第107話 プリフディナス、女王アースカ


 階段の先に外部からの光が差し込んでいた。トンネルの出口だ。


 出口の先は岩肌から張り出した岩棚になっていて、そこにいたのは人形ひとがたではなく派手な衣装を着てはいるもののちゃんとした人間だった。その衣装、どこかで見たことあるような。この衣装は越後の縮緬問屋のご隠居さん? しかしなぜに金ラメ?


 そのかなり怪しい人物に対してハーネス隊長が声をかけた。


「ジゼロン、お前なのか?」


 えっ! ジゼロンおじさん? そう言われてみればそんな気も。


「はい。もちろんジゼロンです。ご無沙汰していました」と、ジゼロンおじさんが大げさに手を広げてにこやかに答えた。


「キャンプで失踪したお前がどうしてここに?」


「わたしにもいろいろございまして。皆さんをここでお待ちしていました。

 ここからだと見晴らしがよいので、わたしたちの国、プリフディナスが一望できます。都市国家なのでプリフディナスは都の名まえでもあります」


 わたしたちの国って今言ったよね? ということは……。ジゼロンおじさんのことはすっかり頭から抜け落ちていたので、何も考えていなかった。そういう意味ではまったく予想外ではなかった。


 岩棚から見下ろした先には、盆地が広がって、数十キロ先に城壁に囲まれた都市が見えた。東京などでは障害物がなくても空気が濁っているので遠くまで見通せないけれど、ここの空気は澄んで全く濁りがない。だから都市の向こうの遠い山並みまでちゃんと見通すことができる。


 不射の射のつもりで都市を眺めたら都市の中にいくつも尖塔がそびえているのが見えた。どの尖塔も相当高い。都市の中心には一際高い尖塔が突っ立っていた。城壁の周辺は畑のようで道や運河できれいに区画されて緑が広がっていた。


「どうです。美しいでしょう。

 遠望はこれくらいにして、女王陛下が皆様方をお待ちです。

 どうぞ」


 どうぞと言われてどうするのかと思ったら、いきなりわたしたちの立っている岩棚の床の上に赤く輝く五芒星の魔法陣が現れた。わたし一人なら逃げ出すこともできたかもしれないけれど、それだとわたし一人が迷子状態になってしまうのでおとなしく魔法陣の上に立っていた。


 視界が切り替わって、わたしたちはどこかの建物の広間の中に立っていた。足元に赤く五芒星が見えたけど、すぐにその色は消えてしまった。


 広間を見回すと、どうもそこは玉座の間のようで、奥の方に立派な玉座があって、豪華な衣装を着た女の人が座っていた。彼女の左右にはそれなりの衣装を着た大臣?みたいな男女が居流れていた。全員立派な角を生やしている。みんな魔族なんだよね。


 部屋の壁に沿って鎧を着て槍を持った兵士がずらりと並んで物々しかったけど、レーダーマップで見るとみんな黄色の点だった。それはそうか。


 わたしと同じようにみんなも部屋の中をキョロキョロ見回している。


 ジゼロンおじさんだけ玉座に向かって歩いていき、おそらく女王に向かって報告した。


「陛下、みなさんをお連れしました」


 ジゼロンおじさんは女王に一礼し、玉座の隣りに立った。ジゼロンおじさんの金ラメのご隠居衣装が浮いているかと言えばそうでもなく、なぜか似合っていた。


 この立ち位置でジゼロンおじさんがどういう人物だかだいたい分かった。


「わたしはプリフディナスの女王アースカ。

 みなさん、プリフディナスにようこそ」


 女王から声がかかった。


 アースカ? それにこの声? あれ?


 わたしは不審に思いながらもおとなしくしていた。ほかのみんなもこんなところで暴れるわけにはいかないのでおとなしくしている。


「みなさんの実力はモンスターをたおされたことで十分証明されました」


 今までのモンスターの襲撃はわたしたちを試すためだったの?


「人族のみなさんにこのプリフディナスに立ち入ってもらいたくなかったためモンスターを向かわせたわけですが、みなさんがことごとく退けたため考えを変えてみなさんをお招きすることにしました。モンスターも結構コストがかかるものですしね」


 全然関係ないけど何だかこの部屋涼しいな。空調効いてる?


「われわれの国にモンスターを送ったのはあなたですか?」


 ハーネス隊長が女王にたずねた。


「その通りです」


「それはなぜ?」


「難しい話になりますが、このせかいの中で魔力の循環が滞り、非常に不安定な状態になってるため、人族と魔族の緊張を高めることで魔力の循環を改善せよと女神に頼まれました。人族からすれば迷惑な話でしょうが、人族にわたしたちへの警戒心を高めさせようとジゼロンを使い人族の街の近くに召喚魔法陣を設置してモンスターを送り込みました。比較的低位なモンスターですからそれほどの被害は出ていない割に、人族の魔族われわれに対する緊張は高まったでしょう?」


 その結果、わたしたちがこの島に派遣されたわけだから、魔族の目論見通り。いえ、女神の目論見通り緊張は十分高まっていると思う。


 だけど女王の言う女神とわたしの考える女神が同一なら、わたしか、女王が女神から嘘を吐かれていたことになるんじゃ? だってわたしは女神からこの世界で生きてくだけで十分と言われているわけだから。どうなってるんだろ? 結局女神は何がしたかったんだろう?


 女王の答えを聞いたハーネス隊長は黙ってしまった。


 間が空いたので、わたしは疑問に思っていることを女王に聞いてみることにした。


「あのう、よろしいですか?」


「なんでしょう?」


「魔族は人族を征服するとかそういった意志を持ってるんじゃないですか?」


「わたしたちに対する緊張が高まり、人族が再び高い水準で魔力を利用するようになれば十分です。人族を征服などしたらそれこそ本末転倒になりますから。

 今回みなさんがモンスターの襲撃を退けこの地まで到達できたということで、魔力を利用する人族の地力が十分に高いことが証明されました。もう人族の領域にわが方からモンスターを送り込まなくてもいいでしょう。

 それはそうと、あなたの容姿、それに声、わたしの知っているある人物にそっくりなんですが不思議ですね」


 わたしから見ると女王の方が不思議なんですけどー。


「もしかして?」


「もしかして?」


「あなた、すごく若く見えるけど静香?」


「明日香なの?」


「あっ!」


「あっ!」



[あとがき]

みなさんの予想通り、明日香が登場しました。

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