第109話 歓待


 ほんとに久しぶりにお風呂に入り、ドライヤーで髪を乾かした。というかお風呂に入れてもらって乾かしてもらった。至れり尽くせりとはこのことだ。


 部屋には大きな鏡の付いたドレッサーもあり化粧品も揃っていたのでこちらも久しぶりに使ってみた。もともと薄化粧だったのでそこまで変わらなかったけど、お肌がピチピチになった気がした。肉体年齢18歳なんだから、元々お肌はピチピチだったかも知れないけどね。


 タンスの中に入っていたおしゃれな下着の上に白のTシャツを着て、その上にクローゼットに吊るされていた薄い水色パンツスーツを着た。大きさは測ったようにぴったりだった。靴は青色のパンプスにした。靴の大きさもわたしにぴったりだった。


 迎えに来た侍女の後についていき転移魔法陣経由で晩餐会の会場に入った。


 案内された部屋はそれほど広くはなかったけれど、それでも縦横10メートル×5メートル、天井までの高さは4メートルくらいあったのでそれなりに広いのだろう。


 部屋の真ん中に真っ白いクロスのかかった長テーブルが置かれ椅子が手前に5脚、向かいに3脚、合計8脚並べられていた。わたしたちは手前側に左からいつもの隊形と同じ順番で5人席に着いた。


 ハーネス隊長は軍服っぽい白地の上下。カルヒは黒っぽいスラックスに黒のシャツ。キアリーちゃんはベージュのキュロットに黄色のTシャツ、ナキアちゃんはなぜが黒のゴシックロリータ。二人ともお化粧してるようなので、侍女が使い方なんかを教えたのか、メイクアップしてあげたんだろう。わたしだってちょっと迷ったもの。そして水色のパンツスーツのわたし。


 わたしたちが全員席に着いたところで、魔族の3名が部屋に入ってきた。明日香ともう一人の女性は飾りだと思うけど頭に立派な角を生やしている。ジゼロンおじさんは素頭だった。


 向かい側中央にてかてかした黒いドレスの明日香、向かって右手に例の服装のジゼロンおじさん、左手にまだ紹介されていない白いドレスを着た女性が一人座った。


 みんなが席に着いたところで、部屋の中に控えていた侍女たちが手分けして、テーブルの上の長細いガラスのグラスにおそらくワイン系発泡酒、いわゆるシャンパンを注いでいった。シャンパンの注がれたグラスはすぐ露で曇ったので冷たそうだ。これは期待できる。


 シャンパンが行き渡ったところで、明日香が白のドレスを着た女性を紹介した。


「最初に紹介しておきましょう。ジゼロンはいちおうわたしの補佐ということになっています。わたしの右に座っているのがガイウス、わが国の宰相です」


 そういえば玉座の間で明日香の近くに立ってたような気がする。


「ガイウスです。みなさんよろしくお願いします」


 明日香がそれに続けて、グラスを掲げて「それでは乾杯」と一言。


 あいさつも何もなかったのでこっち側のわたしを含めて5人は戸惑ったけど遅ればせながらグラスを掲げて「「乾杯」」と言い、グラスに口を付けた。


 ナキアちゃんとキアリーちゃんはゴクゴクと一気飲みしてグラスが空になった。すぐに侍女がシャンパンをなみなみと注いでくれた。残ったわたしたち3人は半分くらい飲んだんだけど、ちゃんとシャンパンを注ぎ足してくれた。


 乾杯が終わったところで、侍女たちによりワゴンが運び込まれ、まず前菜とサラダがテーブルの上に並べられた。前菜はカナッペで真っ白な陶器の皿に乗った数枚のクラッカーの上にキャビア?、イクラ、小エビ、それにレーズンバターなどが乗っていた。量はそんなにはないけれど、一つ一つが丁寧に作られていてシャンパンによくあった。


 サラダはレタスとアボカド、それにスモークサーモンのサラダで、フレンチドレッシングのようなドレッシング最初からかけられていた。


 カナッペを片手にシャンパンを飲んでいたら、侍女がやってき「ビールもございますがいかがですか?」と聞いてきた。


 明日香がいる以上日本のビールの味のするビールのハズだ。さっそくいただくことにした。


 ビール用の大き目のグラスにこげ茶色のガラス瓶からビールを注いでもらった。真っ白な泡と黄金色のビールの色が実に美しい。


 ゴク、ゴク、ゴク、プファー。これだよ。ビールだよ。


 ナキアちゃんたちにも勧めていたけど、ビールが理解できなかったようで、たずねるような目でわたしを見た。


「エールよりもっと飲みやすくてのど越しがいいんだよ」と、教えてあげた。


 さっそくナキアちゃんたちもビールをグラスに注いで貰っいた。


「ゴク、ゴク、ゴク、プファー。

 なんじゃ、この酒はー。うますぎるのじゃ! もう、エールなんぞ飲めないのじゃ。

 風呂に入った時心が揺れておったのじゃが、わらわは決心したのじゃ。

 わらわは、もうこの国の人になるのじゃ!」


「プファー。ホントにおいしい。ナキアちゃんがこの国の人になるなら、わたしも!」


 二人の今の言葉を聞いたハーネス隊長がどんな顔をしているのか、身を乗り出して見たら、なにも表情を変えることなくシャンパンをゆっくり飲んでいた。カルヒはサラダを食べていた。


 ビールのグラスは大ジョッキじゃないのですぐ空になってしまう。そのたびに侍女がグラスにビールを注いでくれるんだけど、ちょっと悪いかなーって。


 前菜のカナッペを全部食べ終えてサラダを食べていたら、明日香が話し始めた。


「いつまでここにいらしても構いませんが、お帰りになるなら、たいていの場所にジゼロンが転移でお連れできますのでおっしゃってください」


「ザッド・ドライグ王国の都ディナスへ帰ることも可能ですか?」とハーネス隊長が明日香に聞いた。


 明日香に代ってジゼロンおじさんが「もちろん可能です」と、答えた。


「隊長、俺たちが勝手に王都に帰ったら俺たちを沖で待ってくれてる海軍の連中が困らないか?」


 おっ! カルヒが真面目な意見を言った。


「そうだったな。

 海軍の軍艦が西の岸近くで停泊しているんだが、そこに戻ることは可能なのか?」と、ハーネス隊長は直接ジゼロンおじさんにたずねた。


「直接船に乗り込むことはできませんが、海岸までお連れすることは可能です」


「それで十分」


 ペイルレディあのふねがモンスターに襲われている可能性も考えていたけど、襲われてはいなかったようだ。もしくは無事撃退したか。


 次にテーブルの上に配られたのは、クルトンとパセリのみじん切りがかかったスープだった。見た目はコーンポタージュ。口にしたらコーンポタージュだった。


 そして、バターロールとクロワッサン。小皿にイチゴジャムとラズベリージャムそれにバターが乗せられて一緒に出された。パンはどれもまだ温かくてフカフカだった。



 新しいグラスに冷たい白ワインが注がれ、ヒラメかカレイか分からないけどムニエルが出された。左向きだからやっぱりヒラメ?


 肉料理は、厚切りのローストビーフ。添え物に緑のクレソン。かけられていた赤茶色のソースがまたおいしかった。もちろん赤ワインが新しいグラスに注がれた。


 みんな静かに食事している。ローストビーフをあらかた食べ終わったら温かいおしぼりが配られた。


 わたし以外がきょとんとしたところで、ジゼロンおじさんがおしぼりの使い方を教えてくれた。


 そして、出てきた料理は握り寿司と茶碗蒸しだった。小皿には少量の醤油が垂らしてあった。配られた陶器の湯呑には緑茶が注がれた。



 日本の本州などよりよほど大きそうなこの島の中心でどういうふうにして魚介類を獲ってきたのか分からないけれど、まずはマグロ。これはトロではなくて赤身だ。明日香はトロがそれほど好きじゃなかったから二人で上握りを頼んだ時はトロと赤身を取り換えっこしたことあったなー。あとはイカと海老とヒラメとカンパチ、そしてウニとイクラの軍艦。どれも2つずつ。もちろんガリも添えられていた。


 握りの食べ方もジゼロンおじさんがマグロを指で摘まんでみんなに教えた。魔族側の3人がおいしそうに食べているので、わたし以外の4人は恐るおそるマグロを指でつまんでネタを小皿の醤油につけて握りを口にした。


 わたしは最初にイカを口に運んだ。ちゃんと寝かせたイカのようで、甘みというか旨味があって実に美味しいイカだった。ほどよい硬さに仕上がったシャリも最高だった。もちろん長粒米とかじゃなくちゃんとした短粒米だ。


 最初の握りを口にした後はみんな無言でもぐもぐしていた。サビは入っていたけどごく少量だったので事故は起きなかった。


 茶碗蒸しの蓋をあけると、あの匂いが広がった。松茸だ。小さなスプーンですくってみたら、松茸の他に銀杏と小エビが入っていた。これはたまりません。


 最後のデザートはバニラ、ストロベリー、抹茶の3色アイスクリームとコーヒーだった。


 お腹はパンパンだけど幸せ。わたしもここの子になろうとマジで思った。

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