第二十五回 手がかり

 生辰網せいしんこう強奪ごうだつする事が出来なかった梁山泊りょうざんぱくでは、山寨さんさいの開発を行いながらもその行方ゆくえつながる情報を探っていた。だが行方を探しているのは梁山泊だけではなく、北京大名府ほっけいだいめいふ梁世傑りょうせいけつもそれ以上の必死さで手がかりになる情報を追っていたのだ。


 なぜなら梁山泊からすれば生辰網を奪いそこねはしたものの、実際じっさい被害ひがいはなく置いていかれた荷車にぐるまや馬、撤退時てったいじには邪魔じゃまになるので捨てられた武器などを入手。さらに実戦じっせんにおける緊張感きんちょうかんを手下達に体験させる事もできたので、得られたものはあったと言える。


 しかし梁世傑にとっては生辰網という賄賂わいろを失い、武器や資材しざいを失い、あまつさえ目をかけた『指揮官しきかん』すら『官職かんしょくを捨てて逃亡』したようで戻ってこない。つまり全損ぜんそんなのだ。


 索超さくちょうは梁世傑に対して楊志ようしはそんな男ではない。きっと責任せきにんを感じ個人で首謀者しゅぼうしゃを突き止めようとしているとかばったが、梁世傑はそんな話を信じようとはしなかった。有力ゆうりょく情報じょうほう提供者ていきょうしゃには報酬ほうしゅうを出して強奪した犯人を探し出そうとまでしている。これは王倫おうりんには打てない手であった。


 梁山泊はわざと相手の作戦に引っかかり強奪犯とは無関係だと思われている。これがもし金を出してまでその行方を探しているとなれば、いらぬ警戒心けいかいしんいだかれ間違まちがいなく厄介事やっかいごとになるからだ。


 王倫の言った『誘惑ゆうわくあらがえない者』とは生辰網強奪事件以降、生活ぶりが変わる人物をさしていた。


 十万貫もの財宝を少人数で持っての逃走とうそうは難しい。だから逃走するよりそのままの生活を続けるのではないか。しかし手に入った大金をまるで最初から無いかのごとつつましく生活できる人間がどれだけいるだろう。


 王倫は首領しゅりょうとして横暴おうぼう振舞ふるまっていた体験たいけんから、強奪犯の情報は遠からず必ず出てくると読んでいた訳である。


 そんな中、梁山泊では杜遷とせんが気になる話を仕入しいれたと王倫の所に来ていた。


金回かねまわりの良い博打ばくちうちだと?」

「ええ、賭博とばくに参加したという客が他の客にそう話をしているのを聞きました」


 金回りが良いという部分で判断するには安直あんちょくすぎると王倫は思う。しかし杜遷がそれだけで自分に話を持ってきたとも思わない。


「それで?」

「なんとなく引っかかったんで酒をおごってくわしく話を聞いたんですが、その客はかなり負けがこんでたようなんですよ」

「ふむ」

「それでも負けた金額を全額払い、取り返してやるからまだ勝負させろと食い下がったそうです」

「ほう。金のあてでもあったのか?」

「それが…… その客が言うにはただの博徒ばくとが持つには似合わない『宝石ほうせき』を出したそうで」

「何?」


 王倫のまゆがぴくりと動いた。生辰網は十万貫の『価値かち』のある物だ。金子きんすもあったかも知れないが当然それ以外もあっただろう。


 だが『それ以外』は現状で換金かんきんするのは危険がともなうはずだ。普通の生活を同じ場所で『よそおう』ならほとぼりが冷めるのを待つ必要がある。『そこ』から足がつくのをけるために。


 しかし。もし関わった人物が博打好きで熱くなりやすい性格だったら? 計画を立てた人物、もしくはまとめている人物とは同一どういつではないとしたならば?


「……それが生辰網の一部の可能性……」

「やはり頭目とうもくもそう思いますよね?」

「賭博があった場所は?」

黄泥岡こうでいこうの近くにある村だそうです」


 王倫はすぐさま立ち上がり机に地図を広げて確認する。


「! 楊志が被害にあった場所からそう遠くないな」

「はい。すでにその人物を調べる様に手下てしたを向かわせておきました」

「!?」


 その言葉に王倫は固まり、ぎこちない動きで顔だけ杜遷に向けた。


「あ、あの、頭目?」


 怪訝けげんな顔をする杜遷。王倫は脱力だつりょく椅子いすに腰を落とす。


「報告かと思えば事後じご報告であったか」


 そしてそのまま愉快ゆかいそうに笑いだした。


「杜遷よ。友として見事な成長ぶりをうれしく思うぞ。おかげでとかげのしっぽ、つかめるかもしれん」

「とかげのしっぽならちぎれなきゃいいですけどね」

「はははは。全くだ。そうなる前に身体をおさえなくてはな」


 二人は固く握手あくしゅわす。

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