第12話 チンピラ


 部屋に鍵をかけて宿屋の1階に降り食堂に入ると、数人の男女が食事をしていた。


 入り口に立ったわたしを数人の客が振り向いたけどただそれだけで、鎧下着用のわたしを気に留めているようではなかったので安心した。


 どこに座ろうかと立ち止まって考えていたら、すぐにニーナがやってきて窓際の二人掛けの席を勧めてくれた。


 礼を言って席に着き先払いの代金15Cをニーナに手渡した。


 目の前のテーブルの上にはパンの入ったバスケットが置かれている。


「今日の定食はソーセージのスープと焼き魚です。すぐにお持ちしますね」と、言って水の入った木製のコップをわたしの前に置いて、ニーナはすぐに厨房に入っていった。


 彼女の後姿を見送ってコップの水を一口飲むと、トレイに料理を乗せた彼女が戻ってきた。


「今日の定食です。パンはご自由にお取りください。ごゆっくりどうぞ。

 先ほど言い忘れましたが、夕食は6時から8時まで、朝食は6時から8時までです。時刻は街の鐘が鳴りますから分かると思います」そう笑顔で言った彼女は、トレイをわたしの目の前に置いて帰っていった。


 焼き魚は、ますだった。半分に切ったレモンと、付け合わせにふかしたイモが皿に乗っている。


 フォークでピンクの身をほぐしながらレモンを絞り、いただいた。癖もなくおいしい。これはアタリだ。


 スープは、輪切りにしたソーセージとキャベツとニンジンを煮込んだものだった。塩味が少しきついがこれもおいしい。


 バスケットに入ったパンは、1つ1つがバターロールほどの大きさで、バターロールと違うのは、とにかく硬くてぱさぱさしていること。他の客を見るとスープにつけて食べていた。


 この世界に来て初めての文化的な食事を堪能したわたしは、お腹もいっぱいになったところで一息ついて席を立った。


「ごちそうさま」


 ニーナは、ほかの客の相手をしていたが、こちらに振り向いて会釈してくれた。


 衣装屋の場所は聞けなかったけど、食後の散歩がてら町を探索してみようと思い食堂を後にした。



 部屋の鍵を預けるのを忘れていたので、もう一度食堂に戻り、ニーナに鍵を手渡した。その時ついでに衣装屋がどこだか聞いておいた。


「この近くに、服を売っている店はないかな?」


「前の大通りを北に行くと、大きな広場に出ます。中央広場というんですが、その一帯がこの町の一番の繁華街になります。立派な店を構えた仕立て屋さんも何軒かあるし、古着を扱っている衣装屋も何軒かあります」


「ありがとう。これから行ってみる」


 ニーナの説明によると、衣装屋とは古着を扱う店のことで、新品の服は、仕立て屋であつらえる必要があるそうだ。仕立て屋であつらえる費用は目玉が飛び出るほど高いそうだ。この世界にも『目玉が飛び出る』って表現があることにほっこりした。



 小鹿亭から通りに出て、北にしばらく歩いたところにニーナの言っていた中央広場があった。広場も大通りと同じように石畳で舗装されていた。祭りでもやっているのかと思うほどにぎわっていた。


 広場の周りにはいろいろな店がずらっと並んで商店街になっている。食べ物や飲み物を売る屋台も数多く出ており、いい匂いがそこかしこから漂ってくる。さっき昼食を食べたばかりだが、肉の串焼きを1本買ってみた。1本2C。イノシシの肉をあぶったもので、甘ダレで味付けしたもので結構いける。わたしのイノシシ肉は塩コショウ味だったが甘ダレの方がおいしいような気がする。さすがはプロだ。


 串焼きを頬張りながら順番に屋台をのぞいて広場を歩いていたら、スキルアップの脳内アナウンスがあった。


『識別1の熟練度が規定値に達しました。識別1は識別2にレベルアップしました』


 何がどう変わったのかは分からないがレベルアップしたことはいいことだ。



 人込みの中広場を巡っていたら、なんだか騒がしいと思い見回すと、すぐ先の方で、7、8歳ぐらいの女の子が、いかにもといった感じの若い男に絡まれていた。


 少女の持っているコップに入った飲み物が何かの拍子で男の服にかかったと男は大きな声で言っているが、男の服が汚れているようには見えなかった。


「俺の服が台無しじゃないか。これから大事な用事があるのにどうしてくれる。お前の親はいないのか? 黙ってたらわからないだろうが! なんとか言え、このガキ!」


 少女は下を向いて震えている。周りの大人たちは見て見ぬふりをして通り過ぎていく。


 いたいけな少女をそんな大声で威嚇するとは。


「そこのお兄さん、それくらいにしておこうよ。女の子が怖がってるでしょ」


 見かねてつい出しゃばってしまった。わたしはこんなキャラだったか?


「なんだ? お前は! お前には関係ないだろ。引っ込んでろ!」


「えーと、……、そう。その子はわたしの姪だ。わたしが弁償するから許して」


「そーかよ。それじゃあ、……、大銀貨1枚で勘弁してやる」


 面白い。


 さっきからこの男を識別で見ているんだけど最初『人間』と識別されていたが、次は『人間:恫喝中』となり、とうとう『チンピラ』となった。


 面白すぎる。そういう状況ではないが、つい笑ってしまった。大銀貨はぼりすぎだろうけど、面倒事は嫌なのでポケットから巾着を出そうとしていると、


「何がおかしい! バカにしてるのか!?」


 チンピラさんは切れたようで、わたしを突き飛ばそうとしてきた。よければ簡単によけられたが、あえてチンピラさんの両手の突きを体で受けてみた。


 そしたら、わたしには突きを受けたという感覚など何もなかったが、チンピラさんは後ろにひっくり返ってしまった。さすがは体力20越え、伊達じゃない。


「このアマ! やるのか!」


 威勢のいい言葉でチンピラさんが立ち上がり、そのまま殴りかかってきた。チンピラさんが右腕を振り上げたところで、ひょいと足を出したらうまくひっかかって、今度は前のめりに倒れてしまった。結構な勢いで倒れた拍子に頭でも打ったのか、そのまま動かなくなってしまった。男が石畳に倒れた際、なんか聞きたくないような音がしたけどなんだったんだろう?




 シズカは、チンピラさんが吹き飛んだのは、体力のおかげと思っているが、実は、スターターパックの鎧下の特殊効果、物理攻撃反転によるものだった。今は鎧を着込んではいないが鎧下などにも同じ物理攻撃反転の特殊効果が付与されている。


 ナビゲーターにたずねれば答えてもらえたのだろうが、今のシズカの頭の中にはアイテムの特殊効果などという概念自体無かったため、ナビゲーターにたずねることはなかった。



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