第149話 温泉、幸せの味と敗北の味
会食がお開きになった後、わたしたちはおとなしく各自の部屋に戻ってそのまま眠ってしまった。
翌朝。
部屋のカーテンが明るくなったので目が覚めた。時刻は朝の7時だった。身支度をしていたら扉の外から朝食をお持ちしました。と、告げられた。お願いしますと答えたら、侍女がワゴンに乗せた朝食を運び入れてテーブルの上に並べてくれた。
朝食のメニューは小さなおひつに入った白飯にネギの浮いた豆腐の味噌汁。玉子焼きに塩鮭の切り身。千切り大根のお浸し。それに味付け海苔と大根おろしのかかったひきわり納豆だった。急須からいい香りがするので蓋を取ってみたら玄米茶が入っていた。
なんだろう。この敗北感は。
わたしは謎の敗北感の中、おいしく朝食をいただいた。
朝食を食べ終わって玄米茶をじゅるじゅるとすすっていたら、侍女がやってきてテーブルの上を片付けていった。
こういう生活は人をダメにする。でもダメになってもいい。人類が求めてやまぬ理想の生活だ。これぞハライソ。
さーて、今日は何をするんだっけ?
予定は何もないはず。元は温泉に行こうということからのモンスター騒動だったけど、ここのお風呂で十分と言えば十分。何せここはハライソだ。
朝風呂に入ろうと服を脱いで下着になったところで、部屋の外からナキアちゃんとキアリーちゃんがわたしを呼ぶ声が聞こえた。
「はーい」
カギなどかけていないので、その言葉で二人が部屋の中に入ってきた。
「今日はなにをしようか相談しに来たんだけど」
「シズカちゃん、何をしとったんじゃ?」
「今回温泉に入り損ねたから、いい機会だと思って朝から風呂に入ろうかと思って」
「わらわでもその発想はなかったのじゃ。
確かに温泉に入ろうと思うて西に向かったわけじゃものな」
「それで今日はお風呂に入るだけ?」
「いや、お風呂はいつでもいいけど、何か面白そうなことってあるかな?」
「これといって思いつかんからここに来たのじゃ」
「西がダメだったから今度は北にでも行ってみる?」
「そういえば、明日香があの白い玉を調べてみるって言ってたからいつ頃結果が出るのかな?
あの結果が出るまでここにいようよ」
「となると、やっぱり風呂じゃな。
ここの湯舟はお湯につかって酒を飲めるほど広くないところが難点じゃよな」
「そうだね。
広い風呂がどこかにないか聞いてみようか? それこそ温泉みたいな」
「それは良い考えなのじゃ」
服をまた着てからわたしが呼び鈴を鳴らしたら、すぐに侍女がやってきた。
「それでしたら露天温泉があります。
タオルなどは向こうに用意されていますので、着替えだけご用意ください」
3人ともアイテムボックスの中にそういった物は揃えているので、
「このままでだいじょうぶです」と答えた。
「それではご案内します」
そういってわたしたちを転移魔法陣まで案内してくれた。
転移魔法陣の中に4人で立っていたら視界が切り替わり、山並みに囲まれた谷川の河原のような場所に置かれた転移魔法陣の上に立っていた。周りは河原の丸石。そこから見回すと河原のあちこちから湯気が上がっていた。正面に平屋の建物がありそこの入り口まで平たい石が並べられている。
「その建物が脱衣所で、その裏側が温泉になっています。脱衣所の中には冷たい飲み物を置いていますのでご自由にお召し上がりください。
お迎えにあがるのは、どれくらいあとでよろしいでしょうか?」
「転移できますから帰りは自分で帰ります」
「それでしたら私はこれで失礼します」
「「ありがとう」」「ありがとうなのじゃ」
脱衣所と言われた木造平屋の中は、温泉旅館の大浴場の脱衣場そっくりで、棚にカゴが置かれて、脇の方に新しいタオルとバスタオルの山。真っ白なタオルを触ってみたら宮殿の中で使っていたタオルと同じふかふかタオルだった。それはそうか。
タオルの山の隣りは使用済みのタオル入れが置かれていた。片側の壁には鏡が一面に張ってあり、その前は洗面台になっていた。もちろんヘヤードライヤーも置いてあった。そしてガラス製の冷蔵庫の中にはガラス瓶に入った飲み物が並んでいた。
この時間魔族の人は全員働いているのか、わたしたち以外誰もいなかった。温泉の貸し切りとは豪勢だ。
すぐに着ているものを脱いで真っ裸になったわたしたちはそれぞれ新しいタオルを一本持って脱衣所の裏側の扉を開けて外に飛び出した。
かけ湯などしないまま3人で湯船に飛び込んだ。
湯船は天然石を並べた池のような作りで、20人くらいはゆうに足を伸ばして入れるくらいの広さがあった。入って見ると足元の丸石の間からお湯が湧いていた。お湯は周りの丸石の隙間から流れ出ているようだ。
「おしりの下からお湯が湧き出ておる。これはたまらんのジャ」
ナキアちゃんの「のじゃ」のイントネーションがちょっと変だった。感動の現れ?
「うー、気持ちいいー」
確かに気持ちいい。
「じゃあさっそく、あったかーいお風呂で、つめたーいお酒を飲もうよ」
「楽しみじゃのー」
「待ってました!」
「これはね、桶をお湯に浮かべてその上にお酒の入れ物を置くんだよ」
わたしはアイテムボックスから桶を3つ取り出して、二人に一つずつ渡した。
そして、ヒールポーションの入ったヤカンと濃いお酒の入った瓶を湯船の脇の比較的平べったい石の上に並べて、どちらもナキアちゃんに凍らない程度でキンキンに冷やしてもらった。1対1だと濃い酒がすぐに無くなりそうなので1対2の割合で3人分のお酒を用意した。コップはいつもの木のコップだ。
「「カンパーイ!」」
「「うまい!」」
「格別なのじゃ!」
「こんな飲み方があったんだね。死ぬまでに知ってよかったー」
実際これは美味しすぎる。キンキンに冷えたお酒がお風呂の中で飲むとこれほど美味しいとは。確かに死ぬまでに味わうことができて幸せだ。600回も2カ月の人生を繰り返さずに済んだ幸せの味だ。
体を洗うわけでもなくお酒を飲みながらお湯の中に1時間も入っていたら、手足がすっかりふやけてしまった。いい気持ちのまま湯船から上がって後片付けをした。
その後わたしたちはマッパのまま近くで湯気の上がっているところに探検にいったら、たいていの場所は池の作りになった湯船だった。
探検し終わったわたしたちは持っていったタオルは使わないまま脱衣場に帰ってバスタオルで体を拭いて最後にクリンをかけたら体は乾いた。髪の毛もクリンをもう1回かければ乾くけど何となくヘヤードライヤーを使って乾かした。
下着を身に着けた後、ガラス製の冷蔵庫の中にあった飲み物を確認したところ牛乳、イチゴ牛乳、コーヒー牛乳、リンゴジュース、パインジュース、オレンジジュースだった。温泉旅館のまんまだ。
わたしは謎の敗北感を感じながらイチゴ牛乳を飲んだ。ナキアちゃんはコーヒー牛乳、キアリーちゃんはパインジュースだった。こういった飲み物の正しい飲み方を二人に伝授したので、3人で横に並び、左手を腰に当て、右手に瓶を持ってゴクゴク飲んだ。
最後に服を着て、靴を履いて宮殿に戻った。
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