第93話 出航


 とうとう海軍の船に乗船する日になった。今回もジゼロンおじさんは姿を現さなかった。どこに行ったんだろう? あのオーガにやられていたのならそれらしい跡が残っていたはずだけど、そんなものなかったし。これから向かう島に何が待ち受けているのか知ってるわたしなら逃げ出すという選択をする可能性もあるけど、不思議なおじさんだ。


 訓練場の入り口前に停まった幌馬車に乗り込んだわたしたち5人は、港に到着してすぐに海軍のフリゲート『ペイルレディ』に乗り込み前回同様艦長以下に出迎えられた。



「一等フリゲート『ペイルレディ』にようこそ。

 わたしがこの艦の艦長のジム・フライだ」


「陸軍大隊長ロイド・ハーネス以下5名お世話になります」


「うん。

 ベルナーくん、みなさんを船室に案内してくれたまえ」


「はい、艦長。

 みなさん、こちらにどうぞ」


 艦長の後ろに控えていたベルナーくんがわたしたちを船室に案内してくれた。


「男性お二人は、こちらのお部屋、女性お三方はこちらのお部屋をお使いください」


 前回と同じ部屋にわたしたちは通された。


「リュックは船室内のどこかに括り付けておいてください。紐が必要ならお持ちします」


「紐なら持ってるからだいじょうぶ。ありがとう」


「それでは失礼します」



 荷物を柱に括りつけた後、さっそくナキアちゃんがハンモックに興味を持ったようだ。


「これがうわさの海軍のハンモックじゃな。ちょっと試してみるのじゃ」


「ナキアちゃん。最初は一人じゃ難しいから、わたしが持っててあげるよ」


 そういってわたしはナキアちゃんのハンモックをナキアちゃんが横になるまでしっかり持って上げた。


 そのあとキアリーちゃんにも同じようにしてあげた。


「シズカちゃんはどうするの?」


「わたしは自分でできるから」


 そう言ってすんなりハンモックに上って横になった。


「シズカちゃんはハンモックを使っておったのか?」


「何度か使ったことがあるんだよ」


「シズカちゃんに頼んでばかりでは済まぬから、わらわは練習するのじゃ」


「わたしも」


 そう言って二人はさっそくハンモックから降りようとしてバランスを崩し床の上に落っこちてしまった。鎧を着たままだったこともあってか、はたまた二人とも慣れているのか、全然痛そうじゃなかった。


 二人が特訓しているあいだ、わたしは船窓を開けたまま固定するためのつっかえ棒を作って、部屋の船窓を開けてやった。


「シズカちゃんは船に詳しいのじゃ」


 船窓から桟橋が見えるんだけど、桟橋に括り付けられていた太いロープが外されて、ゆっくりとペイルレディ号は桟橋から離れ始めた。


「船が出るみたいだよ」


「どれどれ」


 3人で船窓から半分首を出して出港風景を眺めた。


 窓から離れていく陸をしばらく眺めていたけど、すぐに飽きたナキアちゃんとキアリーちゃんはハンモックの挑戦を再開し、10分ほど苦闘を続けてようやく二人ともハンモックに横になることができた。


 わたしもハンモックに横になって寝ることにした。ナキアちゃんとキアリーちゃんは乗船した時のまんまの鎧姿だけどわたしは鎧を脱いで鎧下姿になってハンモックに横になった。



 ハンモックに横になって気持ちよくうつらうつらしていたら、昼食に呼ばれた。二人がハンモックから降りるのを手伝い、少し待ってもらってナキアちゃんとキリアちゃんが鎧を脱ぐのも手伝ってから船長食堂に向かった。


 前回同様簡単なあいさつを済ませた後、ナキアちゃんがしきりに持ち上げられたところも前回同様だった。


 食事と一緒に出された少し甘めのお酒を飲んだことで、今回はお酒を用意していたことを思い出した。


 食事を終え船室に戻ったわたしたちは、さっそく酒宴を開くことにした。とはいえ、あまりいい匂いを船の中に漂わすとマズいので、まずはつっかえ棒を作って船窓を全部開けてから船室の扉をしっかり閉め、部屋の奥で車座になって飲み始めた。

 お酒ブランデーを樽で買ったのは良かったんだけど、樽を乗っける台を用意するのを忘れていたので、コップに注げない。仕方ないので、50キロはある樽を持ち上げていったんヤカンの中に注いで、そこから各自のコップに注いだ。なお樽はそれほど重くなかった。


「「かんぱーい」」


 こういったお酒には氷があればいいと思うけれど、いまのところナキアちゃんの祈りではエールのシャーベット化までなので氷は望めない。


 でも、まだ試してはいない。


 そこでわたしは別のコップを取り出して中にウォーターで水を入れ、ナキアちゃんに氷にできないか聞いてみた。


「ナキアちゃん。このコップの中の水をエールの時よりもっと冷たくできれば氷になると思うんだけど、できるかな?」


「それはやってみるまでもなくできるのじゃ。何せエールの時は凍らないように手加減しておったのじゃから」


「そうだったんだ。

 それなら、このコップの水を凍らせて。割ってブランデーの中に入れるとおいしいと思うんだ」


「おお。シズカちゃんはいつもすごいことを思いつくのじゃ。……」


 ピキィ。と、コップからわずかに音がした。見たらコップの中の水が凍って嵩も増えていた。


「すごい」


 ガラスのコップだと割れていたかもしれないけど、木のコップはこういう時に便利だ。


 わたしはまな板を取り出し、その上にコップを逆さまにしてトントンして氷を取り出し、クリンをかけてきれいにした小型斧で割ってやった。


 氷のカケラをナキアちゃんとキアリーちゃんのコップの中に入れてやり、自分のコップの中にも入れ、あまった氷はコップに戻してアイテムボックスにしまっておいた。


「どお?」


「これはまた、なかなかなのじゃ」


「氷が融けて少し薄まったところが微妙な味がして面白いね!」


 好評で何より。


 さっそくわたしも飲んでみたところ、キアリーちゃんの言う通り少し薄まった氷の周りが冷たくておいしかった。


 氷を量産したいけれど、ちょっと難しい。そうだ! 鍋に水を入れて凍らせて、カチ割りみたいにカチカチ砕けばいいんだ。アイスピックはないけどボーナス矢ならじょうぶだから簡単に氷が削れるはず。


 ということで今度は大きめの鍋に水を3分の2くらい入れてそれを凍らせてもらった。


 ボーナス矢を一本取り出してカチカチしたら簡単に氷が砕けて手ごろな大きさになった。これはいい。


 酒の肴用にまな板の上に生ハムの原木を出してナイフでそぎ落していき皿に重ねて置いた。それだけでは味気ないので、チーズの塊を出してムラサメ丸で8等分にして、その8等分した1つをナイフで削ってこれも皿に盛った。これは怪力を誇るわたしでも結構大変だった。


 生ハムとチーズをさかなにヤカンで3杯ほどブランデーをお代わりしたころ部屋の中はだいぶ暗くなってきた。ナビちゃんに時刻を聞いたら7時半を回っていた。窓から外を見たら日は沈んでいた。船室の天井からランプが一つだけぶら下がっていたけど、そろそろ寝ようということでランプに火を点けることなくおとなしくハンモックに上って横になった。


 明日は飛竜イベントだ。



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