第三十一回 梁山泊の違和感

 朱貴しゅき杜遷とせん宋万そうまんの三人は梁山泊りょうざんぱく側の船着場ふなつきば晁蓋ちょうがい達をかまえていた。やがてその姿を確認すると手下達に太鼓たいこを鳴らす合図あいずをだす。


 周囲に重く鳴りひびく太鼓の音に身構える晁蓋達。周辺には梁山泊の手下が統制とうせいされた動きで姿を現した。


「こ、これは……」

「で、出やがったな無法者むほうものども」

「待て!」


 げん兄弟や劉唐りゅうとうが武器をとって構えようとするのを晁蓋がとめる。晁蓋は視線をめぐらし船着場に立つ三人が大将格たいしょうかくだろうと判断はんだん目一杯めいっぱいいきい込んだ。


「梁山泊の方達に申し上げる! 私は東渓村とうけいそん名主なぬし晁蓋! 訳あって王倫おうりん殿にお願いしたい事がありやって参りました!」


 太鼓が鳴り響く中でそれを打ち消すかの様にあげた大声に劉唐達がつんのめる。


「な、なんて大声出しやがるんですか晁天王ちょうてんのう


 呉用ごようも耳をふさぎ目を白黒しろくろさせながらも


馬鹿者ばかもの、もしお前達がここで武器を構えでもしようものならまとまる話もまとまらぬではないか。もっと自重じちょうしてくれ」


 とくぎをさした。船着場の三人が舟をつなぐ場所を指示してきたので晁蓋達はそれにしたがい舟を繋ぎ、梁山泊の地に降り立った。


 杜遷達と挨拶あいさつを交わす晁蓋。そのまま王倫のもとへと案内される事になったが副頭目達の風貌ふうぼうから劉唐、阮小二げんしょうじ阮小五げんしょうご阮小七げんしょうしちは完全に内心ないしんめてしまっていた。


 山寨さんさいの階段を登り王倫のいる場所へと向かう道にも手下が並び、とてもただの山賊さんぞくとは思えぬ雰囲気ふんいきただよわせている。晁蓋と呉用は違和感いわかんを抱いた。


 中腹ちゅうふくあたりを過ぎた所で一行いっこう待合室まちあいしつのような場所へと通される。この頃になると道士の公孫勝こうそんしょう一言ひとことしゃべらなくなっていた。


「しばしこちらでお待ち下さい。首領しゅりょうにお伝えして参りますので」

「よろしくお願いします」


 部屋には晁蓋達だけが残される。


「なんでぇ勿体もったいぶりやがって。晁天王がわざわざ来たってんだからとっとと会いやがれってんだ」


 どくづいているのは阮兄弟だ。彼らはりょう生計せいけいを立てていたが梁山泊が根こそぎ魚を持って行ってしまう為、長兄ちょうけいの阮小二は仕方なく闇商売やみしょうばいに手をだしていた経緯けいいなどがあり、梁山泊とその首領王倫に好感こうかんは持っていなかった。


 晁蓋達もこの阮兄弟から聞いた梁山泊のやり口などから王倫の人となりを想像していたので、実際じっさいに感じた山寨のかもし出す空気がそんな王倫像を浮かびあがらせず違和感につながったのである。


「最近梁山泊の首領が交代したとかそういう話を聞いた事は?」


 案内役を見送ってそのまま外を見ていた晁蓋が振り返って言う。だがそんな話は知らないと阮小二は答える。そもそも王倫殿に会いたいと言ってここに案内されているのだから別の誰かに交代したとは考えられない。


「かなりの知恵者ちえしゃが加わったのかもしれませんぞ。性格や考え方が変わった可能性もありましょうが、人間そう簡単かんたんに生き方を変えれるものではござらん」


 呉用だ。どうやら晁蓋と呉用には何か思う所があるらしい。


「副頭目達の武芸の腕前も大した事はなさそうでしたしお二人の考え過ぎでは? あの三人なら俺が一人でれますよ」

物騒ぶっそうな事を言うな劉唐。我等われらの目的はこの山寨の奪取ではないのだぞ?」

「晁天王のものになるのも時間の問題ですって。あたまさえつぶせばいいんです」

「そんな簡単な話ではない」


 晁蓋は困り顔だ。呉用が口をえる。


「その頭が慎重過ぎるし賊と思えぬ統率も気になる。もし話に聞いた梁山泊として相対あいたいしようものなら怪我けがをするのはこちらになるかも知れないと言っているのだ」

「また先生の心配性しんぱいしょうですか?」

心配性しんぱいしょう云々うんぬんの話ではない。……公孫勝殿はどう思われる?」


 呉用は一言も口をきかなくなった公孫勝の意見を聞こうとした。


「……ワシはワシなりの違和感を感じておりますが……どうやら説明する時間はなさそうですな」


 みなが公孫勝の視線の先に注目した。


「お待たせしました。首領がお会いになるそうです。武器をここで置いていただき、代表の方『三名』をお連れいたします」


 呼びに来た宋万が口上こうじょうべる。


「三人だけ、ですか?」


 呉用はハッとした。武器を所持しょじさせない事も面会めんかいの人数をしぼる事も全くもって正しいのだ。正しいがゆえ反論はんろんが出来ない。こちらとしてはこの条件を飲むしかないだろう。


(だが! だがそれよりもこれらの意味するところは!)


 呉用は晁蓋一行の中で唯一ゆいいつ、この時点じてんで『王倫はすでに我々われわれ来訪らいほうを読んでいたのではないか』という結論けつろん辿たどりついた。

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