第57話 調査行9、撤退。バッドエンド。


 翌朝。上陸してから4日目の朝。


 夜の間に雨が降り出しそうだったけれど、降らずに済んだ。


 昨夜ハーネス隊長に無理やり飲ませた万能ポーションの効果はなかったようで巨大蜘蛛コリンの毒液を受けたハーネス隊長の首はどす黒く変色していた。鎧に隠れて見えない胸のあたりまで変色は進んでいそうだ。


 ハーネス隊長がこういった状況である以上これ以上先に進むことはできない。



 簡単に作った朝食を3人で食べながら、調査は諦めて撤退しようと二人に切り出した。


「調査は諦めてここから引き返そう。ハーネス隊長はわたしが負ぶうから」


「シズカちゃん。引き返すことには賛成じゃが、隊長を負ぶって撤退はさすがに無理なのではないか?」


「リュックをアイテムボックスにしまえばハーネス隊長を負ぶって歩けるからだいじょうぶだよ。それにハーネス隊長をナキアちゃんが祈りで軽くしてくれれば楽に歩けるはずだよ」


「シズカちゃん。ハーネス隊長はわらわの祈りでかろうじて命を取り留めておるだけで、祈りが切れれば生きることはできんのじゃ。

 意識も無くなってだいぶ経っておる。治る見込みはないのじゃ。かわいそうじゃがここに置いていかぬか?」


 ナキアちゃんの言うことはもっともだけど、生きている人を見捨てることなんてわたしにはできない。


「見捨てることなんてできないよ」


「シズカちゃん。気持ちはわかるけれどわたしたちだって無事にあの海岸までたどり着けるかわからないんだよ」


 キアリーちゃんもハーネス隊長を連れ帰ることに反対なのか。


「でも連れて行けるところまでは」


 わたしは自分のリュックをアイテムボックスの中に入れて、ハーネス隊長を抱き上げ、ナキアちゃんとキアリーちゃんに手伝ってもらってハーネス隊長を負ぶった。思ったほど隊長は重くなかったけれど、すぐにナキアちゃんが軽くなるように祈ってくれたようでほとんど重さを感じることはなかった。リュックと違い脱力した人間を背負うのはそれなりに大変だと思っていたんだけど、これなら負担はないように思えた。


 ナキアちゃんとキアリーちゃんもリュックを背負い直し、わたしたちは撤退を開始した。


 3人で歩きながら話し合い、無理することなく行きと同じように帰りも日中合計8時間歩いて上陸した岸を目指すことになった。


 ハーネス隊長の毒による皮膚の変色は小休止で背中から降ろして確かめるたびに広がっていて、8時間歩いたあと、適当な野営地を決め毛布を敷いてハーネス隊長を寝かせたときには顔の下半分まで真っ黒に変色していた。


 その日の夕食も手持ちの食材だけで簡単に済ませたわたしたちはほとんど会話することなく毛布を敷いて寝てしまった。




 翌朝。


 ハーネス隊長は冷たくなっていた。ハーネス隊長の顔全体が黒く変色していた。


 誰も驚かなかった。


 わたしがスコップで墓穴を掘り、キアリーちゃんと二人でハーネス隊長の冷たくなった体を穴の底に置いて、わたしが土を掛けた。隊長の墓には目印になるものが何もなかったので、近くに転がっていた丸石を上に置いておいた。わたしにはレーダーマップがあるのであの海岸までの道を見誤ることはないけれどハーネス隊長の持っていたコンパスはわたしが預かっておいた。


 ハーネス隊長の埋葬を済ませた後、簡単に朝食を済ませてわたしたちは出発した。明後日の夕方までには海岸にたどり着くはずだ。




 その日の夜。


 気疲れしていたようでわたしはぐっすり眠っていた。


 急に声がした。


『……、モンスターに囲まれました! モンスターに囲まれました!』


 急を告げるナビちゃんの声だった。


 レーダーマップを見ると赤い点が数十個、わたしたちを囲んでその輪を狭めていた。


 そして四方から立木がなぎ倒されるような音も聞こえていた。


 ナキアちゃんたちに急を告げ、わたしはヘルメットをかぶり手袋をはめた。この数で押し寄せられたら弓矢ではおそらく無理だ。一点突破して逃げ切るしかない。


 わたしは準備の整った二人に向かって自分の考えを伝えた。


「モンスターがわたしたちの周りを完全に囲んで範囲を狭めながらこっちに向かってきている。狭い場所で囲まれる前に、荷物はここにおいて一点突破で囲みを破って逃げよう。

 二人はわたしの後についてきて」


「分かったのじゃ」


「うん」


 わたしたちは西に向かって駆けだした。


 赤い2つの点が正面に見えた。その隣にも反対側の隣りにも。


 見える範囲で3匹の巨大蜘蛛コリン巨大蜘蛛コリンの足元にはそれぞれ棍棒を持った3匹のオーガがいる。


 ここを突破するには最初に正面の3匹のオーガを片付け、3人揃って巨大蜘蛛コリンの足の間を潜り抜けなければならない。


『アドレナリン・ラッシュ』


 ドクン。前回同様心臓の鼓動に合わせて何かがわたしの中に広がっていったのを感じた。フルチャージ状態のいま、身体能力50パーセントアップが12分間続く。12分と言えば結構長いけれど無駄にはできない。


「行くぞー!」


 わたしは注意を集めるように大声を出しながら正面のオーガに向かっていった。


 感覚的にはかなり緩慢なオーガの棍棒を防具で受け止めた。それだけでオーガの棍棒は砕け、オーガの利き腕の手首もあらぬ方向に曲がった。わたしはそのオーガに突っ込んでいきオーガのみぞおちから心臓に向けてムラサメ丸を突き上げた。


 これで一匹。


 オーガを一匹たおして安心していたわけではないけど、わたしの頭上に巨大蜘蛛コリンの前足が打ち下ろされた。わたしにはほとんど衝撃もなく振り下ろされた巨大蜘蛛コリン前足の鎌状の先端が潰れた。わたしはすぐにクリンをかけて巨大蜘蛛コリンの体液から身を守った。


 次に反対側の前足が打ち下ろされてきたので、わたしはタイミングを見て横にかわし、ジャンプしてその前足の関節に向かってムラサメ丸を一閃した。


 足そのものは断ち切れなかったけれど、関節部がパックリと開き、そこから先はだらりとぶら下がり状態になった。


 巨大蜘蛛コリンも足はどの足も脅威だけど、先が鎌のようになっている前足が一番の脅威だ。その前足を2本とも使えなくしてやった。


 巨大蜘蛛コリンの左右に立っていたオーガはわたしが巨大蜘蛛コリンに密着しているせいか手出ししてこない。その代わり、ナキアちゃんたちもわたしに近寄れず、立ち止まっている。オーガ2匹はナキアちゃんたちに向かっていった。


 レーダーマップを見ると、赤い点の包囲の形は崩れているもののどんどんわたしたちの方に近づいてきている。さらに悪いことに、今目の前にいる巨大蜘蛛コリンを突破した先にも複数のモンスターが待ち構えている。


 それでもわたし一人ならおそらく逃げ切れる。でもナキアちゃんたちを見捨てて逃げ出すことはできない。わたしはきびすを返しナキアちゃんたちに向かったオーガに向かって駆けだし、後ろからムラサメ丸をオーガの脇腹に突き入れてそのまま振り切った。


 オーガは内臓をわき腹から噴き出してその場にたおれた。もう一匹のオーガが盾を構えるキアリーちゃんに向かって棍棒を振り上げたところを、後ろから片側の膝に向かってムラサメ丸を横なぎにしてなぎ払ってやった。オーガは片足を失い、バランスを崩してその場にたおれたところをオーガの頭部に向けてムラサメ丸を叩きつけてやった。頭蓋を破壊されたオーガはそのまま前のめりにたおれていった。


「シズカちゃん、ありがとう。

 じゃがわらわたちではこの囲みを突破できそうもない。

 シズカちゃんは、わらわたちのことは構わず逃げてくれればよいのじゃ」


「シズカちゃん、そうして」


「そんなことできない。わたしが何とかする。二人とも諦めないで」


 とは言ったものの、すでにわたしたちはモンスターに完全に囲まれていた。レーダーマップでは赤い点が重なり合って数も数えられない。


 でも諦めない。


 わたしは近づいてくるモンスターに向かって走っていき一匹一匹無力化していった。


 何匹目かの巨大蜘蛛コリンの前足を叩き切った時、後ろからキアリーちゃんの「シズカちゃん、逃げて、さようなら」という声が聞こえてきた。振り返ると、ナキアちゃんとキアリーちゃんのいたあたりにはオーガが5、6匹集まり、棍棒を振り下ろしていた。


 わたしはカッとなってそのオーガたちのところに駆けていき片っ端からムラサメ丸で切りつけ、オーガたちの囲みを破った。そこには無残に潰された二人の姿があった。


 一瞬ボーっとしてその場に立ち尽くしていたところで、わたしのアドレナリン・チャージが切れた。


 そのわたしに向かってどこからか折れた木がプロペラのように回りながら飛んできた。巨大蜘蛛コリンが叩き折って吹き飛ばした木なのだろう。枝がほとんど払われていたので倒木だったのかもしれない。太さは電信柱ほどで長さは10メートルちょっと。結構大きな丸太だ。


 今からではかわせそうもなかったので、開き直って物理攻撃反転の革鎧で受けることにした。


 ドーン。


 飛んできた丸太を革鎧でうけたところ、すごい衝撃を受け、地面に仰向けに倒れてしまった。おそらく肋骨が数本折れたと思う。さらに悪いことに丸太は肋骨の折れたわたしの胸に乗っかっている。


 ムラサメ丸は手放さなかったけれど力がまるで入らず簡単には丸太を体の上から動かせない。


 そうしたら、丸太の上にオーガが片足をかけた。それだけで更に数本の肋骨が折れた。オーガはその後丸太の上に両足で乗っかった。


 わたしの胸は丸太越しにオーガの重みをもろに受け、ベキベキ音を立て残っていた肋骨も折れていった。不思議と痛みは感じなかった。


『生きていくだけでも無理ゲーだったじゃない』


 これがわたしの最後の思いだった。


 そして、わたしの意識は闇に沈んだ。




[あとがき]

まだまだ続きますのでよろしくお願いします。

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