第16話 素材の売却と口臭男


 同じようなところを行ったり来たりしていたらいつのまにか昼になっていた。


 冒険者ギルドの中でも飲食できるようだったけど、遠慮させてもらった。


 近くに何軒か食堂のようなところもあったと思うので適当に歩いていけばすぐに食堂が見つかるだろう。


 思った通り食堂はすぐに見つかった。中に入ると長テーブルが並んで、そのテーブルの両側の長椅子に人が向かい合って座って食事をしていた。結構混んでいたが座れる場所はあるようだ。


 ただ食堂のオーダーシステムが分からないので入り口近くに立って『食堂のシステムが良く分からないんだけど?』と、ダメもとでナビちゃんに頭の中で聞いてみた。


『宿屋の昼食と同じように、テーブルに着いて先払いではないでしょうか』


 宿屋と同じといえばそうなんだろうなと思っていたら、店のおばさんがやってきて空いている席に早く座れと怒られちゃった。


 元来人見知りのわたしは知らない人と相席で食事なんかしたくなかったけど、意を決して空いた席に腰を下ろした。そしたら何も頼まないのにトレイに乗せられた定食が運ばれてきた。


「いくら?」


「10C」


 当たり前だろ! といった感じで愛想のない店のおばさんに返された。大銅貨を1枚渡した。


 トレイに乗っていたのは、平皿に何だかわからない肉の照り焼きと芋、それにブロッコリー。小型の深皿にベーコンの入ったスープ。そしてコップに入った水。もちろん食器は全部木製ですよ。陶器はないわけじゃないみたいだけどかなり高価なんだと思う。


 丸パンがテーブルの真ん中に置いてあり、それは自由に食べていいようだった。


 周りで食べている人もわたしのことを気にすることなく仲間内で話をしながら食べているのでわたしも周りのことは気にせず食事を始めた。


 食べていたら自然に周りの話し声が耳に入ってきた。


『オーガが出たってうわさで南の森へ誰もいかなくなっただろ?』


『だな。そこらを確かめるために、ギルドの方でそれなりのパーティーを送ったって聞いたぞ』


『1週間の予定だったそうだから、そろそろ帰ってきてもいいよな』


『オーガなんておっかないモンスターがいたんじゃ、南の森なんかに行けないものな』


『行き帰りのことを考えても、あそこのキノコはおいしい素材だったのにな』


『まったくだ』


 オーガってモンスターは相当強いのか。それはそうと、あそこのキノコがおいしい素材って言うことは、高く売れるって事だろう。キノコならアイテムボックスの中にそれなりの量入っているから午後からでも売りに行ってみよう。



 あまりおいしくない代わりに結構ボリュームのある定食を完食したわたしは最後にコップの中の水を飲み干して店を出た。次は別の店にしよう。もしくは屋台で立ち食いか。



 店を出たわたしはまた人通りのない裏道に入って、ズタ袋の中にキノコを詰めていった。食材のつもりで集めたものだけど結構な量があった。


 キノコで膨らんだズタ袋を片手に下げて、またまた冒険者ギルドの扉をくぐったわたしは買い取り窓口に回っていった。


 買い取り窓口にいたのは午前中のおじさんとは違うおじさんだった。あのおじさんは休憩中なのだろう。


「キノコがあるんですが買い取ってもらえますか?」


「そこの台の上に出してみな」


 言われるまま、ズタ袋の口を下にして、高さ30センチほどの台の上にキノコの小山を作ってやった。


「おまえさん、これって南の森のキノコじゃないか?」


「はい」


「あそこにゃ、オーガが出るってことで誰も採集に行かないんだが、よく無事に帰ってこられたな?」


「まあ、なんとなく。わたしがいた時にはゴブリンくらいしかいませんでした」


「おまえさん、そうとう運がいいんだな。

 どれどれ。ものはなかなかいい。重さを計るからちょっと待っててくれ」


 おじさんが数個のカゴの中にキノコを選り分けていき、横に置いてあった大型の上皿天秤でカゴごと重さを計っていった。


「これくらいだな」


 そういって、おじさんは数字らしきものを板の上に書いてくれたのだが、未だに文字が読めないわたしは曖昧あいまいにうなずいた。


 おじさんがカウンターの上に置いていた木製のトレイの上に、引き出しから取り出した硬貨を置いていった。


「金貨3枚に銀貨5枚。大銅貨6枚だ」


 わたしはポケットの中にその硬貨を入れた。


「盗まれないように気を付けなよ」


「はい」


 結構な値段で売れてしまった。こんなことならキノコは食べずに取っておけばよかった。今さらだけどね。美味しかったから、よーし。前向きに行かなくちゃ。



 キノコを買い取ってもらったら、それで何もすることがなくなってしまった。なんだか林の中の自由な縄文人生活が恋しくなってきた。わたしって都会生活に向いていないのかも?



 冒険者ギルドを出たわたしは、目当てなど何もなかったけど、マップの空白でも埋めようと通りを歩いていった。


 マップの空白を埋めるには当たり前だけど、いままで何度も通った大通りではなくそこから離れた小路を行くことになる。


 何も考えずに大通りから小路に入っていきブラブラと歩いていたら、わたしの後ろからついてきていた黄色だったハズの点が急に赤い色に変わった。


 街中で弓矢を使うわけにもいかないし、相手との距離も結構近い。


 アイテムボックスの中から剣を取り出したわたしは、剣の入った鞘を左手に持ち、振り返った。


 わたしの前に立っていたのは、冒険者のイロハを教授するとかいってたあの息の臭い男だった。


 相手はいちおうはベテラン冒険者だ。おそらくわたしの方が足は速い筈なので逃げ出してもよかったけれど、このまま逃げてしまっては、これからの冒険者生活に支障をきたす恐れがある。


 降りかかる火の粉は払った方が後々のためだ。ただ、わたしが勝つとしてどういった形で納めるかが問題だ。まさか殺すわけにもいかないし。


「また会ったな。ここじゃあ邪魔も入らねえ。これから授業を始めてやるよ。代金はお前さんのポケットに入っている有り金全部に負けといてやるよ」


 さっきギルドでキノコを売ったところを、この口臭男は見ていたのか。


「教えてもらうことなどないけど」と、一応断ったが、


「そう言うなよ。なあ。その後俺がていねいに可愛がってやるからよ」


 そう言って男は腰の剣を抜いた。わたしたちの他、道の前後に人はいない。


 わたしも鞘から剣を引き抜き、鞘はアイテムボックスにしまった。アイテムボックスをわたしが使ったことを男は気付いたかどうかわからないが、男はニヤリと笑ってわたしの方に向かってきた。


 口臭男の実力はおそらくそれほどでもないと思う。でもマトモにやり合う必要などもとよりないので、わたしはアイテムボックスからマイホームを勢いをつけて向かってくる口臭男の前に出してやった。


 口臭男は突然目の前に現れた草の塊に見えるマイホームにそのまま突っ込んでしまい、大きく姿勢を崩した。わたしは前に一歩出て、口臭男の首筋に剣の切っ先を突きつけた。


「それで、どうしたいって?」


「ひ、卑怯だぞ!」


「冒険者がモンスターを相手取るのに卑怯も何もないんじゃないのかな? モンスターおじさん、そうなんでしょ?」そう言ってわたしは剣を少し突き出した。口臭男の首筋が少し切れて血の雫が路上に落ちた。


「ま、待ってくれ」


「待ってくれ?『待ってください、お嬢さま』じゃないのかな?」


「待ってください、お嬢さま」


「よろしい。その剣を地面においてくれる?」


 口臭男は半分バラバラになったマイホームの残骸が散らばる道の上に手にした剣を投げ捨てた。手で触ってはいないけど、男が投げ捨てた剣をアイテムボックスに収納できないか試してみたら、収納できた。


「次は立ち上がって、その場で裸になってくれる?」


 おじさんの裸が見たいわけじゃないんだよ。裸にするのは武装解除の基本でしょ?


 男が服を脱いでいき、真っ裸になったところで、剣と同じようにアイテムボックスの中に収納してやった。アイテムボックスの中が臭くなることはまさかないよね。


「それじゃあ、好きなところへ行っていいよ」


 口臭男はいったん後ずさってそれから『覚えてろよー!』と捨て台詞を残して回れ右して駆けていった。


 忘れてしまいたい記憶だけど、忘れられない記憶だからずーと覚えてると思うよ。



 チン騒動のあと、口臭男のばっちい衣類をアイテムボックスの中から取り出して上着だけ残して道の脇に捨てておいた。上着のポケットの中に手を入れたら中から小袋が出てきた。中に銀貨と銅貨が数枚ずつ入っていた。戦利品はその硬貨の他、剣と剣の鞘、ナイフとナイフの鞘だった。


 マイホームはダメになったけどちょっとだけ得した気分になった。男の上着も投げ捨てたかわりにマイホームの残骸はアイテムボックスに回収している。一連の作業の間、誰も通りかからなかったことはラッキーだったで済ませておけばいいだろう。何せわたしは10億人に一人の超ラッキーガールだものね。




 夕方小鹿亭に帰り着いてから夕方までなにごともなく、食堂で夕食を食べその日は終わった。



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