第八十二回 相談

 王倫おうりん天命殿てんめいでんあたまかかえていた。原因は突然やってきた白秀英はくしゅうえい達の扱いについてである。


 いくさや内政に関してはその智謀ちぼう発揮はっきしてきた彼だったが、一人の女性の圧倒的あっとうてき行動力こうどうりょくに振り回されるのは初めての事で対応の仕方しかたがまとまらなかったのだ。


 とりあえず白秀英を鄭天寿ていてんじゅから引きがし、彼と王英おうえいを連れ朱富しゅふうの店へと退避たいひする事には成功。そして朱富の店で事情を説明された朱富と王英。王英は鄭天寿をからかい大笑おおわらいしていた。


 王倫は梁山泊と村の関係性をさとられぬよう頭目とうもく達を集めて言いふくめる。さらに王倫と鄭天寿が村にいる場合のそれぞれの扱いにも言及げんきゅうしておいた。観劇かんげきの際にともにいた林冲りんちゅうとその妻はすぐに事情を把握はあくし、何か案がないか考えてくれているようだ。桃香とうか瓢姫ひょうきも林冲宅にお邪魔じゃましている。


「……首領、こちらにおられますか?」


 扉の外から王倫を呼ぶ声が聞こえた。声から判断するなら呉用ごようだろう。王倫は彼をまねき入れた。


「どうです。何か良い案が浮かびましたか?」

「いやいや。意表いひょうを突かれたのもあって中々なかなか

「いっそのこと最初に提示ていじされた案を実行じっこうなさいますか?」


 呉用が笑う。実は皆を集めた時に打開策だかいさくがひとつだけ提示されていたのだ。


「あの女を俺にれさせればいいんですよ!」


 ……皆の視線を集めた王英の案は満場一致まんじょういっち即否定そくひていされた。


「軍師殿こそ何か良い知恵は浮かびませんか?」


 問われた呉用も腕を組み無言になる。


「とりあえず良い知恵を出すためにも一局いっきょくいかがでしょう?」


 呉用は王倫に対局たいきょくをもちかけた。そして二人は本当に碁を打ち始める。


「話を整理せいりしましょう。あの白秀英という女は鄭天寿を村の代表の王倫様だと思い込んでいる。そして村と梁山泊との関係には気付いていない」

「うむ」

「話を聞いた限りではたま輿こしねらっているように思えますね。しつこいようですし」

「最初から私を相手にするならばその下心したごころけて見えようが、鄭天寿を私と思い込んだのは外見がいけんも好みで上手うまくいけば一石いっせき何鳥なんちょうにもなったからではないかと推測すいそくしている」


 二人は碁と関係ない話をしながらも淡々たんたんと手を進めていく。


「さすが首領。私もそう考えます。ゆえに彼女の勘違かんちがいをそのままにしているのですね」


 あんな風にせまられたらどう対応していいかわからないという部分もあるからだと王倫は思った。つまり免疫めんえきがないのもあるのだ。


「しかしその白秀英が梁山泊の喉元のどもとに現れてしまった。もし皆がぞくだと知られれば時文彬じぶんひん殿にも都合つごうが悪いでしょう。まぁこれはあくまで彼女の出方でかた次第しだいで変わりますが……」

「うむ。彼女は同志どうしではないからな。下手へたな情報はあたえたくない」

「しかし劇団げきだんという娯楽ごらくを持っているので扱えるのならば上手く扱いたいのですね?」

「ああもまとわれるなら難しいかもしれないが……」


 王倫の中では危険分子きけんぶんしではあるが敵という訳ではないという事なのだろう。


「とにかく鄭天寿には気の毒ですが村のおさ、王倫殿になってもらいしばらくは村で生活してもらいましょう」

「それしかなかろうな。しかし我々われわれ官軍かんぐんすら退しりぞけたというのに女性一人にこうも狼狽うろたえさせられるとは……」

「劇団に軍勢ぐんぜいをけしかける訳にはまいりませんからな……」

「ははは。本当に。軍師殿も軍勢相手の方がまだやりようがあっただろう」


 王倫は苦笑にがわらいした。それでも碁の手はゆるめない。一方の呉用はここで初めて手が止まった。


「軍勢同士なら……?」

「軍師殿?」

「ふーむ……さすが首領ですな。今の一言。この呉用、何か思いつくかもしれませんぞ」

「私が何を?」


 心当たりがなく困惑こんわくする王倫。呉用は考えをまとめながら話す。


「軍勢には軍勢をぶつければ勝負になります。しかし劇団に軍勢はぶつけられない。ならば劇団には劇団をぶつければ良いのです。これならば勝負になります」

「他の劇団という事か? だがそんな劇団に心当たりはないが……」


 呉用は首を振る。


「いえいえ。つまり役者やくしゃには役者をあてれば良いと思ったのです」

「さっぱりわからない。役者などどこから連れてくるのだ?」

「演技力不足の部分は……知識と経験でおぎなえるか?」


 呉用はまずは裴宣はいせん助力じょりょくを頼めば良いだろうと王倫にすすめた。

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