第30話 精鋭調査隊2、陸女(りくじょ)


 わたしはガーゴイルの首を斬り落としたことをすっかり忘れて夕方まで素振りを続けていたら夕食の時間になり、食事の用意が間もなくできるとゲランさんが中庭に出てきた。


 ガーゴイルの首なし像が視界に入った関係で、首を斬り落としたことを思い出したので、あたりまえだけど正直にガーゴイルの首を斬り落としてしまったことを報告した。


「『真空切り』ですか?」


「はい。何だかその気になって剣を振ったら、離れたところにあるガーゴイルの首を斬り落としちゃったんです」


「事故のような物ですし、そういった技が編み出せたということなら、結果良かったんじゃないですか? 所詮は石の像ですし、また創ればいいだけですから」


 ここでわたしを怒ったところで無意味だし、像が元通りになるわけではないので、ゲランさんは大人の対応をしてくれた。これでますます明後日あさっての実力試験に合格しなければならなくなった。そのとき、しがらみという言葉がふと浮かんだ。


 もう一度ゲランさんに詫びたわたしは、部屋に戻って軽く汗を拭いてクリンで爽快。普段着に着替えすっかり首チョッパのことは忘れて食堂に向かった。




 翌日。


 丸一日わたしは剣の修行した。『真空切り』に磨きをかけようとムラサメ丸を振りまわしていたら、ガーゴイルの像は知らぬ間に粉々になっていた。ワザとじゃないよ。

 

 その結果、さらに剣術スキルがレベルアップしてレベル5になった。完全にアーチャーからソードウーマンにジョブチェンジしてしまった。弓は追い剥ぎをたおした時から一度も使ってないから仕方ない。


<パッシブスキル>

ナビゲーター

取得経験値2倍

レベルアップ必要経験値2分の1


マッピング2(49パーセント)

識別2(39パーセント)

言語理解2(38パーセント)

気配察知1(43パーセント)

スニーク1(33パーセント)

弓術2(28パーセント)

剣術5(12パーセント)


<アクティブスキル>

生活魔法1(12パーセント)

剣技『真空切り』




 わたしが選抜メンバーにふさわしいか実力を見極めるという試験当日。


 わたしは防具を身につけて指定された近衛兵団の訓練場の門前までゲランさんと馬車で向かった。ヘルメットだけは被らず、ムラサメ丸と一緒に手に持っている。


 門衛の詰所でゲランさんが来意を告げたら、兵士が一人詰所から出てきた。わたしとゲランさんはその人に連れられて訓練場の中に案内された。馬車は通行の邪魔にならぬように訓練場の門の前から少し移動してわたしたちの戻りを待つことになった。


 訓練場の中では、そろいの鎧を着た兵隊たちが行進したり、訓練用の剣を使った訓練をしていた。わたしたちはそういった訓練を横目で見ながら、訓練場の隅の方に案内された。


「ここでしばらく待っていてください」


 そう言ってわたしたちを案内してくれた兵士が兵舎のような建物に向かって駆けていき中に入っていった。


 そしたらその建物の中から先ほどの兵士とツルピカのおじさんが現れた。兵士は門の方に戻っていき、おじさんはこっちに向かって歩いてきている。なぜかおじさんは大きなリュックを抱えて持っていた。おそらく試験官だと思うけどリュックって?


 わたしはムラサメ丸を腰に吊るし、ヘルメットを被り準備を整えた。


 やってきたおじさんがリュックを地面の上に置いて、わたしに向かって、


「きみが、調査隊のメンバー候補のシズカくんだな?」


「はい」


 おじさんはわたしを上から下まで眺めて、


「まっ、いいだろう。

 きみが調査隊のメンバーとしてやっていけるかどうか確かめてくれと宮殿から指示されている。

 まず生活魔法は使えるよな?」


「はい。だいじょうぶです」


「生活魔法が使えなくても火は何とかなるが、ウォーターが使えないと今回の調査行には連れていけないからな」


「?」


「それで今回試すのは武術などの腕前ではない。

 今回の調査では、補給の利かない領域を進んでいくことを想定している。そういった場所での活動で最も大切なことは敵に打ち勝つ力より、体力が大切だ。100キロ、200キロ徒歩で移動したくらいでへばるようでは何の役にも立たない」


 そこまで聞いたわたしは、確かにそうだとは思った。選抜要綱のようなものがあったかどうか知らないけれど、そうならわたしなんかは最初からお呼びじゃなかったと思うんですけど。どうなんでしょう?


 わたしのとなりでその話を聞いていたゲランさんが堪らず、


「王都からブレスカに送られてきた選抜メンバーについての書類には、武芸に秀でたものを推薦せよとありましたが、あれはどういうことなのでしょう?」


「そのあたりは、わたしはあずかり知らない」


 知らないと言われれば、これ以上言いつのっても無意味だ。それでゲランさんも黙ってしまいわたしの方を見た。わたしはゲランさんにうなずいてみせ、


「それで、どういったことをすればいいんですか?」とおじさんにたずねた。


「このリュックを背負って、訓練場の塀際に沿って走ってくれ。

 いま10時を過ぎたところだから昼の鐘が鳴るまでざっと2時間だ。

 無理と思ったらそこから歩いても、止めてもいい」


「分かりました」


 わたしは地面に置かれたリュックを手で持ち上げた。見た目はずっしり重そうだったけどそれほど重くはなかった。


 そのまま背負ったところ手に持った時以上に重さを感じなかった。わたしのステータス上の力は17だし、体力は23。おそらくそこらの力自慢や体力自慢などよりよほどハイスペックのハズだ。これなら2時間走れそうな気がする。


「いきます」


 わたしは訓練場の塀に向かって駆けていき、そこから塀に沿って走り始めた。走り出したばかりの今はスタミナも十分だし体が軽いけど、調子に乗ってあまりスピードを上げてしまうと後からきつくなるので、セーブして駆けていった。


 そこから、塀沿いに駆けていき、15分ほどで訓練場を1周した。時速10キロで走っていたとして、1周2.5キロということになる。全部で2時間走るとなると20キロか。昔のわたしだったら荷物なしでも走れるはずのない距離だけど。ハイスペックに生まれ変わってよかった。


 3周目あたりから、訓練場で訓練している兵士たちの注目を集めるようになってしまった。だからと言って手を振って走るわけにもいかないし、向うも訓練中なのでチラ見している程度だ。


 8周目の最後のコーナーを回ったところで、前方におじさんとゲランさんが見えた。300メートルほど先だ。時刻は12時少し前。そこからわたしはスピードを上げていき、おじさんとゲランさんの前までたどり着いたところで昼の鐘が鳴った。そこでわたしは走るのを止めて歩いて二人のもとに戻り地面にリュックを置いた。その瞬間体が浮いたような気がした。体がリュックの重さに順応してたようだ。これならマラソンも楽に完走できる気がする。


 かなり疲れたけど、まだまだ余裕があった。とうとうわたし、陸女りくじょになっちゃった。


「よくやった。合格だ。その体でそのリュックを背負って2時間変わらぬペースで走り終えたのには驚いた。

 わたしの名まえはロイド・ハーネスだ。今は近衛兵団の大隊長だが、調査隊の隊長を務めることになっている」


 隊長さんだったのか。なるほど。


 ハーネスさんの頭はアレだがよく見るとそれほど老けているわけではなく、そうとう失礼だけど額から上を見ないようにして顔を見ると40歳前に見える。


「わたしの方からシズカを調査隊員として採用すると宮殿に報告しておく」


「お願いします」


「ほかの隊員たちは既に訓練を始めている。おそらくきみが最後の隊員となるだろう。

 短い期間になるが、シズカも訓練に参加してもらうことになる。

 彼らが訓練しているのは王都郊外のフォルジの森だ。

 今日はいったん帰ってもらい、明日の朝7時にまたここに来てくれ。フォルジの森に訓練用に設営したキャンプに馬車で行く。用意するものは自分の武器、防具、要は今の格好だな。そして着替えだ。

 訓練自体はあと5日ほどで終了する。訓練が終わればそのまま3カ月間の調査に出発する。そのつもりでいてくれ」


「明日からずっと泊まり込みということですか?」


「その通りだ。

 それじゃあ」


 ということで、わたしたちは近衛兵団の訓練場を後にした。せっかくの『真空切り』を見せたかったのだが、不発に終わってしまった。

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