第八十四回 悪人同士が味方だとは限らない

 北京大名府ほっけいだいめいふ。そこの司令官しれいかん梁世傑りょうせいけつは頭を抱え悩んでいた。原因はしゅうと蔡京さいけいの事である。出世を狙う梁世傑は誕生祝たんじょういわいとの名目めいもく生辰網せいしんこうと呼ばれる巨額きょがく賄賂わいろを贈ろうとして晁蓋ちょうがい達にうばわれた。


 それでも毎年蔡京に多額の賄賂を贈り続け、今年は規模きぼの大きい生辰網を贈ろうと計画をはじめたのである。しかしながらみずからの出世の為とは言え、それほどの財を税として住民から徴収ちょうしゅうする事の危険性が分からない訳でもなかった。


 北京は北方ほっぽうの敵の侵略しんりゃくに対して重要な拠点きょてんであるため、首都しゅと開封かいほうがある東京とうけい軍事力ぐんじりょくを持っている。梁世傑はこれを背景に民から搾取さくしゅしていたが、民からすれば当然生活は困窮こんきゅう。不満は怨嗟えんさとなり梁世傑に向いていた。


 索超さくちょう周謹しゅうきん梁山泊りょうざんぱくぐんやぶれた上にそのままぞく一味いちみとなってしまったが、部下にはまだ聞達ぶんたつ李成りせい王定おうてい洞仙どうせんらがいる。北京の民が逆らえる余力よりょくなどまだないだろうとはんでいた。


「とは言え他に何かよいあんはないものかのう」


 梁世傑は愚痴ぐちも混じえて副官の洞仙につぶやいたのだが別に答えを期待していた訳ではない。洞仙は文官なのでいくさよりもそちら方面で知恵が働く。なのでもしかしたらと愚痴にして聞かせたに過ぎなかった。


「……梁世傑様に本当のお覚悟かくごがあるなら手がない訳でもございません」

「やはりないか……な、何? なんと言った今?」

「ございます。しかしもし少しでも良心りょうしんがおありならば私の話は聞かない方がよろしいかと。間違いなくお気を悪くされてしまいますので」


 洞仙はこう言ったが、こんな答え方をされたらかえって気になってしまうもの。


かまわず民から徴収しろと申すのか? もし違うなら勿体もったいぶらずに教えてくれ」

「……」


 洞仙は周囲を見回し、あたりに人がいないのを確認してからこうげた。


「その気さえあるなら御身おんみふところたいして痛みませぬ」

「何? 私に痛手いたでがないなら尚更なおさら良案りょうあんではないか! はやく続きを言ってくれ」


 続きをうながす梁世傑。洞仙はこほんと咳払せきばらいをしてから青州せいしゅうの司令官、慕容彦達ぼようげんたつについてべ始める。



 ※慕容彦達

 妹を徽宗きそう皇帝こうてい後宮こうきゅう貴妃きひとし、青州の司令官に就任しゅうにんした。皇帝より寵愛ちょうあいをうける慕容貴妃ぼようきひが背後にいるため、権力をふりかざして民を苦しめている。



「この青州には現在多くの賊が割拠かっきょしその対応たいおう苦慮くりょしているとも聞きまする」

「ふむ」


 洞仙の策はそこにつけ込むもので普通の者なら確かに胸が悪くなる内容だった。


「何? 青州の村や街から賊の振りをして財を奪えと申すのか!?」

「はい。証拠しょうこを残さないようやるなら徹底的てっていてきおこなった方が良いでしょう。それは賊の仕業しわざになりますれば」

「う、うむ……」

「そしてこの北京でも賊の被害に悩まされているふうよそおいます」

「ここもか? ここは装うだけで良いのだな?」

「はい。これは大義名分たいぎめいぶんの為です。そしてその大義名分をもってみやこ上奏じょうそうし、賊討伐のしょう派遣はけんしてもらいます」


 これは北京が賊と関わりがないという事をしめす為の偽装工作ぎそうこうさくである。だがそれだと賊は見つかりませんでした、では話にならない。


「次に青州にこう持ちかけるのです。そちらも賊に困らされているようだが同じ境遇きょうぐうの者として協力させて欲しいと」

「慕容彦達はろうせずその為の軍事力を調達ちょうたつできる訳か」

「はい。その間もめぼしい所があれば賊にふんした部隊で略奪りゃくだつを行います。これはねんの為派遣された将とは離しておいた方がよろしいでしょう」

「なるほど……うらみは賊か対処たいしょできない青州に向く訳か」

「そのうえ青州には貸しまでつくれます。上手うまくやれれば、ですが」

「……やらせるさ」


 梁世傑は乗り気になっていた。慕容彦達に対しては別にじょうのある間柄あいだがらではない。そう考えれば洞仙の話は悪く思えなくなっていたのだ。


さらに生辰網運搬時における最大の懸念材料けねんざいりょう。梁山泊に巣食すくう賊をも青州の軍勢と北京の軍勢でたたいてしまえば今後のうれいものぞけるかと」

「!」

「当初得た物に賊討伐で得た物も加えれば価値も期待できますし、蔡京様にも顔がたてられましょう。加えて憂いも除け雪辱せつじょくも晴らせる。これが私の考えた手でございます」

「!!」


 これは洞仙の説明がうまかった。最初こそ衝撃しょうげきを受ける様な内容だったが、進むにつれてりばかりの話になり最後には梁世傑はすっかりその気になっていたのだから。


名案めいあんではないか。この梁世傑、久しぶりに頭の中のきりが晴れたような気分だ。早速さっそくその計画に取りかかってくれ」

「はっ。恐れ入ります」


 洞仙は梁世傑に頭を下げる。平和な梁山泊に戦いの足音が聞こえ始めようとしていた。

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