第27話 ベネット家


 追い剥ぎ騒動の後の旅は一度雨に降られたくらいで順調だった。馬車はブレスカを出発して15日目の昼前、王都を見下ろす丘の上に到達した。


 そこで昼食をとることになった。どうやって水を運んだのか分からないが馬車馬用にちゃんと水場があった。御者のおじさんに聞いたら、日に何回かふもとの村から馬車に樽を乗せて水を運んでくるのだそうだ。大変な仕事だと思う。



 丘の上から王都方向を見ると、ふもとから10キロほど先に広がる王都まで田園地帯が続いていて、1本の川が西から王都に向かって流れその川から縦横に運河が掘られていた。王都の東には海が広がり、北には森が広がっていた。


 建物が建ちならんだ王都内には尖塔や鐘楼がそびえる大きな建物が何むねも見えた。街並みの中央に緑が広がりその真ん中に館のような建物が見えた。


「街並みの中央に見える林が王宮でその中央に立つ大きな建物が宮殿になります」と、ゲランさんが説明してくれた。


 王都に到着したらまず子どもたちを二人の祖母のもとに送り届けなくてはならない。2週間近く一緒に旅をしてきて二人ともわたしに懐いてくれていたので、別れるのは少しさみしいけど仕方がない。




 丘の上での昼食後、丘を下った馬車は1時間ほどで王都の街並みの中に入っていった。王都にはブレスカのような外壁もなければ門もなく出入りは自由のようだった。どうも、入場税を取るのは外壁のある街へ入る時だけのようだ。わたしたちの乗った馬車は何度か外壁のある街を通過したが馬車にはブレスカ市の紋章が扉に描かれていた関係でフリーパスだったようだ。


 これまでに姉弟の祖母の住む場所については聞いていたので、馬車は王都に入りしだいまっすぐそちらに向かっていった。ゲランさんによると、姉弟の祖母の家のあたりは王都の中の一等地ということだった。




 都内に入って20分ほど馬車は進んでいったところで、「そこの家が祖母の家です」と馬車の窓から外を眺めていたソフィアが教えてくれた。


 御者のおじさんに言って、その家の門の前で馬車を止めてもらった。


 馬車が止まったところでソフィアがわたしとゲランさんに向かって、


「ありがとうございました」そう言って頭を下げた。隣りに座っていた弟のアレックスも頭を下げた。


「ふたりともしっかりね」


「はい」


 話を聞いている限り、二人がこれから頼っていく祖母は優しい人らしいので安心だ。実の孫だし問題ないでしょう。


 簡単な別れの言葉を交わし、わたしたちは馬車を下りた。



 二人の祖母の屋敷はターナー家の屋敷ほどではないようにみえるけれど、立派なお屋敷だ。ここが王都の一等地であることを考えれば、相当なものなのだろう。


 姉弟の祖母の名はマリア・ベネット。貴族ではないらしい。王都内で商会を営んでいるそうだ。


 屋敷の中に向かって声をかけようと思っていたら、馬車が門前に止まったことを察したらしく、屋敷の中から女性が二人、門に方に駆けてきて門を開けてくれた。


「お嬢さまに、お坊ちゃま。奥さまが首を長くしてお待ちです。

 ベンさまとローラさまは?」


 姉弟の後ろにゲランさんとわたしが立っていたのだが、知らない人を見て年長の女性がゲランさんに向かい、再度、


「ベンさまとローラさまは?」とたずねた。ベンとローラというのは姉弟の両親のことなのだろう。


 そこで、ゲランさんが事件のことを簡単に話して、姉弟をここまで連れてきたことを告げた。


 女性はひどく驚いたものの、半分泣きながらわたしたちに向かって頭を下げた。


「本当に、本当にありがとうございました」


 若い方の女性はすぐに屋敷の方に駆けていった。


「馬車は敷地の中に入れてください。

 みなさんどうぞ、屋敷の中に。御者さんもどうぞ」


 屋敷の中に入るとそこには矍鑠かくしゃくとした老婦人と老執事と言った感じのおじさん、そしてメイド姿の女性が4人立っていた。


「この子たちの祖母のマリア・ベネットと申します。

 孫たちを連れていただき、ありがとうございました」


 老夫人はそう言って深々と頭を下げた。そして、ソフィアとアレックスを順に抱きしめた。


 そのあと、応接室にわたしとゲランさんは招き入れられた。子どもたちも一緒だ。御者のおじさんは別室に招かれた。


 応接室で椅子に座って、わたしとゲランさんであの事件のことを詳しくマリアさんに話した。


「息子夫婦が亡くなったことは諦めるしかありませんがこの二人が無事だったのがせめてもの救いです。ありがとうございます」そう言って、マリアさんは再度わたしたちに向かって頭を下げた。


「馬車に積んであった荷物を預かっているんですが、ここにお出ししてよろしいですか? あと馬車につながれていた馬を売った代金もあります」


 最初に壊れた馬車につながれていた2頭の馬を売った代金、金貨160枚の入った布袋をテーブルの上に置き、それから床の上に馬車に積んであった荷物を置いていった。部屋の中に並べると結構な量だった。


「そのお金はいただけません。どうぞお納めください」と、マリアさんに言われてしまった。この屋敷を見た時そうなるだろうなと思っていたけどやっぱりそうなった。半分ゲランさんに渡そうとしたら断られた。またお金持ちになってしまった。


「お二人は王都ではどちらにお泊りでしょうか?」


「ブレスカの市長を務めていますターナー伯爵の王都の屋敷に数日宿泊する予定です」と、ゲランさん。てっきり王都の宿屋に泊まるのかと思っていたけれど、やっぱり藩主の江戸屋敷のような屋敷をターナー家でも持ってたんだ。


「今日一日でもこの屋敷にお泊りください」


 子どもたちを見ると断り切れなかった。ゲランさんの顔を見たらうなずいたので、その日だけはベネット家に泊まることになった。



 運ばれてきたお茶を飲み終えたわたしたちは、客間に通された。最初ゲランさんと別々の部屋だったけど、それだと逆に不便なので、旅をしていた時と同じように一緒の部屋にしてもらった。馬車に積んでいたゲランさんの宿泊用の荷物もあとで屋敷のメイドさんによって運び込まれた。



 その日の夕食はわたしち二人と、マリアさん、ソフィアとアレックスの5人でとった。豪勢なものだった。もちろん子ども二人がいたし食事の席だったので首チョッパの話はしていない。



 翌日。朝食をマリアさんと子どもたちと一緒にとった後、わたしたちを乗せた馬車はみんなの見送りの中ベネット邸からターナー伯爵の王都邸に向かった。

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