い点が消えた。今度は赤い点が1つ消えて、そして最後の黄色い点が消えた。


 これはマズい。敵はなんだかわからないが十数匹だ。このまま進んでいって出くわしたらまず勝てない。ここはいったん引こう。


 そう思って、赤い点の動きに注意しながら後ずさりしていたら、赤い点が向うの方にゆっくり移動してマップの外に出ていってしまった。連中は太陽の方向に向かって移動していったので南に向かって行ったということだ。



 わたしは連中に出くわさないようしばらく時間をおいてから戦いの現場に向かった。戦いの現場は木立がなくて少し開けた場所で、なんだか変な臭いが漂っていた。このすえた臭いはゴブリンの臭いだ。案の定その場所にはゴブリンの死骸が6つ転がっていた。


 わたしがマップで見ていた時、黄色い点は3つ灰色に変わった=死んだはずなんだけど、その死体は見当たらなかった。そこにあったのは、大量の血の跡と、何かを引きずったような跡、引きずった跡には血の痕も付いている。それに血だらけの革のヘルメットが一つ転がっていた。ヘルメットは人の頭の大きさだったから、おそらく全滅した黄色い点は人間だったのだろう。


 死体はゴブリンに運び去られたようだ。考えるのも嫌だが連中の食料にされるのかもしれない。


 人がいたということは、少なくともここは陸の孤島でも絶海の孤島でもなさそう。それだけは安心材料だ。


 しばらく狩猟採集民としてノホホンと生きていこうかとも思っていたけど、そういう訳にはいかないみたい。今まで3匹くらいしかいなかったゴブリンが10匹以上集団になっていたということは脅威以外の何物でもない。少なくともゴブリンたちを駆逐しなければ安心できない。喜ぶことではないけれど、これでわたしに明確な目標ができた。どこかのアニメの主人公ではないがヤッてやる。こちらは一人なので地の利を生かし、一対多にならないよう立ち回る。そうすればヤレるよね。



 そんなことを考えながら、わたしは拠点に戻っていった。もちろん脅威の存在が明らかになった以上今まで以上に周囲を警戒しながらだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る