第三十二回 心理戦!? 王倫対呉用

 王倫おうりん晁蓋ちょうがい面会めんかい直前ちょくぜんになり、晁蓋側の代表三人として晁蓋、呉用ごよう公孫勝こうそんしょう選出せんしゅつされる。呉用は万が一に備えて晁蓋をまもる役目として晁蓋と呉用、三人目に劉唐りゅうとうすつもりだったが、


学究がくきゅう(呉用のあざな)、ワシも行くぞ。王倫なる人物、是非ぜひ見てみたい」


 とめずらしくゆずらなかった。そうなると劉唐、げん兄弟がここに残る事になる。この四人では問題を起こす可能性が否定ひていできず、公孫勝に阮兄弟の手網たづなを任せたかったというのが呉用の本音ほんねだ。しかしこうまで言うからには何か考えがあるのだろうと呉用がれた。


「よいな。くれぐれも短気たんきを起こして騒動そうどうをやらかしてくれるなよ?」


 晁蓋がくぎをさしてはいるものの呉用には不安がつきまとう。彼等かれらも晁蓋には従うが、逆にその晁蓋の危機には自らの危険もかえりみない。


(晁蓋殿を心配するあまり相手を刺激しげきする行動をとらねばよいが……)


 一抹いちまつの不安を残して三人は宋万そうまんに案内され先に進んだ。呉用はせめて王倫が自分達の来訪らいほう予測よそくしていた可能性を二人に伝えたかったがその機会には恵まれなかった。


「晁蓋殿達をご案内してきました!」

「宋万ご苦労」

「はっ!」


 三人の眼前がんぜんに一人の男が立っている。


(この男が王倫……)


 風貌ふうぼう大柄おおがらな晁蓋と違い、中肉中背ちゅうにくちゅうぜい白衣はくいを着た中年ちゅうねん書生しょせいといった感じで呉用とかぶる。


(だ、だが……)

「私が梁山泊りょうざんぱく首領しゅりょう、王倫です。何かお話しがあるとか」

(このまと雰囲気ふんいきは……阮兄弟の言っていた人物とはとても思えぬ)


 呉用はそう思ったがおそらくそれは間違まちがいないのだろう。晁蓋すら言葉を選んでいる様子が見れるし、公孫勝が一言「ほう?」とつぶやいたのも聞きのがさなかった。


(これでは最悪の場合梁山泊の首領と副頭目を一掃いっそうし、我等の新天地しんてんちにするという手は使えない)


 そもそもこの計画は前提ぜんていに『王倫が梁山泊の者達にうとまれている』という条件じょうけんたされている必要があったが、実際はそれが真逆まぎゃくであるだろうとさとった訳である。


「王倫殿、ワシは道士どうしの公孫勝ともうす者。道号どうごう一清道人いっせいどうじん。ここへは初めて来ましたがとても良い所ですな」


 色々いろいろ考えている呉用を他所よそに公孫勝は唐突とうとつ自己じこ紹介しょうかいを始めた。これは彼なりの援護えんごで、時間をかせぎつつも会話の中から使えそうな要素ようそを引き出して呉用と晁蓋に有利ゆうりな条件をととのえろという姿勢しせいふくんでいる。


「道士の方ですか。長身で体格の良い方もおられるのですな。……ああ、失礼。私の知る『そのような方々かたがた』の印象いんしょう根強ねづよく残っている所からの発言です。しかしありがとうございます。そう言われるのはうれしく思います。ですがそれはさいみなの努力の賜物たまもので私は何もしておりませぬよ」


 この謙遜けんそん外面そとづらを取りつくろ狭量きょうりょうの男の発言とは呉用は思えなかった。あせりは感じられず、むしろ落ち着いている。


(この余裕よゆうはやはり我等の来訪を知っていたのではないだろうか。だがそれにしては……)


 知っているのは何故なぜか。そこに生辰網せいしんこうからんでいるから。しかし王倫はそこにはまったれてこない。呉用はいまいち王倫の真意しんいをはかりかねていた。


 そこへ事態じたいが変わるきっかけが起きた。外から銅鑼どら太鼓たいこの音、人の怒号どごうなどが風に乗って聞こえてきたのである。


「王倫殿、今のは一体……」


 晁蓋が王倫に質問した。


「ははは。単なる手下の調練ちょうれんですよ。……と言いたい所ですがまねかねざるお客人きゃくじんを追い返したのでしょう。思ったより早かったようですな」

「!?」

「!!」

「! ほう……」


 今の発言で晁蓋と公孫勝も気付いたと呉用は確信した。呉用は意を決して口を開く。


「王倫様。王倫様は我等がここに来る事を分かっておいででしたな? はらの探り合いはここまでにしてここからは本音ほんねで話をしたいと思うのですが」


 この相手にはかくし事は悪手あくしゅになる。呉用は本能的にそう感じた。


「本音ですか? ……まだ役者やくしゃそろってはいませんが良いでしょう。晁蓋殿の知恵袋ちえぶくろの呉用殿がそうおっしゃられるならこちらもやぶさかではございません」

(こ、この王倫という男!)


 呉用は阮兄弟の話だけを鵜呑うのみにし、梁山泊について念入ねんいりに調べなかった事を後悔こうかいする。だがこの相手に自分の弁舌べんぜつ存分ぞんぶんにふるえると思うと気持ちがたかぶり、高揚こうようしているおのれ自覚じかくするのもまた確かなのであった。

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