第87話 王都のダニ1
王都の冒険者たちから賭け金を巻き上げたわたしたちは、気持ちよく席に戻ってエールを飲んだ。
ホールにいる冒険者たちが恨めしそうにわたしたちを見ている。最初に煽ってきたのはあの男だし。あれ? あの男はまたどこかに隠れてしまったようで見当たらない。どうでもいいけど。
わたしにノックアウトされたいかつい男はどこかに運ばれて行った。レーダーチャートでは赤い点から黄色い点に変わっただけだったから死んではいないはず。わたしもやっと手加減できるようになった。
わたしたちは4杯目のエールを飲み終わったところで、そろそろ普通の店も開いているだろうということで席を立った。わたしでさえジョッキ4杯くらいでは酔えないようで、3人とも
わたしたちが席から立ち上がったとたんにホールの中が静かになった。わたしたちの足音がホールに響く。
出入り口に向かって歩いていたら、わたしたちの周りに自然と真空地帯ができた。別に懐かしくはなかったけど久しぶりの真空地帯だ。わたしたちは狂犬じゃないんだし、怖がる必要なんて全然ない筈なんだけどなー。
冒険者ギルドを出たわたしたちは明るい日差しの中を適当な食堂を探して通りを歩いていた。
「先ほどの男は血の気だけは多くて役立ってくれたが、シズカちゃんがあっという間にたおしてしまって盛り上がりに欠けたところがいささか物足りなかったのじゃ。
なにかもっと刺激が欲しいのじゃが何かないものかの?」
ナキアちゃんが危ないことを言い始めた。
「さっきの連中の実力を見るとこの街の中には悪さをしている連中が退治されないまま残ってるんじゃないかな」
「それはあり得る話なのじゃ。われらのいたカディフでは冒険者が悪人を狩りつくしてしもうてそっち系統は暇じゃったものな」
「それっぽいところを歩いて、それっぽい連中をおびき出すのはどう?」
「そうじゃな。わらわたちは素手ではあるがシズカちゃんもおることじゃし、面白そうじゃな。
その気になればわらわには奥の手もあることじゃし」
「あれ、やっちゃうの?」
「場合によればやぶさかではないのじゃ」
ナキアちゃんの奥の手のあれって何だかわからないけど、スゴイのを隠してそう。
「
「さすがは『悪人狩りのキアリー』と恐れられておったキアリーちゃんだけのことはあるのじゃ」
そんな二つ名があったんだ。
「えへへ」
キアリーちゃんが先頭に立ってそれらしい場所に向かっていった。大通りから何回かわき道に入っていき確かにそれらしい小路にわたしたちは入っていった。キアリーちゃん、ナキアちゃん、わたしの順だ。
わたしたちの進む小路にはみすぼらしい服を着たおじさんおばさんが表情もなくしゃがみ込んでいた。小路の両側の建物は古びた上かなり汚れていた。今まで実物を見たことは一度もないけどここはスラムでは?
レーダーマップにあまり注意を向けていなかったんだけど、どうもわたしたちは前後を囲まれているようだった。
前の方から薄汚い上に目つきの悪い集団がこっちに向かってきているのが見えた。人数は5、6人。後ろを振り返ると同じような連中がそっちも5、6人わたしたちの後をつけていた。
キアリーちゃんが立ち止まったところで、ナキアちゃんが『釣れた、釣れた、ぎょうさん釣れたのじゃ』とニコニコして呟いていた。
どういった連中かは察しは付くけど、まさか皆殺しにするわけにもいかないので、何かあればさっきのいかつい男と同じで、アゴを手のひらで突き上げて気絶させてやることにした。テレビなんかでは首トンで気絶させるシーンをよく見るんだけど、あれってわたしがやってしまうと5割の確率で殺してしまう気がするんだよね。
前からやってきた連中の中から少しだけ身なりの良い男が前に出てきた。
「なかなかいい女たちじゃないか。
痛い目に遭いたくなければ、俺たちについてこい」
『ナキアちゃんどうする?』
『こやつらについていけば、大物が釣れそうな予感がするのじゃ』
『わかった』
わたしたちは前後を薄汚れた連中に囲まれた形で、連中の後についていった。
わたしたちが連れていかれた先はとある建物で、外観は薄汚れていたけれど、扉などはしっかりしてた。
わたしたちは入り口から建物の中に入り、廊下を歩かされ突き当りの部屋に入った。
その部屋の奥には机が置いてあり、机の向こう側に座った恰幅のいい、いかにもな男がわたしたちを値踏みするよう上から下までじろじろ見た。
「久しぶりの上玉だな。
こいつらは売り物ではなくボスの慰み者にした方がいいだろう。
あの部屋に押し込んでおけ」
わたしたちの後ろに控えていた連中がわたしたちに手をかけようとしたところでナキアちゃんが『そろそろ良かろう』と小声で合図した。
薄汚い連中に触られたくないので振り向きざまにわたしに手をかけようとした男のアゴを平手で打ち抜いて意識を刈ってやった。それから先は遠慮なく片端から男たちのアゴを打ち抜いていった。
キアリーちゃんは男たちに向かってみぞおちにパンチを食らわせていた。
わたしは意識を一瞬で刈っているので相手からするとそれほど苦痛はないと思うけど、キアリーちゃんの一発をみぞおちに受けた男は反吐を床にまき散らし苦しそうに床にうずくまった。中にはナイフを取り出した男もいたけど特に問題なく、5秒ほどで十人ちょっとの男たちを無力化した。4人ほどは自分の反吐で汚れた床の上でうめいている。部屋の中が反吐の臭いでエライことになってしまった。
子分たちが片付いたところでナキアちゃんが机の後ろで今はおびえた顔をした男に向かって、
「おぬしの言うボスのところに案内するのじゃ!」と、
ナキアちゃんの命令に男が素直に「はい」と返事した。これってなに? 命令までできるんだ。
レーダーマップを見ると黄色い点が十数個。動かないままこの建物の中にいる。
「この建物の中にまだ人がいるようだけど、この男の仲間かな?」
「この御仁の仲間もおるじゃろうが、わらわたちのように連れ込まれて囚われておる者がおるやも知れぬのじゃ。
お主、どうなのじゃ?」と、ナキアちゃんが前を歩く男にたずねた。
「この建物の中には10人ほど捕らえた女たちがいます」
「面倒じゃが助け出さぬわけにもいくまい。
お主、捕らえた女たちのところに先に案内するのじゃ」
「はい」
男は廊下を曲って突き当りの階段から地下に下りていった。
下りた先はすぐに扉になっていた。
男は扉の前で立ち止まった。
「この扉の先に女たちを捕えています。わたしはカギを持っていないので、この扉を開けることはできません」
「カギはさっきの連中のうちの誰かが持っていると思うけど、わたしが何とかしてみる」
わたしは扉の取っ手を持って思い切り扉を引っ張ったら、ガシャンという音と一緒にカギが壊れて取っ手が外れてしまった。安普請だったと思おう。
ここらの扉は内開きだったような気がしたので試しに扉を向こうに押したらちゃんと開いた。
扉の先は薄暗い部屋で、10人ほどの女の人がクリンが使えないのか汚れた衣服を着て床の上に座っていた。部屋の中は何とも言えない嫌な臭いがする。
女の人たちはわたしたちが中に入っていくとおびえたような目でわたしたちを見た。
「怖がる必要はない。わらわたちはお主たちを助けにきた者じゃ」
親玉と一緒にいるわたしたちのことを信用できないのかもしれない。わたしはしゃがんで女の人たちに順にクリンをかけていった。
体がこぎれいになった女の人たちに対してナキアちゃんが口の中で何かつぶやいた。
すぐに効果が現れなかったけれど、1分ほどで女の人たちの顔が穏やかになった。
「みんな立ち上がってわらわたちについてくるのじゃ」
女の人たちがゆっくりと腰を上げた。
「ナキアちゃん、どこにこの人たちを連れていくの?」
「こういった連中と官憲がつるんでおることもあるから念のため冒険者ギルドに連れて行こうと思う。そこで丸投げじゃな。
わらわたちにはまだ大事な仕事が残っておるし」
大事な仕事? って思ったけど、そういえばこの人攫いの親玉にはボスがいたんだった。
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