第三十四回 誤解

 王倫おうりんに対して呉用ごよう本音ほんねで話す事を提案ていあんし王倫もそれを了承りょうしょうした。だが呉用の心中しんちゅうはいまだおだやかではない。それは王倫という男を読み違えていたため自分の失策しっさくとして認識にんしきしていたからだ。相手は本音で話すとは言ったものの、晁蓋ちょうがい達と違って使える手札てふだはまだあるだろうと呉用は考えていた。


(こちらは丸裸まるはだか同然どうぜん。対して相手はまだよろいの一部分を外したに過ぎぬ。それは向こうも分かっているだろう。その油断ゆだんにつけ込んで相手の失策をみちびくのが有効か)


 呉用は王倫を慎重しんちょう用意周到よういしゅうとうな性格と見たが、同時に外交がいこう相手あいてとしてはやりにくい相手である事も認識している。


「呉用先生」


 晁蓋が呉用に呼びかけた。


「? なんです晁蓋殿?」

「先生は王倫殿をねんたおそうとでもしているおつもりか? 顔に出ておりますぞ?」


 晁蓋が笑いながら言うと呉用は思わず両手で顔を確認してしまう。そしてそのまま硬直こうちょくし……我に返って指の隙間すきまから晁蓋を見た。


「わっはっは。我等われらは王倫殿を頼らせてもらわねばならぬ身。開き直って全て正直に話してしまおう」


 呉用は一気に肩から力が抜けた。


(そうだった。我等が命を預けた晁天王ちょうてんのうとはこういうお人だったな)


 そして呉用がうなずくと晁蓋が王倫に向かい話し始める。


「王倫殿。すで把握はあくされているのでしょうが私とその仲間は役人に追われています。先程さきほどまねかねざる客が来たと言われましたが、それは私達の追っ手だったのではございませんか?」

左様さようです。あの様子ではすぐに逃げ帰ったのでしょう」


 晁蓋は深く感謝し、


「ではこれもご存知ぞんじなのでしょう。我等が追われる原因となったのは北京太守ほっけいたいしゅ梁世傑りょうせいけつしゅうと蔡京さいけいに贈ろうとした十万貫じゅうまんがん賄賂わいろ強奪ごうだつした為です。我等はこの不義ふぎざいを奪い世の為に役立てようとしたのです」

「そして相談を受けた私が仲間を集め計画を立てました」


 呉用が話に参加してその仲間の一人をしめす。


「その一人がここにいる公孫勝こうそんしょう殿です」

「なるほど。それでうしろにおられるのがほか方々かたがたという訳ですな?」

「そううしろ……え? 後?」


 王倫に言われて晁蓋達は振り返る。そこには……


「晁天王すみません……ご無事そうで良かったです」


 二人の男に連れられて劉唐りゅうとうげん三兄弟、阮小二げんしょうじの妻と子供が入ってきていた。一部の者は薄汚うすよごれ、また一部の者には顔にあざがあったりもして晁蓋は嫌な予感がする。それは呉用と公孫勝も同じようだ。


「お前達その姿は……」

「晁蓋様きいておくれよ!」


 阮小二の妻がいきさつを話した。息巻いきまいて四人が突っかかったもののたった一人に軽くあしらわれ、大人しくなった所でここに案内されたと。


「だからあれほど騒動そうどうは起こすなと……!?」

「やはり公孫勝殿に残ってもらった方が……!?」

「いや、ワシは……!?」


 三人の視線が一人の男の顔に集中した。


「な、まさか青面獣せいめんじゅう楊志ようし……殿か?」


 晁蓋がふるえた声をしぼり出す。楊志は


「またお会いしましたな。そのせつはどうも」


 軽く会釈えしゃくし、もう一人の男と共にその横を通り過ぎそれぞれ王倫の両脇りょうわきに移動した。口をぱくぱくさせたり目を白黒させたりしている晁蓋達の様子を見て、副頭目ふくとうもくの中にはこみあげる笑いを必死にこらえている者もいる。


「な、なぜ楊志殿がこの梁山泊りょうざんぱくに!?」


 晁蓋は困惑こんわくしていたが、一人ひとり真相しんそうに気付いた。


「そうか。そういう事だったのか!」


 呉用だ。何やら一人で納得なっとくしている。


「なるほど。それなら全ての辻褄つじつまが合う」

「先生、どういう事です?」


 呉用は少し間を置いて、


「楊志殿は北京大名府ほっけいだいめいふ武官ぶかんなどではなかった。おそらく最初からここ梁山泊の一員いちいんだったのです」

「! だからすぐに手を回せたと!?」


 呉用は震えながら多量たりょうあせをかいていた。


(まずい! だとするなら)


「その通り!」


 王倫が言ったその声に呉用は威厳いげんを感じる。


「い、いかん! 皆晁天王をお守りしろ!」

「くっ! 俺達を軽傷けいしょうですませたのにはやはり裏があったのかよ!」


 呉用はみずからも晁蓋を守るように位置取いちどり、他の者も囲むように移動するが全員ぜんいん丸腰まるごしだ。


「奪った生辰網せいしんこうを奪われた相手にご丁寧ていねいに届ける事になってしまったのか!? 苦しむ者をすくえずにここで終わると?」


 晁蓋はショックを受けている。だが一人だけ楽観的らっかんてきな意見をべた。


「ワシはそうなる気がせんのですが」


 公孫勝だ。確かに最大限警戒している晁蓋達とは対象的たいしょうてきに王倫達は先程と変わらない。


「固いきずなのようですな。まぁ我等も負けてはおりませんが。この楊志は義弟ぎていでして呉用殿の言われたように生辰網を強奪する目的で北京に潜入せんにゅうしていたのです」

ほか勢力せいりょくにも十分警戒していたつもりだったが見事みごとに薬を盛られてしまった。後でその仕掛しかけを教えて欲しいものだ」


 王倫は今度は林冲りんちゅうを紹介した。


「林冲です。義兄上あにうえ義弟おとうとにもしもの事があれば私が承知しょうちしなかった」


 晁蓋と呉用はその名にビクリと震える。


「まさか禁軍きんぐん槍棒師範そうぼうしはんだったあの……?」

「!? げえっ!?」


 劉唐と阮兄弟が悲鳴ひめいをあげた。


「私の自慢じまん義弟おとうと達でさい練兵れんぺいは全部任せております。晁蓋殿達がこちらに害意がいいいだかなければこちらも何もしない事をお約束しましょう」


 王倫はいたずらっぽく笑って見せる。


「は、ははは。これでは今更いまさらじたばた出来ようはずもありませんな」


 一度目の遭遇そうぐうの時は梁山泊を出し抜いた晁蓋達だったが、二度目の遭遇では梁山泊に軍配ぐんばいがあがった。

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