第102話 5日目の夜2、5回目の襲撃2


 巨大亀クルバンの口の奥が光り始め、ギラギラ輝く巨大な火の玉がわたしに向けて吐き出された。


 今のわたしにとってそれほど高速ではなかったので回避可能だけど、わたしが逃げてしまえば、後ろにいる4人が火の玉に飲み込まれる。


 わたしは運を天に任せ、火の玉をムラサメ丸で真一文字に切ってやった。


 いつかゴブリンの放ったヘロヘロファイヤーボールを切った時と同じように、火の玉が消えてしまった。


 火の玉を封じられた巨大亀クルバンはそこで咆哮した。


 ギァエエエエー!


 地面を震わすような咆哮で頭が幾分痺れてしまった。


 ムラサメ丸で火の玉を封じられることが分かってよかったけど、わたしがここから動くと、ハーネス隊長たちが巨大亀クルバンの射線に入ってしまう。この位置から動けなくなってしまった。いや、明らかに巨大亀クルバンはわたしを狙っているので、わたしは少しずつ巨大亀クルバンの射線がハーネス隊長たちから外れるよう回り込むように横に移動した。


 射線がハーネス隊長たちから十分外れたところまで移動して、わたしは巨大亀クルバンの頭というか口に突撃してムラサメ丸を巨大亀クルバン鼻に突き刺してみた。ムラサメ丸は手ごたえなくカメの鼻に剣身の半分まで突き刺さったのでそのまま振り切ってやった。もちろんここまでの動作は一瞬だ。


 これは少しばかり効いたみたいで巨大亀クルバンは甲羅の中に首を引っ込めた。


 あまり近づきすぎていきなり巨大亀クルバンが首を伸ばしわたしを飲み込んでしまえばわたしの物理攻撃全反射の防具も役に立たない。かわすことは容易かもしれないけれど危険を冒す必要もない。


 こういう時のための円盤だ。


 わたしはムラサメ丸をアイテムボックスにしまい、10歩ほど下がって右手に4枚の円盤を挟んで巨大亀クルバンに投げつけた。


 巨大亀クルバンのわずかに出た顔の額部分に命中した円盤は、そのままめり込んでしまい何のダメージも与えていないように見えた。これでは『即死』の発動キーである殺意も何もあったもんじゃい。


 それでも円盤を続けて3回、12個ほど投げたところで後ろに人の気配を感じた。振り向くとナキアちゃんとキアリーちゃんが立っていた。


「シズカちゃん、こやつじゃがいくらなんでも生きものならヤカンのように沸かしてしまえば死ぬじゃろう?」


「あっ! そうかも。ナキアちゃんが祈ってモンスターの中身を沸かせばいいんだ」


「やってみるのじゃ。……。

 どうじゃろか?」


 効いているのか効いていないのか分からないけれど、レーダーマップ上の赤い丸は今のところ健在だ。


 ヤカンに比べれば大きさが比較するのもばからしいほど巨大なカメにはナキアちゃんの祈りも通用しないのか? だけど重くすることはできたわけだから効かないってことはないはず。


 しばらく見守っていたら、巨大亀クルバンは甲羅の中にしまっていた頭をゆっくり出してきた。


 弱ってる?


「ナキアちゃん、こいつの頭を重点的に沸かしてくれる?」


「やってみるのじゃ。甲羅の中に入っていても何とかなるじゃろ。……」


 甲羅から外に出ていた巨大亀クルバンの鼻の穴から湯気が立ち上り始めた。表情がないので苦しそうにしているのかどうかは判然としない。


 巨大亀クルバンが頭を半分ほど甲羅から出して口を開けそうになったので、ナキアちゃんの前で盾を構えるキアリーちゃんの前に急いで立ったんだけど、結局巨大亀クルバンは口を開けることはなかった。気付けばレーダーマップの中に赤い丸はなくなり周りと区別のつきにくい黒ずんだ灰色の丸になっていた。


「ナキアちゃん、カメは死んだみたい」


「フフフ。わらわは新しい境地を切り開いたのじゃ。モンスタースレイヤーとわらわのことを呼んでくれても良いのだぞ」


「モンスタースレイヤー、ナキアちゃん、スゴーイ! アハハハ」


 キアリーちゃんがそう言って笑ったので、わたしも「モンスタースレイヤー、ナキアちゃん、カッコいー!」と言って3人で大笑いした。


 3人で笑っていたらハーネス隊長とカルヒがやってきた。


「でかした。これはナキアがたおしたのか?」


「わらわが、こやつを沸かしてやったのじゃ、ヒャヒャヒャ」


「沸かしたというのが何のことだか分からないが、ナキアはやはりすごいな」


「じゃろ」


「シズカ、このカメの魔石はどうする?」


「これはもうどうしようもないので、放っておくしかなさそうです」


「それもそうだな。

 戻って朝まで体を休めるとするか」


 ハーネス隊長とカルヒはそのまま野営地に向かって帰っていった。


「シズカちゃん、こいつ食べられないかな?」とキアリーちゃんがまたとんでもないことを言い始めた。


「どうかなー。血抜きしないまま煮ちゃってるから、マズくないかな?」


「足は煮えてないんじゃないかな?」


 足といっても丸太を越えて大木ほどもあるので、食べられたとしても肉を切り取るのは容易ではない。


 それでもキアリーちゃんが物欲しそうな顔をしてわたしを見つめるので、ムラサメ丸をアイテムボックスから取り出したわたしは巨大亀クルバンの前足にムラサメ丸を突き立て、のこぎりのようにして4角く切れ目を入れた。


 切れ目からは血が出ることもなかったのはいいんだけど、これからどうやって肉を切り取ればいいのか分からない。仕方ないので今度は斜めに切れ目を入れていき最初の切れ目に繋げて3角柱のような形で肉を切り取った。


 切り取った肉の厚さは50センチくらいだったけど30センチは表皮で、残りの20センチは脂肪だった。足の肉はちょっとやそっとでは取れそうもなかったけれど、脂肪は揚げ物に使えるかもしれないと思いもう2つ3角柱を削ぎ取ってアイテムボックスにしまっておいた。


「肉は無理だったけど脂身をかなりの量取ったから、これで揚げ物ができるよ」


「ほう。それは楽しみなのじゃ」


「楽しみだね。揚げ物ってそこらの食堂じゃ売っていないもんね」


「そうじゃなー。油がそれ相応に高いゆえ、金持ちの食べ物じゃからなー」


 油の大量生産が始まるまでは油は結構な値段がしたんだろうし、その油を大量に使う揚げ物は庶民が食べるには高価な食べものだということはうなずける。明日は期待に応えて揚げ物だな。


「そろそろ、わたしたちも休もうか」


「そうじゃな」


「うん」


 わたしたちも野営地に戻ってそれぞれの毛布の上に横になった。


 疲れはほとんど感じていなかったけど、わたしはすぐに眠りについた。

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