第112話 プリフディナス見学3


 プリフディナス陸軍の訓練を見て、プリフディナスまぞくに戦争を仕掛けることは無謀だということをハーネス隊長以下わたしも含め調査隊の面々は理解したと思う。



 プリフディナス軍の訓練場での見学のあと向かったのは、城壁を離れて郊外のため池の近くだった。


「この池で養殖しているのはマスです。この他のため池でも魚を養殖しています。

 養蚕でのかいこなどをエサとして与えています」


 周りは桑畑なのか。ところどころに建っている小屋は蚕小屋なのか。レーダーマップで見ると範囲内のどの小屋の中にも黄色い点が2つ見えた。


 そういえば蚕の糞をどうこうすると火薬の原料の硝石(硝酸カリウム)になるという話をどこかで読んだことがある。魔法を操る兵隊が鉄砲も持つようになる? 先ほどの訓練では、防御と攻撃が分かれていたけど、防御しつつ攻撃ができるようになるということかもしれない。


 蚕の糞などは単純に肥料にするのかもしれないけど、この見学の順番から言って鉄砲とか大砲、爆弾、そういった軍事的な利用をほのめかしている可能性はあるよね。


 人族側の対応とすれば、今は事を荒立てず、戦力の強化を図っていき、勝算が生れた時初めて戦端を開くといったところか。しかし戦力ギャップが果たして埋まるのかと言えば、ちょっと無理っぽい。なにせ現代知識を持った明日香が完全独裁で国の舵を取っているこの国だもの無駄なく発展していくはず。


 見方を変えると、人族にとって魔族というか、明日香に支配された方が幸せになるのではないだろうか?



 あれ? そういえば畑に誰も見ないんだけど、畑では誰も働いていないのかな? 視界には誰もいないし、もちろんレーダーマップに映っているのはわたしたちと小屋の中の黄色い点だけだ。


「今の時間帯は外では働かないんですか?」


 気になってつい聞いてしまった。


「ほかの農場では働いています。この桑畑では今の時間、蚕小屋の中で蚕棚の清掃と朝摘んだ桑の葉を蚕棚に配っているころだと思います。養蚕も含めて農作業はもっぱらゴーレムが行ないますので、いわゆる農民はいません。いるのはゴーレムの監督者だけです」


 完全に機械化された農業ということか。今の地球の農業よりも進んでいるかもしれない。



 農地の見学のあとわたしたちは外壁内に移動した。ここは他と違って箱型のビルが何棟も連なって建っていた。


「ここはプリフディナスの研究所です。

 研究内容は数学、物理学、天文学、生物学、化学等の理学系と農学、鉱山学、冶金学、機械工学、電気工学、建築・建設学などの産業・工学系と言われています。わたしも詳しくないのもので申し訳ありません。研究所の拠点はここですが、実験農場や天文台、実証研究用の工場なども研究所の管轄となっています」


「研究員はどこから?」


「陛下が特別に召喚した魔族が研究や技術開発に従事しています。現在の研究員と技術者の数は合わせて2000人だったかな。研究分野が日々広がっているので、研究員は少しずつ増えているようです。正面の建物は機械工学の研究施設です」


 正面の研究所のビルに入ると吹き抜けのホールになっていて、白衣を着た研究員や作業服を着た技術者風の人たちが行き来していた。建物の中は涼しいくらいの空調が効いていた。研究所の見学など始めてだったので、こんなものだと言えばこんなものなのだろう。


 ホールから階段で2階へ上がってその階の通路を歩いていった。通路の両側には大きなガラス窓が連なっていて研究室の中がうかがえた。


「こちらの部屋では内燃機関の研究・開発をしています」


 ガラス窓の向こうではそれラシイ機械が組み立てられている。わたし以外の4人は何だか凄く複雑な機械を作業服を着た数人でいじっているのを見て感動しているようだった。


「冶金技術がもう少し進歩しないと実用化は難しいと聞いていますが、この機械ができ上れば、機械が馬車馬の代わりになった馬車ができるそうです」


 だよね。近代化まっしぐらということか。しかし、この世界の文明を無理やり進めてるように見えるけどいいんだろうか? いいんだろうな。


 わたしたちは機械工学のビルの2階だけを見て回って、いったん宮殿に戻りジゼロンおじさんを囲んだ昼食会となった。


 昼食をとりながら、ジゼロンおじさんが午前中の見学の感想を聞いてきた。


「いかがでした?」


「なんだか、夢のような世界なのじゃ」


「わたしたちの国ってすごく遅れてるというか、この国がすごく進んでるって気がした」と、キアリーちゃん。


「うーん」


 ハーネス隊長は終始うなってばかりで、カルヒとわたしは無言だった。


「現在ここプリフディナスから大型の運河を東海岸まで掘削していますので、午後からは工事の見学を予定しています。24時間体制で掘削を進めていますので実作業を見学できます」


「山に囲まれているこの盆地から海岸ということは、山にトンネルを?」


「この盆地に集まった水は川を作って東側の山脈のふもとに集まりそこに存在していた天然のトンネルを通って東海岸に向けて流れ出ていたようです。この地に魔族が栄えていた時代にそのトンネルが拡幅され整備されていたようなんですが、今回そのトンネルをさらに拡幅し、川の部分も拡幅整備して全長は80(注1)の運河を建設しています。

 運河が完成すれば、運河の終端、東海岸に新たな街を建設する計画です。街には港を建設しますので、いわゆる港町になり、港から船で運河を遡上すればここプリフディナスで建設予定の港に到着します。もちろんプリフディナスの港から運河経由で外洋に出ることも可能です」


 という単位を知らなかったのでナビちゃんに聞いたら、1里は1万歩ということだった。1歩が60センチなので1里は6キロということになる。80里ということは480キロ。東京と大阪の距離が4、500キロだったような。運河もすごいけど、よく考えたらこのウニス・ウニグ島ってものすごく大きな島だったんだ。



 昼食の後のお茶を飲んで、午後からの見学が始まった。


 わたしたちが転移魔法陣経由でやってきた先では大々的な土木工事が行なわれていた。



 運河の幅は100メートル、その運河の両岸の河川敷は幅50メートルで、河川敷の高さから運河の底までの深さは15メートルにもなるという。河川敷の陸側には土が盛り上げられて土手を作っていた。


 運河の幅が100メートルもあれば大型船が双方向に楽に行き来できそうだ。プリフディナスのある盆地に大雨が降れば、放水路の役目も果たすのだろう。


 工事現場では無数の大型ゴーレムが土を掘り岩を削っていた。掘削で生まれた土砂は車輪付きの大型箱に入れられ、河川敷の先のまで運ばれ土手の資材とされていた。作業現場にはゴーレムの他に人も何人か見えた。工事を監督しているのだろう。


「1日の作業速度は1000歩、1カ月30日で3里掘削しています。東海岸まで残すところ30里ですので、10カ月後には運河が完成します。

 まだ工事は始まっていませんが運河の両側の土手の上には陛下が鉄道と呼ぶ2本の鋼鉄の棒でできた道を作り、その上を機関車および列車と呼ばれる物資や人を大量かつ高速に運ぶための機械を走らせる予定になっています。転移魔法陣に比べ効率がいいとのことです。

 機関車動力は研究所でお見せした内燃機関とは別の方式の内燃機関となります。こちらの内燃機関は構造が単純なので既に完成しており、この内燃機関を搭載した試験機関車が間もなく完成する予定です。将来的には内燃機関ではない別の方式に切り替えると聞いています」



 作業現場で黙々と作業しているゴーレムの数は数百ではきかないだろう。軍事に転用すればこのゴーレムだけでも止めることなど人族には絶対無理だ。


 ハーネス隊長から大きく息を吐きだす音が聞こえた。ハーネス隊長もわたしと同じことを考えたのかもしれない。


 ナキアちゃんとキアリーちゃんと言えば、二人とも目を見張ってゴーレムたちの作業を見守っていた。


 カルヒはつまらなそうにしていた。





注1:

1歩=60センチ

1里=1万歩=6キロ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る