第89話 待ち伏せ


 オルソン商会の建物から出たところで、悪人をこのままにしておくのか不思議に思ったのでナキアちゃんに聞いてみた。


「ナキアちゃん。このまま連中を放っておくの?」


「いいや、これからが面白いところなのじゃ。

 きゃつはわれらを亡き者にしようと刺客というか追っ手を送り込んでくるはずじゃ。

 その連中を相手に立ちまわるのは面白いと思わぬか?」


「ちょっと危なくない?」


「そこらの追っ手なんぞゴブリンのようなものじゃから、適当な場所に誘い込んで一網打尽にしてやるのじゃ。

 キアリーちゃん。適当な場所を探してくれるかの? 連中からすればわれらを見失いたくないじゃろうからそれほど待つこともなかろう」


「任せて」


 オルソン商会を出たわたしたちは、キアリーちゃんを先頭にゆっくり歩きながら大通りをしばらく歩き、それからわき道に入っていった。それほど狭くない道を歩いていたら途中でキアリーちゃんが立ち止まった。


 わたしのレーダーマップに赤い点は今のところ映っていなかったけれど、どうもつけられている気がする。


「この辺りでいいと思う」と、キアリーちゃん。その通りには前を向いても後ろを向いてもなぜか人がいなかった。


「さりげなく歩いてなくてだいじょうぶかな?」


「とにかく討ち取れと命じられた連中は待ち伏せされていると分かっていても飛びこむしかないのじゃ。ヒャヒャヒャヒャ」


 ナキアちゃんが目を細めて笑った。


 人通りはないといってもれっきとした道の上なので、座ってお客さまの現れるのを待つわけにもいかない。と、思ったんだけど、ナキアちゃんとキアリーちゃんは構わず通りの地面の上に胡坐あぐらをかいて座り込んでしまった。


「立ってても仕方ないからシズカちゃんも座った方が良いのじゃ」


 確かに。


 どこから敵が現れてもレーダーマップがある以上不意打ちなどありえないのでわたしも道の上に座り込んで追っ手の現れるのを待つことにした。


「せっかくじゃから、お茶でも飲まぬか?

 お湯はわらわが沸かすゆえ、シズカちゃん、お茶の道具を出してくれんかの?」


「いいけど、こんなところでお茶飲んでて平気かな?」


 道の真ん中で座り込んだうえ、そこでお茶を飲んでたら通りがかりの人にすごく迷惑になるような気もするんだけど。


「わらわたちに敵意を向ける者以外はこの道に入ってこないよう祈ったのでだいじょうぶなのじゃ」


 ナキアちゃんは祈りで結界も張れるのか。どおりでこの道にわたしたち以外誰もいないわけだ。結界と言っても人間専用なんだろうな。温度の上げ下げや、パンのこともあるから、案外モンスターに対して使うことをナキアちゃんが思いついていない可能性もあるけどどうだろう?


 ヤカンにウォーターで作った水を入れて地面に置いたらすぐに熱くなった。沸騰はしてないけどウォーターで作った水は蒸留水のようなものだから十分だよね。


 わたしはお茶っ葉を小さい方のヤカンに入れて、お湯をそのヤカンの中に注ぎしばらく待って、3つ出したコップにお茶を注いだ。


「どうぞ」


「ありがたいのじゃ」


「ありがとう」


 フーフーしながらお茶を飲み、お茶うけにデーツを食べていたら、レーダーマップに赤い点が10個ほど映った。ただのうら若き乙女を襲うにしては大げさだけど、10人ほどでわたしたちがどうこうできるとホントに思っているのなら舐められたものだ。


「後ろの方から来たよ。数は10人」


 二人がお茶を飲み終えてクリンをかけてからコップを返してくれたのでそれを回収し、お茶の道具やデーツを入れたお皿をしまい、3人揃ってゆっくりと立ち上がった。


 今度は前の方からも10個点が現れた。


「前からも10人来る。

 どうする?」


「わらわに任せてくれてだいじょうぶじゃ。

 こやつらはわらわたちを殺しに来た連中じゃ。容赦はせぬ」


 前から迫ってくる連中も、後ろから迫ってくる連中も揃いの革鎧を着てヘルメットを被っていた。何とか商会の正社員なのだろうか? それともどこかの警備会社の社員なのだろうか?


 その連中がそれぞれ10メートルほどまで近づいたところで腰に下げた短剣を一斉に抜いた。


 問答無用ということらしい。こんなところで鎧下姿の3人娘がいれば人違いの可能性はないしね。しかし、短時間でよくこれほどの人数を集めたものだ。ちょっとだけ感心した。この国一の商会というのも嘘じゃないかもしれない。



「お前たち、わらわに向かっていきなり剣を抜いたところを見ると、わらわのことを何も聞かずに殺せと命じられたようじゃな。わらわは親切じゃから教えてやろう。

 わらわの名はカディフの聖女、ナキアじゃ」


 ナキアちゃんが名乗ったら男たちにはっきり緊張が走った。それほどカディフの聖女ってスゴイ名まえなの?


「お前たちなら、わらわのもう一つの二つ名を存じておろう?

 せっかく剣を抜いたのじゃ、存分に殺し合うのじゃ」


 ナキアちゃんの言葉が引き金になって、前から迫ってきていた連中はいきなり仲間討ちを始めた。


 ナキアちゃんは今度は後ろに向いて、同じように「お前たちも殺し合うのじゃ」と命じた。


 後ろから迫っていた10人もナキアちゃんの言葉が引き金となって仲間討ちを始め、ものの1分もかからず立っているのはわたしたちだけになった。まだ息のある数人が道の上でうるさくうめいていた。


「かわいそうだから、一思いに楽にしてあげる」


 キアリーちゃんは落ちていた短剣を拾って、うめいている男の首に短剣を突き刺してまわった。作業を終えたキアリーちゃんが手にした短剣を道に投げ捨てた音が響いたあと、辺りは静かになった。


 ちょっとやり過ぎかな。と、思ったけれど、素手のわたしたちに向かって剣を抜いた以上仕方がないことだ。しかし、ナキアちゃんってすごいな。これなら、人さらいたちの時、連中を片付けることも簡単だったろうに。というかあそこで殺し合いを始められたら邪魔なだけだし、会長の部屋の前にいた2人も、あそこで殺し合いを始めたらやっぱり邪魔だものね。


「ねえ、ナキアちゃん。ナキアちゃんの2つ目の二つ名ってなんていうの?」


「ナキアちゃんのもう一つの二つ名は、カディフの死神」と、ナキアちゃんの代わりにキアリーちゃんが教えてくれた。


 納得の二つ名だわ。


「表の世界の人で知ってる人はあまりいないんだけど、裏の世界だと結構有名なんだよ。ここに転がってる連中はちゃんと知ってたみたいだね」



 ナキアちゃんの『命令』がモンスターに効けば絶対的に有利になるんだけど、モンスターには人の言葉は通じないはずだからおそらく効かないんだろうな。モンスターに効くならあの島で使っていたはずだし。でもナキアちゃんの場合。今まで試したことがないだけかもしれない。どっちだろ?



「ここに転がっている死体はどうする?」


「こやつらは傭兵のようじゃから、放っておけばこやつらの組織が勝手に片づけるじゃろ」


 それはそうか。こんなところでこれだけの数の死体を放っておいたら、王都を巡回する警察っぽい誰かが捜査するもんね。


「じゃあ、そろそろ飲みに行こうか?」


「いや、もう一度あの商会にお土産を持っていこうと思うのじゃ。

 シズカちゃん、そこらに転がった死体から首を切り落としてアイテムボックスの中にしまってくれるかの? 首は一個でよいぞ」


了解りょうかーい


 わたしは、ざっと見た感じリーダーっぽい顔をした男のヘルメットに左手をかけて頭を持ち上げ、ムラサメ丸を右手に持って一閃し男の首を刈った。よく切れること。


 男の頭はすぐにアイテムボックスにしまい、ムラサメ丸は血振りした後クリンをかけて抜き身のままアイテムボックスにしまっておいた。




[あとがき]

何の脈絡も関連もありませんが、石川ひとみさんの『まちぶせ』https://www.youtube.com/watch?v=og3-Z3ysjfc

宣伝:

『Y氏のSS置き場』http://kakuyomu.jp/works/1177354054894304315

2023年8月15日

『第19話 Bingチャットとのやり取り。中国製電池の爆発』公開しました。よろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894304315/episodes/16817330662031526928

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