第八十三回 裴宣の采配、姫君への贈り物

 王倫おうりん呉用ごようから助力じょりょくを頼まれた裴宣はいせん。呉用の策に沿うように梁山泊りょうざんぱくの人材と村で活動する人材を完全に分ける所から始めた。


 彼は普段ふだん、村で起きため事などをさばいているので村の住人からの信頼も厚い。真面目まじめかつ公正明大こうせいめいだいな事に加えて、王倫直属で人事じんじにも関わっていたので呉用から対策たいさくの形をしめされるとそれに従い適材適所てきざいてきしょ頭目とうもく配置はいちしていった。


 その結果。村のある下層かそうには商人、職人、工人こうにんと非戦闘員が集まる区画くかくになる。住民達は王倫をしたってここに来ているので、頭目達から一座対策いちざたいさく概要がいようを説明されると恩返しだとばかりに率先そっせんして協力した。


・王倫と鄭天寿ていてんじゅの名前、立場が逆になる事

・王倫、鄭天寿への印象いんしょうについて聞かれた場合は本人(本物)に対して抱いているものを伝えてかまわない

極力きょくりょく普段ふだん通りの生活を行う


 大まかな指示はこんな感じだが、住人達は頭目達が開いている店を利用したり管理かんりする施設しせつで働いていたりするので情報は水面下すいめんか共有きょうゆう拡散かくさんされていったのである。これで一座に対する包囲網ほういもうは完成した。


 職人系統の技術を持たない者は中層ちゅうそう上層じょうそうに集められる。これは呉用の分析ぶんせきによると短慮たんりょ直情型ちょくじょうがたの者が多く一座の者を演技で騙すのには向いてないという判断からだった。


「けど、演技の経験がないのは村の頭目達も一緒じゃないか」


 の声には、


「お前達が商人や職人の振りをして相手から専門的な話が出てきた場合、すんなりと対応できるのか? お前達は演技をする必要があるが、彼らはそれに対し演技をする必要はない。ごく自然に振る舞えるのであやしまれる事がないのだ」


 と呉用は説明。身体からだが覚えている動作ならあたま混乱こんらんしてぼろを出す確率も下がる。役者やくしゃに対し本職ほんしょくをあてる事で一座への情報操作じょうほうそうさおこなおうというのだ。


「それに相手も人形にんぎょうではない。みずからが動いて情報を集めることくらいするであろう。ゆえにそこをも見越みこして彼らには都合つごうの良い情報ばかりをつかんでもらうのだ」


 こうして新しく割り振られた配置で頭目達の生活が始まる。


 呉用の読み通り一座の者……白秀英はくしゅうえいすきあらば王倫役の鄭天寿にまとわりつこうとし、父親の白玉喬はくぎょくきょうや他の者は生活しながら独自どくじに情報を集めその共有をはかっていた。


「もう! 王倫様ったらつれないんだから!」

むすめよ。あの方は随分ずいぶんいそがしいかただ。この村の人達はみな感謝かんしゃしている様子。あまり目立めだつとぎゃく効果こうかになるのではないか?」

「そんな事は私も分かっておりますわ! ……言わば意地いじですもの」

「やれやれ。お前がそこまで入れ込むとはなぁ。まぁこの村は大変過ごしやすい。みやこより感じの良い村など私は初めてだよ」

「そうですよね座長ざちょう! 最初はどうなる事かと不安でしたけど、食事も美味おいしいし住人の方も親切で! お店も充実じゅうじつしてますし、めずらしい品をひとつひとつ丁寧ていねいに説明してくれましたよ!」


 一座の者達もこの村の良さを口々くちぐちに語りだす。


「そもそも娘よ。お前は王倫様に娯楽ごらく提供ていきょうすると大見得おおみえを切ったのだろう? そちらはどうする気なのだ?」

「……ふふん。私とてただ王倫様ばかりを追い回していた訳ではありませんわ」


 そこはしっかりとこの村の者が喜びそうな演目えんもくを調べていた白秀英。彼女もまた本職なのだ。


「この村での最初の演目は三国志さんごくしで決まりですわよ。やった事はまだありませんけど私達ならなんとかなりますわ!」


 一座の方も看板娘かんばんむすめ恋路こいじとは別に、住人を楽しませるための計画を立てて動き始めたのだった。



 しばらくして王倫のもとを馬の担当たんとうをしている燕順えんじゅんおとずれる。どうやら桃香とうか瓢姫ひょうきに見せたいものがあるというので王倫も一緒いっしょについていった。


「わあ!」

「……かわいい」


 それはまれたばかりの双子ふたご子馬こうま。片方は白毛しろげでもう片方は黒毛くろげ。白毛の方はひとみ青色あおいろでこれはまれらしい。


「いやぁ。こうも極端きょくたんに色が別れた上に双子ときたものですから姫様達と無縁むえんには思えないような気がしまして」


 燕順はこの馬を姫様達にどうかと王倫に進言しんげんしに来た訳である。王倫は彼の気持ちをうれしく思った。事の次第しだいを聞かされた桃香と瓢姫は燕順に抱きついて大変に喜んだ。そして白毛が桃香。黒毛が瓢姫の馬となった。


「では姫様、この子達に名前をつけてやってください」

「うん! えーと、えーと白くてきれいだから……」

「……まっくろでかっこいい。……まぐろ(真黒)?」

「瓢姫よ。それはなんだか馬につけてはいけないような名前な気がするぞ」

「むう」

「はく……はく……はくしゅん! はどう?」

「……くしゃみのように聞こえなくもないが白駿とか漢字であらわすと良い気がするな桃香」


 子馬の名前は二人の宿題しゅくだいとなり、その日彼女らと過ごした者は終始しゅうしその話題を聞かされた。この子馬達は桃香、瓢姫と共に成長して行く事となる。

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