第三十六回 王倫の才

 梁山泊りょうざんぱく一角いっかくにある長屋ながや。作戦会議後に晁蓋ちょうがい達はそれぞれ部屋をあてがわれ(とりあえずの処置しょち)、晁蓋の部屋に集まっていた。話題は梁山泊とその頭目達についてである。阮小二げんしょうじの妻と子供は参加していない。


 晁蓋は素直に驚きを口にするが、呉用ごように関してはそれ以上であった。


「全く。聞くと見るとでは大違いではないか。この呉用、世紀せいき大失態だいしったいを演じる所でござった」


 呉用の言葉に阮兄弟がばつの悪そうな顔をする。梁山泊には石碣村せっかそんの人間も何人か移住いじゅうしており、その知人と偶然ぐうぜん出会であい梁山泊の心地ごこちの良さと王倫おうりん素晴すばらしさを熱く語られ彼らの疑心ぎしん否定ひていされたのだ。


「まさかそんな人が変わったかの様なおこないをしていたとはとても信じれませんで……」

「あの豹子頭ひょうしとう青面獣せいめんじゅうまでもが義弟ぎていになって忠心ちゅうしんくしているのだ。もはや疑いようはない」


 晁蓋がふと口をはさむ。


「青面獣と言えば、どうだったのだそのうわさ腕前うでまえは?」


 無口むくちになる劉唐りゅうとうと阮兄弟。呉用が笑いながら言う。


「万が一を考えて止めて良かっただろう? この心配性しんぱいしょうもまんざら捨てたものではない」

「……はぁ。正直しょうじき世間せけんは広いと思いましたが同時に世界はせまいのかなとも」


 晁蓋があきれる。


「なんだそれは」

「だって晁天王ちょうてんのう。一人でもあんな使い手なのに、すぐそばにももう一人いてそれが義兄弟っていうんですよ? そんな偶然ぐうぜんそうありますか?」

「ふむ」

「……この梁山泊ならそういう事が起きても不思議ではありませんな」


 公孫勝こうそんしょうが感じていた事を口にした。


一清道人いっせいどうじん

「来た時から感じていましたが、この場所は良い気が満ちている。まだまだ色々いろいろ起きるかもしれませんぞ。ワシが賛同さんどうしたのもこれが理由」

「お、俺は晁天王のやる事にはしたがいますぜ」


 劉唐が晁蓋優先の自分の考えをべる。


「だがその中心はやはり王倫殿だろう。彼があれほど戦略せんりゃく戦術せんじゅつけていたとは私もうかうかしていられません」

「ほう。天下の呉学究ごがくきゅう殿をしてそう言わせますか」

「言わせるも何もあの梁山泊の模型もけいなるものを見たでしょう」


 王倫は作戦さくせん立案りつあんの為にある仕掛しかけを披露ひろうしていた。かべにあるそれを作動させると天井てんじょうから梁山泊とその周辺を立体化りったいかさせた『模型』が降りてくるのだ。丁寧ていねいに色分けされており、それを見れば現在どこに何があるかなども一目でわかる。また今後の方針ほうしんを考えるのにも大いに役にたつ代物しろものであった。


「あれは見事みごとでしたな。まるで美術品びじゅつひんのようでしたぞ」


 晁蓋は思い出して賞賛しょうさんしたが対して呉用は首を振る。


「美術品などではござらぬ。あれは間違いなくこの梁山泊の生命線せいめいせんになるもの。地図の比ではござらん。見ただけで口封くちふうじに消されてもおかしくない」

「!? そ、そんなものを王倫は俺達に見せたっていうんですかい?」

「それだけではない。王倫殿が楊志ようし殿を北京ほっけい潜入せんにゅうさせた目的は生辰網せいしんこう強奪ごうだつの為だけでは無かったのがあれを見て分かった」

「どういう事です先生?」


 呉用は王倫が示した作戦を改めて説明し、


「今度の戦い、我等われら完璧かんぺきに勝利するのは疑いようがない。相手が北京ほっけい大名府だいめいふの軍と読んでいたのは私も同じだ。あの模型を使い示された動きをすれば勝てる。しかし勝因しょういんとなるのは模型ではない」


 一呼吸置いて核心かくしんを付いた。


「王倫殿はここまで見越して楊志殿を潜入させていた。北京の情報も同時に詳細しょうさいに掴んでいるはず。その部隊ぶたい編成へんせいから大将の性格までをも組み込んで立てた作戦なのだあれは」


 呉用が話終わると部屋は沈黙ちんもくつつまれる。実はこの呉用の頭脳ずのうをもってしても分からない事がひとつだけあった。


(王倫殿が機密きみつとも言える情報を公開したきっかけ……晁蓋殿が北斗七星ほくとしちせいの夢を説明した後からだと思うのだが何があったというのか……)


 こればかりは王倫が変わった根底こんていを知らない彼にはまだ解明かいめいできないなぞであろう。

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