第77話 採用試験


 そして一夜明けて調査隊の採用試験当日。


 わたしとゲランさんを乗せた馬車が近衛兵団の訓練場の門前に到着した。試験内容を知っているのでわたしは馬車の中で余裕だったけど、ゲランさんが何だか緊張しているように見えた。ゲランさんから見た場合、万が一わたしが採用試験ではねられたらターナー伯爵に対しても立つ瀬が無くなるかもしれないからね。


 わたしは前回同様革鎧を着ていたけどヘルメットと手袋は着けていない。ムラサメ丸は馬車から降りたところで腰のベルトに取り付けた。


 ゲランさんが門衛の詰所で来意を告げた。詰所から出てきた兵士に連れられてわたしとゲランさんは訓練場の中を進んでいった。


 そろいの鎧を着た兵隊たちの訓練を横に見て、訓練場の隅の方に案内された。


「ここでしばらく待っていてください」


 わたしたちを案内してくれた兵士が兵舎に向かって駆けていき中に入っていった。


 直ぐに兵舎の中から先ほどの兵士とツルピカのハーネス隊長が現れた。ハーネス隊長はリュックを手で持っている。変わり果てたハーネス隊長じゃなくて元気な姿のハーネス隊長の姿を見ることができ、自分が生き返った時以上に死に戻りを実感した。


 兵士はすぐに門の方に戻っていき、ハーネス隊長はこっちに歩いてきた。


 わたしはヘルメットを被り、手袋をはめ準備した。


 ハーネス隊長がリュックを地面の上に置いて、わたしに向かって、


「きみが、調査隊のメンバー候補のシズカくんだな?」


「はい」


 アーネス隊長はわたしを上から下まで眺めて、


「いいだろう。

 きみが調査隊のメンバーとしてやっていけるかどうか確かめてくれと宮殿から指示されている。

 まず生活魔法は使えるな?」


「はい。使えます」


「生活魔法が使えなくても火は何とかなるが、ウォーターが使えないと今回の調査行には連れていけないからな。

 今回試すのは武術などの腕前ではない。

 今回の調査では、補給の利かない領域を進んでいくことを想定している。そういった場所での活動で最も大切なことは敵に打ち勝つ力より、体力が大切だ。100キロ、200キロ徒歩で移動したくらいでへばるようでは何の役にも立たない」


 実際は敵に打ち勝つ力が足りなかったんだけど。


 わたしのとなりでハーネス隊長の話を聞いてゲランさんが、


「王都からブレスカに送られてきた選抜メンバーについての書類には、武芸に秀でたものを推薦せよとありましたが、あれはどういうことなのでしょう?」


「そのあたりは、わたしはあずかり知らない」


 ゲランさんは黙ってしまいわたしの方を見た。わたしはゲランさんにうなずいてみせた。


「そういうことなので、これからきみにどの程度体力があるか確かめる。

 このリュックを背負って、訓練場の塀際に沿って走ってくれ。

 いま10時を過ぎたところだから昼の鐘が鳴るまでざっと2時間だ。

 無理と思ったらそこから歩いても、止めてもいい」


「はい」


 わたしは地面に置かれたリュックを背負った。前回も重くはなかったけれど、今回はほとんど重さを感じなかった。


「いきます」


 わたしは前回と同じコースで走り始めた。要領は分かっているので前回よりも少し速く走った関係で前回は確か15分ほどで一周したはずだけど今回は10分ほどで一周してしまった。


 ハーネス隊長もゲランさんもこれには驚いたようだ。


 息も切れることもなく昼の鐘が鳴るまでに12周=30キロ程度走ることができた。


「その体でそのリュックを背負って2時間変わらぬハイペースか。驚くべき体力だな。もちろん合格だ。

 わたしの名まえはロイド・ハーネス。今は近衛兵団の大隊長だが、調査隊の隊長を務めることになっている。

 わたしからシズカを調査隊員として採用すると宮殿に報告しておく」


「お願いします」


「ほかの隊員たちは既に訓練を始めている。シズカが最後の隊員となるだろう。

 短い期間になるが、シズカも訓練に参加してもらうことになる。

 彼らが訓練しているのは王都郊外のフォルジの森だ。

 今日はいったん帰ってもらい、明日の朝7時にまたここに来てくれ。フォルジの森に訓練用に設営したキャンプに馬車で行く。用意するものは自分の武器、防具、要は今の格好だな。そして着替えだ。

 訓練自体はあと5日ほどで終了する。訓練が終わればそのまま3カ月間の調査に出発する。そのつもりでいてくれ。

 それじゃあ」


 それでわたしたちは近衛兵団の訓練場を後にした。



 王都邸への帰りの馬車の中で、ゲランさんがやっぱり先ほどの試験のことで驚いていた。


「わたしはあの大きなリュックを背負って走ることが調査隊員に求められると聞いて無理と思いました。それがシズカさんは難なくアレを背負って駆けだし、しかも2時間も走り通したわけですから、もう言葉もありません」


「あの程度なら余裕ですから」と、返事しておいた。実際余裕だった。最後の10分くらい前でアドレナリン・ダッシュをかけてやろうかと思ったけれど、いつどこで何が起こるか分からないので、アドレナリン・ダッシュは使わずとっておいた。アドレナリン・ダッシュなんだけど、なんだか貴重なアイテム化しそうだ。


「シズカさん、明日以降のことで用意するものはありませんか?」


「必要な物はアイテムボックスの中に全部入っているのでだいじょうぶです」


 王都邸に戻ったわたしたちは着替えた後、遅い昼食をとった。


 調査隊の全容がつかめなかった前回と違い今回はいろんなことがクリアーになっているので安心だ。


 前回はしばらくの間アイテムボックスのことは荷物持ちにされることを警戒して秘密にしていたけれど、結局意味はなかったので今回は早い時期にハーネス隊長に自己申告してしまおう。今現在のアイテムボックスの容量は900キロもあるので、全員のパン程度はアイテムボックスに入れてもいいかな。パンだけだとちょっとけち臭いかな?



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