第43話 フリゲート『ペイルレディ』1、乗船


 自由行動の3日目は2日目と違い買い物をすることなく早くから飲み始めてしまった。そのかわり翌日は出発日なのでそんなに遅くならずに兵舎に戻った。



 出発日当日早朝。朝の支度を終えて、食堂で朝食をとった。初めて使った食堂だったけれど、わたしたち調査隊5人しかいなかった。ジゼロンおじさんは結局姿を現さなかったみたいだ。



 朝食を兵舎の食堂で済ませたわたしたち5人はいったん部屋に戻って防具なども身に着けリュックを背負い武器を手にして訓練場の門の前に停まっていた港に向かう幌馬車に乗り込んだ。


 馬車の中ではハーネス隊長とカルヒは黙ったまま目を瞑っていた。カルヒの第一印象はスゴク悪かったけれど案外いいヤツなもかもしれない。


「ナイ、ナイ。心配せずともそんなことはないから安心するのじゃ」


 ナキアちゃんからジャストタイミングでコメントが入ったんだけど、わたしは何か口に出していたのだろうか? ちょっと怖くなってしまった。


 馬車は30分ほどで港に到着した。その間わたしたち3人は適当なバカ話をしていた。


 馬車を降りたわたしたちはハーネス隊長に先導されて何本か沖の方に向かって伸びている港の桟橋のうち一番端の桟橋に向かっていった。


「あそこに見える船がわれわれが乗るフリゲートだ。名まえは確か『ペイルレディ』だったか」


 何だかカッコいい。木造の帆船なんて乗ったことないからすごく楽しみだったんだけど、こうやって目の前で見るとかなり大きな船だ。


 桟橋から船の舷側に板が掛けられていて、板を渡って乗船するようだ。


 ハーネス隊長、カルヒ、ナキアちゃんとキアリーちゃん、最後にわたしが板を渡った。足元の板の幅は50センチくらいしかなく、歩くと微妙にしなるのでちょっとだけスリルがある。


 最後のわたしが板を渡り終えたところで、甲板にいた身なりのいいおじさんがわたしたちを大きな声で出迎えてくれた。おじさんの後ろには4名ほど控えていた。


「一等フリゲート『ペイルレディ』にようこそ。

 わたしがこの艦の艦長のジム・フライだ」


「陸軍大隊長ロイド・ハーネス以下5名お世話になります」


「うん。

 ベルナーくん、みなさんを船室に案内してくれたまえ」


「はい、艦長」


 艦長の後ろに控えていた20歳くらいの若い男が前に出て、


「みなさん、こちらにどうぞ」


 そう言ってわたしたちを船の後ろの方に案内してくれた。


 案内される間、レーダーマップで見た感じ、船にはざっと見200人は乗組員がいるようだった。その他に人ではない動物?もそれなりの数乗船していた。何なんだろう? 船の周りには無数の黄色い点がうごめいていた。これは魚だな。



「男性お二人は、こちらの部屋、女性お三方はこちらのお部屋をお使いください」


 案内された部屋は結構狭かったけれど、これから往路10日、復路20日、合わせて1カ月ほどお世話になる部屋だ。船なんだし部屋がもらえるだけありがたいと思おう。


「リュックは船室内のどこかに括り付けておいてください。紐がないようならお持ちします」


「紐なら持ってるからだいじょうぶ。ありがとう」


「それでは失礼します」


 


 部屋の中にベッドはなく並んだ柱の間にハンモックが4つかけられていて、他には小さなテーブル1つに椅子が4つ。テーブルと椅子は床に固定されていた。下ろしたリュックはハンモックの柱に括り付け、わたしたちは椅子に座って一息ついた。


「これがハンモックか。ちょっと試してみるのじゃ」


 ナキアちゃんがハンモックに乗ろうと足をかけて飛び上がったら、そのままハンモックがグルンと回ってナキアちゃんは床に落っこちてしまった。


「これは一筋縄ではいかぬ剛のものじゃ!」


 再度ナキアちゃんがハンモックに挑戦したけど前回と同じくハンモックがぐるりと回って床の上に落っこちてしまった。落っこちれば普通なら痛いのだろうけど、選抜メンバーだけあってこの程度のことは何ともないようだ。


「二人で回らぬよう両側からハンモックを抑えておいてほしいのじゃ」


 キアリーちゃんとわたしでハンモックの両側をしっかり持ったところでナキアちゃんがハンモックに足をかけて飛び乗った。


 今度は二人で押さえていたから簡単に乗ることができた。


 ハンモックに横になったナキアちゃんが、


「これは快適なのじゃ。船が横揺れしてもこの上は揺れそうもないし、スゴイ発明なのじゃ」


「ナキアちゃん、ハンモックに寝るのに二人がかりだと、一人しか寝られないよ?」


「スゴイ発明にはそのような欠点もつきものなのじゃ。わらわはちょっと実際に寝てみて寝心地を確かめてみるのじゃ」


 そう言ってナキアちゃんは目を瞑ってしまった。


「シズカちゃん、一人でハンモックに寝られるようこれから特訓しよ」


「そうだね。こういうものって慣れだから。

 慣れてしまえば案外簡単なのよ。だってこの船の人ってみんなハンモックで寝てるんでしょ?」


「そうだよね」


 そうして、わたしたちはハンモックによじ登る練習を始めた。



 5回くらい床の上に落っこちたら何とかハンモックの上に上ることができた。しかしこの姿勢からハンモックに寝っ転がるために体を縦方向に伸ばさなければならない。バランスを取りながらの方向転換はかなり難しい。


 キアリーちゃんもわたしと同じくらい失敗して何とかハンモックに上った。


 二人して恐る恐る体を動かして、ゆっくり体を伸ばしていたら、ハンモックがくるりと回ってまたまた床の上に落っこちてしまった。鎧を着たままなので衝撃はある程度防げているのだけれど結構イタイ。


 これだけ痛い思いをしているので、次のレベルアップ時には精神力が上がるような気がしないでもない。


 わたしとキアリーちゃんがハンモックを征服するため悪戦苦闘していたら、ナキアちゃんから寝息が聞こえてきた。平和なことは何より。


 それから数回ハンモックが回転して床に投げ出されたけれど何とかハンモックで体を伸ばして寝ることができた。確かにこれは気持ちがいい。目を瞑ってしまうのもうなずける。


 キアリーちゃんもうまく横になれたようで、結局3人でおとなしくハンモックのとりこになってしまった。ナキアちゃんにハンモックが揺れないように祈ってもらえば簡単にハンモックの上で横になれると寝ながら思いついたんだけど、揺れないハンモックはベッドと同じなので船の揺れをもろに受けてしまってハンモックの利点が無くなってしまうなあと、自己完結してしまった。




『失礼します』


 船室の外から声がしたので目が覚めた。わたしたちをこの部屋まで案内してくれたベルナーとかいう若い男の人の声だ。


「はい」


『昼食の用意ができました。艦長食堂にお連れします』


「今行きます」


 わたしたちは士官待遇のようだ。何だかエラくなったような。


 ハンモックからの降り方はまだまだなので、ハンモックにしがみつきながら床の上に転がってしまった。


 ナキアちゃんもキアリーちゃんも同じように転がってハンモックから降りたようだ。


「この船傾いてるし揺れてない?」


 わたしたちの部屋には船窓が付いていないので外の景色は見えないのだが確かに床は傾いているし船は動いている。


「わらわたちが寝ている間に出航したのじゃな。出航風景を見逃したのは残念じゃが、ハンモックの上の快適さとどちらを取るかと言えばハンモックじゃろ?」


「だね」


 鎧を着たままハンモックに寝ていたわたしたちはそんな会話をしながら鎧だけは脱いで、いつもの鎧下姿で扉を開けて船室から出た。


 そこにはベルナーさんの他にハーネス隊長とカルヒが立っていた。カルヒは何か言いたそうな顔をしていたが何も言ってこなかった。


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