第三十三回 残された四人

 林冲りんちゅう楊志ようし晁蓋ちょうがいを追ってきた役人やくにん恫喝どうかつし追い払った。王倫おうりんの読み通り元々もともと梁山泊りょうざんぱくには近付ちかづく事すらおよごしだったのだろう。一斉いっせいさわいだだけで一目散いちもくさんに逃げて行った。


「あれじゃ手下達も痛快つうかいだっただろう」

「うむ。だが本命はあくまでこのあとだ。義兄上あにうえの読み通りなら次は本当のたたかいになる」


 二人は次に来る場面を想定そうていしながら王倫のもとに戻ろうとするが中腹ちゅうふくあたりで突然聞こえた


「このまま指をくわえて待ってろっていうのか!」


 という声に足をとめる。二人は騒いでいるやからが晁蓋の仲間である事はすぐに見当けんとうがついたので気配けはいを殺して建物たてものに近付く。中では武器を持って激高げきこうしている男が四人にそれをいさめようとしている女が一人。女のこしには子供がしがみついている。


「あんた。晁蓋様が言っていただろう。無茶むちゃはやめとくれ」

晁天王ちょうてんのうや先生達が危険なんだ! 何が無茶なものか!」


 林冲と楊志は状況じょうきょうさっして顔を見合みあわせて苦笑くしょうした。


(なるほどな。立場が逆ならと考えると気持ちは分かる)

(まぁな。しかし実際じっさいその時に役目を果たすのは俺と義兄あにきだ。俺達がここにいる以上晁蓋達はまだ無事なんだがな)


「さっきの騒ぎが聞こえたろう! あれはきっと俺達とは無関係じゃない! 急がないと手遅ておくれになる!」

「急いだばかりに手遅れになる事だってあるんだよ! あんたにもしもの事があったら私とこの子はどうするんだい!」


 男の妻と思われる女は屈強くっきょうな男達四人を必死ひっしに食い止めている。


「だからそうなる前に王倫の野郎やろう仕留しとめてやるんだ」

馬鹿ばかをお言いでないよ! 腕っぷしがちょっと強いだけの漁師りょうしが」

「な、何ぃ」

「ここは山賊さんぞくとりでなんだろ? あんた達だってかなわない相手がいるかもしれないじゃないか! 向こうが泳ぎやもぐりで勝負してくれるとでも思うのかい!?」


(義兄上を仕留めるという発言はつげんは面白くないな)

(確かにな。そろそろ止めるか?)

(そうだな)


 林冲と楊志が動こうとしたその時、


「何言ってやがんでぃ! こっちは生辰網せいしんこうをあの青面獣せいめんじゅうの楊志から奪ったんだぞ」

「またそれかい。しびぐすりでだろ! 腕前うでまえは関係ないじゃないか」


 というやり取りになりそこに劉唐りゅうとうってはいった。


「元々は晁天王と俺達四人の五人で楊志をるはずだったんだ。先生に万が一があれば計画に支障ししょうが出るからと止められたが、実際じっさいやっていれば勝っていたに決まってる」

「そうだ! 劉唐もっと言ってやれ!」


(あ……)


 林冲は楊志を見る。楊志は梁山泊入山までの経緯けいいでも分かるように自尊心じそんしんが高い。


(……ほほう。そんな計画だったのか。いい事を聞かせてもらった)

(よ、楊志落ち着け)

(俺は冷静れいせいだよ義兄。その証拠しょうこにあいつらがその計画できてくれた方がこっちにとって有難ありがたかったと教えてやれる。……義兄は手を出さないでくれ)


 林冲はやれやれといった表情で、


(仕方ない。やり過ぎるなよ?)


 と、楊志を信じて見守る事にした。もちろん危険になるようなら迷わず飛び込むだろうが、楊志と林冲を同時に相手するなど腕の立つ武芸者であっても不幸であるとしか言えない。


随分ずいぶんと元気があまっているお客人きゃくじんだ。よければ疲弊ひへいするのに協力しようか?」


 楊志は無遠慮ぶえんりょんでいき言い放つ。


「な、なんだてめぇ!」


 林冲も後に続く。


「……他人様ひとさまの家で家主やぬし悪口わるぐちを大声で叫ぶのは遠慮えんりょした方がいい」


 だが林冲はあくまで入口をふさぐ様に位置いちをとるだけだ。楊志が軽口かるくち挑発ちょうはつする。


「おいおい。だれだとはご挨拶あいさつだな。自分達が痺れ薬をった相手をもう忘れたのかい?」


 その一言で四人の緊張感きんちょうかんが一気に高まった!

 阮小二げんしょうじは自分の前に立ち塞がっていた妻としがみついていた子供を素早すばやく自分の後ろに移動させ、それをかばうように劉唐、阮小五げんしょうご阮小七げんしょうしちが前に出てくる!


北京大名府ほっけいだいめいふの楊志! さ、さっきの騒ぎは官軍が来やがったってのか!」


 梁山泊の楊志とは当然なる訳がない。林冲の忠告もそれと結びつけて考えられなかった。四人は武器を持っていて楊志と林冲も武器の所持しょじを王倫に許されている身。武器を持った者同士が出会えばこうなるのは必然ひつぜんなのか。


「く、くそ! 捕まってたまるか!」


 梁山泊の楊志と事情じじょうを知らない四人との屋内おくないでの戦いが始まった。

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