第二十六回 掴んだ尻尾

 杜遷とせんから手がかりになるかもしれない情報を得た王倫おうりん。今度は自身が気になる話を聞く事になった。その話題はりょう担当たんとうしている責任者との会話で出たのだが……


「調子はどうだ?」

「あ、これは首領しゅりょう。おかげ様で順調じゅんちょうそのものです」

「それならば良い。近隣きんりんの村などとも衝突しょうとつは起きていないな?」

「それはもう。地道じみちな努力が実を結んだのか中々なかなかこちらを信用しなかった石碣村せっかそんも少し前からやっと協力的になりまして」

「何?」

「まぁ一部の者……というかそこに住む兄弟が声高こわだかにこちらを批判ひはんしていたんですが、急に大人しくなってくれたせいでしょう」

「そんな兄弟がいたのか?」

「ええ、『げん』三兄弟というのですが、急に態度たいど一変いっぺんさせた我々われわれに何か裏があると勘繰かんぐっていたのです」


 それは仕方しかたないとも王倫は思う。今までが今までだったのは当事者の自分がよく分かる。


「とは言え……阮三兄弟、か」


 急に大人しくなったというその時期が引っかかった王倫は、手下にこの者達を調べさせる事にした。


 それからしばらくして事態は急転する。杜遷が手下に調べさせた男が生辰網せいしんこう強奪ごうだつに関わっている線が濃厚のうこうになったのだ。王倫はみなを集める。


「その男、名を白勝はくしょうと言う。地元では博打ばくち好きで知られていて、非力ひりきでこれといった特技もなく、昼間からつまらない悪さばかりしているので白日鼠はくじつそと呼ばれているようだ」

「……そんな男が楊志ようし殿から生辰網を?」

「いや、まるで以前の私みたいなこんな男が単独で楊志を相手にできるとは思えん。一味いちみの一人と見て良いだろう」


 王倫は楊志の怒りをなだめるために言ったつもりだったが、皆梁山泊首領の自虐じぎゃくに上手く対応できずかわいた笑いが出るのみであった。


義兄あにき、その男が黒っていうのは?」

「うむ。賭博とばくで宝石を出したという話をきいて思ってはいたが、随分ずいぶん軽率けいそつなようだ」

「まさか他にも?」

「そのまさかだ。あれではすぐに官憲かんけん(役人)に捕えられるだろう。奴には妻もいるがその妻に自慢じまんげに話しているのを我が手下が聞いた」

「濃厚も何も、自慢して他人に聞かれたのですか……迂闊うかつにも程がありますね」


 林冲りんちゅうあきれる。


「しかしこのままでは妻ごと拷問ごうもんだぞ」


 杜遷が言う。それは王倫の望むところではないのだろう。林冲と楊志も意図いとに気付く。


義兄上あにうえ、私が行きます!(自分にも妻がいるので妻まで拷問されるのはしのびない)」

「義兄! 俺に任せてくれ!(汚名おめい返上へんじょうしたい)」


 二人が同時に名乗りを上げた。王倫は目的をまとめる。


「よし。二人は手下三十を連れて白勝とその妻の身柄みがらをおさえてくれ。ただ状況に余裕よゆうはないと見て良いだろう。さっきも言ったが到着した時にはすでに官憲に先を越されているかもしれん」

「その場合はどうします?」


 王倫は頭の中に碁盤ごばんを置く。官憲が来る前とあとでは状況が変わるが……


「その場合は二人の判断に任せる。もし強引ごういんに身柄をおさえるなら居合いあわせた役人の命は奪ってはならん。手下も腕の立つのを連れて行ってくれ」


 役人が斬られたとなれば捜査そうさの手が執拗しつようびるし過激かげきになる可能性があるからだ。林冲と楊志ならたと不殺ふさつでも問題ないだろう。余計な可能性は考えから排除はいじょしてもらい、あくまで疑心ぎしんは白勝の一味に向けてもらった方が都合つごうが良い。


 王倫の指示で二人の義弟ぎていはすぐに行動を開始した。

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