第三十回 次なる企み

 あししげり、入り組んだ地形の湖面こめんを静かに進み梁山泊りょうざんぱくに近付く舟の一団がある。生辰網せいしんこう積込つみこみ逃亡している晁蓋ちょうがいとその仲間達であった。


 北京大名府ほっけいだいめいふ梁世傑りょうせいけつ賄賂わいろを準備しているという情報を『劉唐りゅうとう』という男から持ち込まれた晁蓋は、村に住んでいた知恵者ちえしゃの『呉用ごよう』に相談を持ちかける。


 しくも道士どうしの『公孫勝こうそんしょう』からも同じ話を持ちかけられ、ある理由からこれを天機てんきと考えた晁蓋は、仲間に阮小二げんしょうじ阮小五げんしょうご阮小七げんしょうしち白勝はくしょうを加えこの不義ふぎの財を奪う決意を固めた。


 運搬うんぱん指揮しきをとっていた楊志ようしが梁山泊の者とまでは気付かなかったが、公孫勝と劉唐が集めた情報と呉用の知恵をもってこれの奪取だっしゅに成功。そのまま東渓村とうけいそん名主なぬしとしてほとぼりが冷めるのを待っていたが、白勝の行動から足がついてしまう。


 しかし役人であり晁蓋の義兄弟『宋江そうこう』がいち早くその情報をつかみ、捕物とりものの役人が来る前にやしきを一人で訪れ彼らの逃亡をうながした。


 晁蓋と呉用が逃亡先を協議きょうぎした結果、王倫が統治とうちする梁山泊に白羽しらはの矢を立てたのである。


 彼らの王倫への評価は自己保身じこほしんに走る狭量きょうりょうな男という位置づけであり、その座をおびやかしそうな自分達の加入かにゅうを好ましく思わずに拒否きょひしてくる可能性がある事も予想していた。


 逃亡中の主な面子めんつは晁蓋含め七名の男達だが、他に阮小二の妻と子も含まれている。一向は阮小二、阮小五、阮小七が操る舟に乗り込み追っ手を意識しながら慎重しんちょうに進んでいた。


晁天王ちょうてんのう、間もなく梁山泊ですぜ」


 阮小五が晁蓋に話しかける。晁蓋は仲間内からは晁天王と呼ばれている。それは晁蓋の渾名あだな托塔天王たくとうてんのうと呼ばれていた事に由来ゆらいしていた。


「いよいよ正念場しょうねんばだな」

「王倫とかいう野郎、ごたごた抜かしますかね。まぁ先生にとってはその方が都合がいいんでしょうけど?」


 晁蓋に続いて発言したのは劉唐。こめかみ辺りに赤痣あかあざがあり、そこから赤毛あかげが生えていることから赤髪鬼せきはつきと呼ばれている。


 歳は若く、大男で色は浅黒あさぐろ脛毛すねげが非常に濃いという異相いそうの持ち主。朴刀ぼくとうの達人で槍の扱いにもける。性格は豪胆ごうたん義侠心ぎきょうしんあついが短慮たんりょな面も目立つ。生辰網強奪のさいにその責任者が青面獣せいめんじゅう楊志と判明はんめいした時も晁蓋、劉唐、阮三兄弟の五人がかりで襲い斬ってしまえばいいと主張しゅちょうしていた。


「その時は私が合図あいずを出すから血気けっきにはやっていきなり斬り掛かるような真似まねはしないでくれよ? 生辰網の時の楊志と違って個々ここの腕前を恐れる必要はないと思うがなにぶん数が多い」


 劉唐に先生と呼ばれたのは呉用。東渓村下に隠棲いんせいしていたが、その天下に並びない智謀ちぼうを買われて晁蓋から生辰綱奪取の協力を求められる。劉唐の主張を少なからず味方に被害ひがいが出るからといさめ、楊志率いる輸送隊にしびれ薬入りの酒を飲ませて奪取を成功させた。


 そしてその智謀は、今度は梁山泊を奪取するため今まさに謀計ぼうけいめぐらさんとしていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る