第86話 王都冒険者ギルド2


 魔石を売ったので、今度は買うもの買おう。と、振り返ってホールの方を見たら冒険者たちはみんな一斉に目を逸らせた。しかもさっきの男はいつの間にかいなくなっていた。


「そこのおじさん、さっきの威勢の良かったおじさんどこ行ったか知りませんか?」と、一番近くに立っていた冒険者のおじさんに声をかけたら、おじさんは頭の中の何かがおかしくなりそうなくらいすごい勢いで顔を横に振った。


「シズカちゃん。見たところこのホールには骨のあるような冒険者はおらんようじゃし、訓練はいつでもできるから、喉も乾いてきたころじゃしここの食堂でちゃんとした店が開くまで飲みながら待っていても良いのではないかの?」


「シズカちゃん。そうしようよ」


「それもそうだね」



 わたしたち3人は空いていた4人掛けの丸テーブルに腰を下ろしてさっそくエールを注文することにした。店の人は見えなかったので厨房があるらしい奥の方に向かって大きな声で注文したら奥からおじさんの野太い声で返事が返ってきた。それから間をおかず3つのジョッキがおじさんの手で運ばれてきた。


 もちろんその場での支払いなのでわたしが会計係となってエールを持ってきてくれたおじさんに代金を支払った。店員ではなく店の主人のような恰幅のいいおじさんで代金を受け取ったら奥に引っ込んだ。


 すぐにナキアちゃんがエールのジョッキ3つに向かって冷たくなるように祈ってくれたので、キンキンに冷えたというか半分シャーベットになったエールができ上った。今回は一度の祈りでジョッキ3つ同時に冷えた。こうなってくるとわたし一人だけペースが遅いとナキアちゃんに2度手間をかけさせることになるので、わたしも頑張って二人のペースについていくことにした。


「「「かんぱーい」」」


 ギルドの食堂にはわたしたちが座っている4人掛けの丸テーブルが3つと6人掛けの四角いテーブルが2つあり、わたしたちの他の客は4人席に3人座ったグループが一つと、6人席に4人座ったグループが1つだけだった。わたしたち以外のグループでお酒を飲んでいるグループはなかった。まだ午前9時前だもの当たり前かも。


「冷たい水の時も驚いたのじゃが、こうして冷たいエールを飲むのは格別じゃな。

 シズカちゃんが思いついてくれなかったら、一生思いつけなかったかも知れん。

 そう考えると逆に怖くなるほど冷たいエールは最高なのじゃ」


「お湯ができるのもすごいけど、パンにもびっくりしたよね」


「そうじゃった、そうじゃった」


 二人とも喜んでくれているので何か他にもナキアちゃんの祈りで生活の質を高めていくことができないか考えてみようかな。



「何かつまみを頼まない?」


「そうじゃなー」


 壁にメニューが貼ってあるんだけど、そんなに種類はなかった。


「ソーセージの盛り合わせとゆでマメでも頼んでおこうか?」


「そうじゃな。ここで本格的に飲むわけでもないからそれくらいで許してやるのじゃ」


 奥の方に向かって『ソーセージの盛り合わせとゆでマメとエール3つ』と注文したら奥からおじさんの返事が返ってきた。


 5分ほどで料理とエールが運ばれてきた。おじさんは空になったジョッキを持って奥に引っ込んだ。


 ホールに続く食堂で盛り上がっているわたしたちは、食堂にいるほかの客だけでなくホールにいる冒険者たちの注目の的だった。


 王都の冒険者ギルドの連中から見れば完全なよそ者が大きな顔をしてエールを飲み大声で話したり大笑いしているわけだから面白くないかもしれないけれど、わたしたちがそのことを気にかける必要など何もない。文句があるなら受けて立とうじゃないか。などといい気になってわたしは考えてたけど、だれも文句を言ってこなかった。



 3杯目のエールをいい気持ち飲んでいたら、わたしたちのテーブルの前に革鎧を着込んだいかついおじさんと、行方不明になっていた威勢の良かったおじさんが揃って立ってわたしたちを見下ろしていた。


 何をされているわけでもないので、放っておいたら、いかついおじさんがわたしたちに向かって「よそ者がいい気になってるって聞いて見にきたんだが、確かにいい気になってるようだな」と、ドスの利いた声でのたまった。


 ちゃんとあいさつもできないような御仁に返事する必要などないのでわたしは無視してたんだけど、ナキアちゃんは嬉しそうを通り越して、目を細めてニヨニヨ笑いながらその男を挑発した。


「ほほほ、ほー。生きのいいのがおったのじゃ。ウヒョヒョヒョ。酒の肴に持ってこいなのじゃ」


 そしたら、それを受けるようにキアリーちゃんが「シズカちゃんとやり合ってどれくらい持つと思う?」とナキアちゃんに聞いた。


「まあ、よくて10数えるくらいではないか」


「わたしもそれくらいだと思うから、それじゃ賭けにならないね」


「わらわたちで内輪で賭けをしてもつまらんのじゃ。

 そうじゃ! 良いことを思いついたのじゃ。シズカちゃんとこの男を戦わせて賭けをするのじゃ。60数え終わるまで男がもてば男に賭けた方が勝ちで賭けた金の2倍が戻る。60数える前に男が伸びてしまえば胴元の勝ち。全額胴元のものじゃ。

 そこの男、今のわらわの話を聞いておったじゃろ? それでよいのではないか?」


 いかつい男は顔を真っ赤にして、


「わかった。それでいい」


「殺し合うわけにもいかぬだろうからお互い素手で良いじゃろ?」


「ああ」


 ナキアちゃんが椅子から立ち上がってホールに向かって大声を上げた。


「みんな聞いておったじゃろ。この男がわれらのシズカちゃんと戦って60数え終わるまで男が立っておれば男に賭けた金額の2倍を払い戻すのじゃ。もちろんシズカちゃんがその前に伸びてしまえば男の勝ちじゃ。

 賭けに乗るものはおらぬか?」


 その言葉でホールにいた連中が一斉にわれもわれもと手を上げた。


「名まえと金額を記録しておかんと、万が一払い戻しになった時困るからだれか窓口のお姉さんに言って紙と書くものを借りてくれぬか? 意味のないことじゃが一応な」


 ナキアちゃんのその言葉ですぐに紙とペンが空いていたテーブルに移動したナキアちゃんに届けられ、賭けの受付が始まった。


 ……。


「これで賭けを締め切るぞ。

 さて肝心の試合じゃが、どうせあっという間にカタが付くじゃろうからホールの中で良いじゃろ。

 それじゃあ、シズカちゃん。あとはお願いするのじゃ」


 いかつい男がホールの真ん中に移動したのでわたしも席を立って男に相対した。男は革鎧を着ていたけれどヘルメットは被っていなかった。


「わらわが『始め!』と言ったら試合開始じゃ。それと数を数える速さはこんな感じじゃ。

 1、2、3。

 速くもなく遅くもないじゃろ? 誰も文句はあるまい?」


 いかつい男を信頼しているのか誰も何も言いださなかった。


「それでは、そろそろ試合を始める。二人ともよいな?」


 わたしと男が同時にうなずいた。


「始め!」


 ホールの中から男に向かって声援が上がった。


 声援を背に受けて男はボクシングスタイルのように拳を固め脇を閉めてわたしに近づいてきた。


 男のパンチの間合いに入ったと思ったら男がゆっくりとわたしの顔面目掛けてパンチを繰り出してきた。そのパンチを半歩斜め前に出ることで軽くかわしたわたしは、十二分に間合いに入った男のむき出しの顎に向かって右手のひらを斜め上に突き上げた。


 男は何の反応もできずわたしの手のひらの突きを顎に受け、そのまま仰向けに倒れていき大きな音を立ててギルドホールの床に大の字になって伸びてしまった。そのときナキアちゃんがちょうど3を告げた。


 わたしたちから見れば当然の結果なんだけど、ホールの中は静まり返った。きっとオーガがどれくらいの実力のあるモンスターなのか王都の冒険者たちは知らなかったんだと思う。魔石の値段から想像できたと思うけど想像しなかったんだろうな。


「それでは、掛け金は胴元が全部頂いておくのじゃ。異存はあるまい?」


 もちろん誰にも異存はなかった。いや、あったかもしれないけれど、誰も口にしなかった。


 王都の冒険者たちから賭け金をまき上げたとはいえ、大した金額ではなく、金貨5枚分程度だった。日銭を稼いでいる冒険者たちにとって痛い出費だったかもしれないけれど、わたしたちにとってはありがたい飲み代のみしろになってくれる。

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