第百一回 芒碭山

 その部屋には三人の男がいる。四角い机を囲んでいたが中央の男が突然短くうめいた。


「う!?」


 軽く頭をおさえる仕草しぐさに両脇の男達が心配して声をかける。


「首領!?」

「どうしました!?」


 首領と呼ばれた男は軽く頭を振り口を開く。


「何も見えなくなった。……偵察ていさつに向かわせた者が指示を無視した」


 その口調くちょうには手下を心配している様子は見られない。


 ここは芒碭山ぼうとうざん。首領の樊瑞はんずいに両脇の男達は副首領の項充こうじゅう李袞りこんだ。


※樊瑞

あだ名は混世魔王こんせいまおうで、さわがす魔王を意味し、若年じゃくねんながら方術ほうじゅつを身につけた黒衣こくいの道士である彼の力を畏怖いふして付けられた。剣撃けんげき流星鎚りゅうせいついなどの武芸や、用兵術ようへいじゅつにもけている。


※項充

飛刀ひとう名手めいしゅで背に二十四本の飛刀をはさんでいた。他に、団牌だんぱい(円形のたて)や投げ槍の技にも優れておりあだ名は八臂哪吒はっぴなた哪吒なたとは民間で信仰しんこうされていた毘沙門天びしゃもんてんの三男。


※李袞

あだ名は民間信仰に登場する神、飛天大聖ひてんたいせい。項充と同じく団牌の名手であり、百歩先の的に狙って投げれば百発百中という投げ槍の腕前を持つ。戦場では遠くの敵には背に差した二十四本の標鎗ひょうそうとうじ、接近戦せっきんせんとなれば右手に持った飛剣をもちいる。


梁山泊りょうざんぱくに気付かれたんですかね?」


 李袞の問いに首を振る樊瑞。


こうの為に自ら接触せっしょくしようとしたようだ」


 それを聞いて項充が毒づく。


「勝手に動くなとあれほど!」


 樊瑞達は自分達の名をあげる為に梁山泊を討伐とうばつする事を考えていた。その為の布石ふせきとして道具に特別な術をほどこし手下に持たせ、芒碭山にいながらもまるでその場を見ているかのごとく状況を把握はあくしていたのである。しかしその手下達は勝手な行動をとり捕縛ほばくされ何もわからなくなってしまった。


「完全な人心掌握じんしんしょうあくは難しいという事だな」

「このままだと我等われらの事がばれるのでは?」


 その言葉に樊瑞は笑う。


「時間の問題かもしれん。だがすぐに動けば梁山泊も対応できまい」

「! では……」

「この俺の術にお前達がそろえば負ける事など考えられん」


 樊瑞。幼い頃役人の横暴おうぼう唯一ゆいいつの身内を失い復讐ふくしゅうしようとして失敗し、生死をさまよう大怪我おおけがう。その時ある老人に助けられ奇跡的きせきてき一命いちめいをとりとめた彼は、そのままその老人と過ごす。老人は生きるすべを彼に教え、彼もまたその老人を師匠としたった。


 やがて樊瑞は師匠より道術をさずかる事になる。師匠は決して悪用はしないようにと彼を導き、彼もまたそれにこたえどんどんと教えを吸収していく。だがそんな幸せな時間も長くは続かず師匠は老衰ろうすいでこの世を去ることになり、樊瑞は世の乱れを正すため師匠と長年暮らした山をおりる決断をした。


 その後この芒碭山にこもり街に出ては不当ふとうな役人を斬りしいたげられる弱い者の味方をしたのである。樊瑞を捕らえる為に役人も派遣はけんされたがその道術の前に返り討ちにされ、しり込みするようになってしまった。代わりにその噂を聞きつけた追われる者が一人、また一人と芒碭山に逃げ込むようになり一大勢力をきずくにいたったのである。


 項充と李袞もその中の一人であった。


「我等の世直しの為にまずは梁山泊を叩く!」

「「おう!」」


 だがその時である。部屋の中にはいつの間にか彼等三人の他にもう三人がいた。


「うちにいらぬ客人きゃくじん寄越よこしたのはそなたらであろう」

「「「!!」」」


 芒碭山の三人の反応ははやく、それでいて阿吽あうんの呼吸のように連携れんけいして動く!


「か!?」


 話していた老齢ろうれいの男をまとめ役と判断するやそれと同時に羅真人らしんじん顔面がんめんや首、上半身には無数むすうの刀と槍が突き刺さった! 羅真人はどうと音を立ててその場に倒れる!


「!?」


 武器を構えようとした瓢姫ひょうきにも羅真人と同じく項充と李袞の飛び道具が襲いかかっており、全身にそれを受け、最後は間合いを詰めた項充の飛刀で斬られた。


「……ごめん爸爸ぱぱ……」


 くずれ落ちる瓢姫。公孫勝こうそんしょうだけはかろうじて樊瑞達から距離を取る事が出来た。


「師匠! 姫様! お、おのれぇ!」


 公孫勝は両手の指先を動かしながら何やらつぶやき取り出した巻物のふうを切る! 中からは巨大なとらの様に見える何かが飛び出した!


「うおおっ!?」


 項充と李袞は一瞬いっしゅんひるむ。だが……


「……ふん」


 一瞥いちべつした樊瑞が同じ様に何やら呟き巻物を広げると、中からはりゅうの様に見える何かが飛び出し虎に巻き付く! められみつかれる公孫勝の出した虎。


「……がはっ!」


 そのまま龍が虎を粉砕ふんさいすると、術者じゅつしゃであった公孫勝は口から大量の血をきその場で絶命ぜつめいした。部屋には静けさが戻る。


「さすが首領。見事なものです!」

「お前達の腕前もな。梁山泊、我等に気付いた点は見事だがこの程度なら問題なさそうだ。すぐに俺達にくだらせてやろう。出陣しゅつじんだ!」

おう!」


 樊瑞達は返り討ちにした梁山泊の刺客しかく、羅真人、公孫勝、瓢姫の遺体を前にその士気を上げた。

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