第121話 馬車旅2
厩舎の前でシルバーとウーマがキアリーちゃんとナキアちゃんの手で幌馬車につながれていった。
二人が作業しているあいだ、わたしは馬車の中に入って、まだ中に残っていた馬具の予備部品や予備の車輪をアイテムボックスの中にしまい、かねて用意していたカーペットを馬車の床の上に敷いた。これだけで馬車の中は見違えるようになった。それから幌の天井の真ん中にランプも吊り下げ、ペイルレディ号から王都に出た時買っていたクッションを何個かカーペットの上に置いておいた。最後に預かっていた二人の荷物をカーペットの脇の方に置いておいた。
作業が終わったようでナキアちゃんとキアリーちゃんが馬車の中をのぞいた。
「中にあった残りの馬車用の物品はアイテムボックスにしまっといたから」
「了解。
シルバーとウーマを馬車に繋げ終わったから、いつでも出発できるよ」
「キアリーちゃんを手伝っただけじゃが二頭ともおとなしい馬で楽だったのじゃ。
ほう、カーペットとクッションだけで馬車の中とは思えないほど立派になったのじゃ」
「これなら寝っ転がっても気持ちよさそうだね。
それじゃあ街を通って西の街道に出てカディフを目指そうか?」
「この大きさの馬車で街の中を通ると面倒そうじゃから、街の外を回って西の街道に出た方が良いのではないじゃろか?」
「街の周りの道は通ったことないから良く分からないけど、道なりに進んでいけば西の街道に出るはずだからそうしようか」
「キアリーちゃんが御者するところをわたしは隣で見ておく」
「それならわらわは、荷台で寝心地を確かめるのじゃ。揺れる馬車の中で横になると気持ち良さそうなのじゃ」
御者台に座ったキアリーちゃんが手綱を取り、わたしは邪魔にならないようキアリーちゃんから少し離れて御者台に座った。
すぐに馬車が進み始めた。急ぐ旅でもないし、シルバーとウーマを慣らす意味もあるようで、馬車の速さは歩くくらいの速さだった。
御者台はタダの木の板なので座布団があった方がいいかもしれない。クッションの予備はあるけどクッションだとお尻の座りが悪いような気がする。
一時間ほどキアリーちゃんの隣りに座ってキアリーちゃんの手綱さばきを見ていたら、キアリーちゃんが、
「シズカちゃん、道も真っすぐだし向かいから馬車もやってきていないから御者をやってみる?」と、言ってくれた。
「うん。やってみる」
いったん馬車を止めたキアリーちゃんと場所を交換してわたしが手綱をとった。手綱はシルバーとウーマ用に2本ずつ4本ある。
「4本同時に波打つような感じに手綱を軽く上下に振ると歩き始めて、軽く引くと止まるから。4本の手綱のうち、馬の右側の2本と馬の左側の2本を揃えて、右側を軽く上下に振って、左側を軽く引くと左に曲がるんだよ。右ならその逆ね。
2頭立てだから曲るのはちょっとだけ難しいけど、シズカちゃんだったらすぐに慣れるよ」
なるほど。基本はそれほど難しくないみたいだ。
それじゃあ出発!
4本の手綱を馬の右側、馬の左側2本ずつ、それぞれ右、左の手に握って軽く上下に波打つように動かしたら、シルバーとウーマがゆっくり歩き始めた。
「なかなかいいよ。その調子。もう一度手綱を同じように軽く上下に振ったら、少し早く歩くようになるから。そこで軽く手綱を引いたら最初の速さに戻るからね」
なるほど。ギアチェンジの要領だな。自転車のギアチェンジしか経験ないけどね。
もう一度4本の手綱を上下に動かしてセカンドギアに入れた。時速6キロとか7キロくらい。
2頭の馬が道の上をパカパカ音を立てて歩いていく。馬車の軸受けには板バネのようなものが入っているみたいで舗装されていない今の道でも歩くくらいの速さなら振動は気にならない程度だった。
馬車が進んでいき、前方で道が大きく右手、北側に曲がっていた。手綱を持ち替えウーマの2本の手綱を軽く引いて、右側を進むウーマの速さを少し落とした。馬車は道に沿って曲がるかと思ったんだけど、曲がりがちょっときつい。
慌ててウーマの手綱を上下に振って元の速さに戻し、シルバーの2本の手綱を微妙に引いて元のコースに何とか戻すことができた。ムズイ。
「シズカちゃん。たいていのカーブならそのまま進ませておけば馬が勝手に曲がってくれるから手綱さばきは要らないんだよ」と、笑いながらキアリーちゃんが教えてくれた。言われてみればそりゃそうだ。
「すぐに元のコースに戻せたのはさすがはシズカちゃん。一度コースが狂うと初心者だと簡単には戻せないんだよ。
難しいのは狭い道でのすれ違い。その時は代わるからよく見ててね」
「うん」
すぐに前の方から馬車がやってきたのでいったん馬車を止めてからキアリーちゃんと席を代った。この世界では馬車は右側通行なのでキアリーちゃんが微妙な手綱さばきで馬車を道の右に寄せ対向馬車とすれ違い、それから少し左に寄せて馬車は元のコースに戻った。
「こんな感じだけど、次できそうかな?」
「うん。やってみる」
そこでわたしはキアリーちゃんと席を代った。
すぐに対向馬車がやってきたので、さっきよりも少し軽く操作して少しずつ馬車を右側に寄せていき、あまり寄り過ぎないところでまっすぐ進むよう微調整したことで対向馬車と無事すれ違うことができた。
今度は今の操作を左右逆にして元のコースに馬車が戻ったところで、キアリーちゃんに拍手で褒められた。
「うまい。シズカちゃんでも少しはもたついちゃうかなって思ってけど、簡単にすれ違いができるなんて。わたしなんて丸1日かかったよ」
「えへへ」ステータスの巧みさ90越えは伊達じゃなかった。
そんな感じで御者の練習をしていたら荷台からナキアちゃんが御者台の方に首を出してきた。
「しばらくいい気持ちで寝てたのじゃが、目がさめたら暇になったのじゃ。
少し早いが昼にしてはどうじゃろ?」
「馬車を止められそうなところを見つけたら、そこで昼にしようか」
街道沿いには適当な間隔で馬車を止めて馬の世話ができる広場が設けられているんだけど、ここは狭い道ではないものの街道ではないのでそこまで設備が整っているわけでもない。
それでも道の脇に空き地があったので、キアリーちゃんが操作してその中に馬車が入っていった。
「シルバーとウーマを馬具から外して休ませるね」
わたしとナキアちゃんがキアリーちゃんの助手になって2頭から馬具を外してやった。
「シズカちゃん、シルバーとウーマに水をやるから桶を出してくれる?」
馬用の桶を2つ出して、わたしがウォーターで水を一杯にしてやった。
「塩も飼葉もまだいいかな。
そこらに繋いでおけば勝手に草を食べてると思う」
シルバーとウーマをキアリーちゃんが立ち木に繋いだ。
そのあとわたしたちは昼食の準備に取り掛かった。地面の上でもよかったんだけど馬車の中が珍しかったので馬車の中での昼食だ。
「何を食べようか? イノシシの焼肉は残ってるからすぐ食べられるよ」
「それにしようか」
「了解」
大皿に盛ったイノシシ肉を出し、ヤカンに水を入れたあとナキアちゃんに沸かしてもらい、小さなヤカンにお茶っ葉を入れて最初のヤカンからお湯を注いで3人分のコップにお茶を淹れた。
スープはなかったんだけど、昼食だからお茶で十分でしょう。
あとは乗船中抜け出して王都で仕入れた少しだけ柔らかいパン。それをナキアちゃんがすごく柔らかいパンに変えてくれた。
「今夜はどうする? どこかの駅舎に泊まる? それともどこかで野営する?」
「野営でよいのではないか?」
「楽しそうだものね。そうしよ」
「野営ついでに今日は料理を作り置きしておこうか。スープ今ないし」
「そうだね。料理はシズカちゃん任せだけどね」
パンと肉を食べながら料理の話をしていたら、マヨネーズのことを思い出した。
マヨネーズの材料は生玉子の黄身と油と酢に塩を適当に加えて味を整えたハズ。生玉子も手に入ると思うけれど、生で食べられる品質ではない可能性が高い。少々難があってもナキアちゃんが祈れば何ともないだろうと言ってそれを当てにはできないものね。
明日香のところに行けば新鮮な生玉子もあるだろうし、マヨネーズだってあるはずだから今度行ってもらってこよう。
[あとがき]
馬車馬の御し方はただの想像です。
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