第88話 王都のダニ2


 拉致誘拐されていたらしい女の人を10人ほど成り行きで助けた。彼女たちを連れて建物を出たわたしたちは、冒険者ギルドに舞い戻った。


 鎧下姿のわたしたちと一緒に人さらいの元締め、その後から女性10名がぞろぞろとホールに入っていったわけだから中にいた冒険者たちやギルドの職員たちは驚いたようだ。


 驚きあきれる冒険者は無視してわたしたちは空いている窓口まで歩いていき、そこで受付嬢に事の次第を説明した。説明したのは主にわたしだったけどね。


「わらわたちはやり残した仕事があるゆえ、これにて失礼する。あとはギルドに任せたのじゃ」


 ナキアちゃんが最後にそう言って人さらいの元締めにボスの元に案内するよう再度命令して出口に向かったので、わたしとキアリーちゃんは女の人たちをその場に置いてナキアちゃんの後についていった。


 受付嬢も居合わせた冒険者たちも何も言わずわたしたちを見送ってくれた。ガツンと一発決めたことがこんなところに生きてきたんだなあと妙に納得した。



 元締めの男は大通りをそのまま歩いていき、とある大きな建物の中に入っていった。


「ここは何なのかな? かなり立派な建物だよね」


「ボスとやらを捕えてみればはっきりするじゃろ」


「こんな建物を持ってるならきっとお金もたくさん持ってるはずだよ」


「その辺りもしっかり確かめるつもりじゃ」


 そう言ってナキアちゃんはニンマリ笑った。



 人さらいの元締めは階段を一番上の階まで上っていき、その先の通路を一番奥まで歩いていった。通路は立派な扉で終わっていて、扉の両脇には革鎧を着て短剣を下げた用心棒が二人立っていた。


「この扉の先にボスがいます」


「お主はここで待っておるのじゃ」


「はい」



 わたしたち3人が扉に向かって近づいてきたので、用心棒たちは腰に下げた短剣の柄に手をかけて、


「どちらの方ですか?」と、聞いてきた。


「わらわたちは、その扉の先におる御仁に用があって参った通りすがりのおせっかいじゃ」


「?」


「まあよいから、ケガをせぬうちにそこを退くのじゃ」


 ナキアちゃんのその言葉で用心棒たちは短剣を抜いた。


「任せて」そう言ってわたしは円盤を2枚取り出し用心棒たちの短剣目がけて投げつけた。


 円盤は狙いを違えることなくそれぞれ用心棒たちの短剣に命中し、2本の短剣は火花を上げて根元から折れた。われながら恐ろしいほどのコントロールだ。


 短剣をへし折った円盤はその場で砕けて破片が用心棒たちの防具に命中したけど貫通はしなかったようで二人は無傷だ。


 その後アイテムボックスの中からムラサメ丸を取り出して抜き放ったら、用心棒たちは根元から折れた短剣を床に放り投げて両手を上げた。


「お主たちはそこでおとなしく立っておれ」


「「はい」」


 用心棒たちは扉の前を開けるように左右にズレてそこで直立不動の姿勢を取った。ナキアちゃんの『命令』は戦意を失った者に対して有効なのかもしれない。そうでなければ最初から敵に命令すればいいだけだものね。


 レーダーマップを見ると部屋の向こうには黄色い点が1つ。その黄色い点がボスのようだ。他にも黄色い点はそれなりの数見えていたけど、他の階の黄色い点だ。そういった点と部屋の向こうの点はどこか違うのでなんとなく区別できる。判別できるようになったのは知力が高まったおかげだと思う。


「わたしが扉を開けるね」


 ムラサメ丸をアイテムボックスにしまって、3人の中で一番カタイはずのわたしが扉の取っ手に手を伸ばした。カギがかかっているようならカギを壊すつもりだ。


 幸いカギはかかっていなくて扉はすんなり開いた。


 扉の向こうにあった衝立ついたてで奥の方は見えなかった。


 わたしたちは衝立を回り込んでその先まで行くと、恰幅の言いいわゆる紳士然とした男が窓を背にして大きな執務机の後ろに座って何かの書き物をしていた。


 男はわたしたちが入ってきたことに気づいて顔を上げた。


「何だ、お前たちは?」


「わらわたちは、人さらいの元締めを捕まえたのじゃが、その元締めにはボスがおってな。

 そのボスの居場所を聞いたらここに案内されたのじゃ。

 お主、心当たりはあるじゃろ?」


「お前が何を言っておるのか分からぬが、そろそろ出ていった方がお前たちのためだぞ。

 わたしを誰だと思っているのだ?」


「知らぬな」


「おい、怪しい者たちが部屋に入ってきているぞ! どうしてこんな連中を中に入れた!?」


「入り口に立っておった男たちならもうお主の言葉なぞきかぬぞ」


「なんだと。

 いったいお前たちは何者なのだ?」


「囚われておった女たちを助けた通りすがりのおせっかい焼きじゃ。

 逆に聞くがお主は何者なのじゃ?」


「本当にわたしのことを何も知らずにここに押し入ってきたというのか?

 わたしは王都一、いやこの国一の商会、オルソン商会の会長のジェームス・オルソンだ」


「はて? わらわはオルソン商会の名は聞いたことはないのじゃが、キアリーちゃんは聞いたことがあるかえ?」


「うーんと? 聞いたことがあるようなないような」


「まあよいわ。この国一番の商会の会長だと何が特別なのじゃ?

 現にこうやって小娘3人に押し入られるような護衛しか雇えぬようなお主などたかが知れておる。と、わらわは思うのじゃがどうじゃ?」


 男は黙ってわたしたちの方を睨んでいる。


「まだ自分の立場が分からぬなら分かるように教えてやるのじゃ。

 お主の生き死にはわれらの掌中じゃ。これで少しは自分の置かれた状況が理解できたのではないか?」


 そう言ってナキアちゃんがニヤリと笑った。わたしはその言葉に合わせてアイテムボックスから抜き身のムラサメ丸を取り出し両手で構えた。キアリーちゃんは横で嬉しそうに笑っていた。


 ムラサメ丸を見て、男は自分の置かれた状況をやっと理解したようだ。


「わかった。おまえたち、何が欲しいんだ? 何でもくれてやるから言ってみろ」


「そうじゃなー、お主が人さらいの親玉だったとまずは認めてもらおうかの?」


「ああ、その通りだ」


「さらった女たちをどうするつもりだったのじゃ?」


「他国に運んで奴隷として売り払うつもりだった」


「これまで何人くらい売り払ったのじゃ?」


「4、500人だ」


「話は変わるのじゃが、お主、カディフの聖女とか聞いたことはあるかの?」


「聞いたことはある」


「ひとつよいことを教えてやるのじゃ。

 カディフの聖女の証言はそれだけで証拠となる」


「それがどうした?」


「わらわの名はナキア、カディフの聖女のことを知っているくらいなら聞いたことがある名ではないか?」


「まさか?」


「そのマサカじゃ。わらわが法廷で証言すればお主もこの商会も破滅じゃ。理解できたかな?」


「わたしはどうすればよい?」


「そうじゃなー。この部屋の中に金目のものはあるかの? できれば現金が良いのじゃが」


「金貨で2000枚ほどある。それで許してくれ」


「まずその金貨を見せてくれるかの?」


 男は机の引き出しからカギを一本取り出して、壁に掛かっていた絵をずらして壁に空いた鍵穴に差し込んで捻ったら、隠し扉が開いた。


「この中にある金目のものは全部持っていって構わん」


「だ、そうじゃ。シズカちゃん。持てるだけアイテムボックスの中にしまって欲しいのじゃ」


「任せて」


「ア、アイテムボックスのスキルまで持っていたのか!?」男はすごく驚いていた。確かに金貨2000枚も持ち運ぶのは大変だものね。


 わたしは、隠し扉の先にあったものを片端からアイテムボックスの中にしまっていった。


「ま、待て、その箱だけは残しておいてくれ。紙切れが入っているだけでお前たちには何の価値もないものだ」


 ナキアちゃんがうなずいたのでわたしは手にした木箱の蓋を開けた。中には紙の束が入っていた。


 中身を見ると借金の証文のようだ。表の仕事なら、商会の正規の保管場所に保管してあるはず。


「借金の証文みたいなのが沢山入ってる」


「こんなところに隠してある証文なんぞどうせ阿漕な商売の証文じゃろ。

 焼き捨てても良いが一応取っておいてくれるかの」


「了解。

 全部頂いたよ」


「これで満足したろう? とっととここから出ていってくれ!」


「そうじゃな。そろそろおいとまするのじゃ」


「ナキアちゃん、この男は放っておいてだいじょうぶなの?

 わたしたちみたいに・・・・・・・・・若くて美しい娘・・・・・・・を手籠めにしてるんじゃないの?」


「お主、どうなのじゃ? お主の屋敷に囲っておるのではないのか?」


「し、知らぬ」


「ならばよい。

 そろそろ、喉も乾いてきたころじゃし、ここからお暇して酒場に繰り出そうではないか?」


「おう!」「そ、そうだね」


 男のことは放っておいてわたしたちは男の屋敷を出た。扉の外には二人の護衛と元締めの男がちゃんと直立していた。




[あとがき]

ジェームス・オルソン:適当に名づけたら俳優さんでいらっしゃいました。何の関連もありません。

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