第十二回 夢で見た男

 その日、王倫おうりん各部署かくぶしょから上がってきた報告ほうこくに目を通し、改善かいぜんできそうな部分などは添削てんさくしたり修正しゅうせいしたりする作業をしていた。


(皆良くやってくれている。成果せいかが目に見える様になってきた事は大きい。だが……それはこの山寨さんさいの長所と短所を浮きりにさせたとも言える。長所はこのまま伸ばせばよいが短所をおぎなうにはそこに適正てきせい人材じんざい配置はいちせねばならない)


「……ないものねだりか。とにかく今は出来る事を確実にやっていくしかないか」


 王倫はあれから自分が殺される夢を見ていないので、この生活がそれを回避かいひする方法で良いのではないかと思うようになっている。なのでもうひとりとうでを高くばしてからふでを取り、重要な報告を竹簡ちくかんへとまとめる作業の続きをやろうとした。するとそこへ杜遷とせんが息を切らせながらやってくる。


頭目とうもく! お客人きゃくじんです。柴進さいしん殿からの紹介状しょうかいじょうを持っていました」

「何? 柴進殿から?」



 ※柴進


 北宋ほくそう前代ぜんだい王朝おうちょうである後周こうしゅう皇帝こうてい末裔まつえい。宋王朝に禅譲ぜんじょうした経緯けいいから、その子孫である柴進の滄州そうしゅう横海郡おうかいぐん広大こうだい邸宅ていたくは、皇帝から丹書鉄券たんしょてっけん(お墨付すみつき)を与えられている。一種の治外法権ちがいほうけんを認められ、様々さまざま食客しょっかくやしなわれていて王倫とも親交しんこうがあった。



「柴進殿の紹介とあれば会わぬ訳にもいかないだろうな」

「へっへっへ。飛び上がって驚く程すごい人が来たんですよ?」

「ほ……う?」


 うながされ他の副頭目と一緒に入ってきた男を見るなり、王倫は持っていた筆をおとしてしまい着ている白衣はくいすみがついてしまう。だが彼の目線はその男の顔からはずれる事はなかった。いや、外す事が出来なかったのだ。


「おはつにお目にかかります。それがし林冲りんちゅうもうす者。柴進殿の紹介で是非ぜひ梁山泊りょうざんぱく末席まっせきに加えていただこうとやってきた次第しだいであります」


 夢で王倫を殺した人物にそっくりなその男は林冲と名乗った。王倫は


「ついにきたか!!」


 と飛び上がって驚きそうになる衝撃しょうげきを必死におさえて、


「林冲……まさか八十万はちじゅうまん禁軍きんぐん槍棒そうぼう師範しはんりん教頭きょうとう殿どのか?」


 顔は知らなかったが名は聞いた事があったのでそうたずねた。



 ※八十万禁軍


 禁軍は宋代の皇帝直属の中央の軍の事。地方軍は「廂軍しょうぐん」。八十万とついているが当時はこれだけの人数はいないと考えられる。



 相手は武勇ぶゆうに関してはとんでもない有名人ゆうめいじん下手へたをすれば予知夢よちむの内容が実現するのも納得なっとくだった。


(もし追い返そうとしても力ずくでは無理な相手だな)


 さらに王倫は山寨さんさいでは丸腰まるごしだ。何も知らない副頭目三人は歓迎かんげい雰囲気ふんいきだが、今の王倫ならその気持ちは分かる。彼は打つ手を間違えない様に慎重しんちょうに言葉を選ぶ。


「……まずは柴進殿の紹介状を見せていただこう」


 言葉少なく端的たんてきにそう言った。林冲から手紙を受け取った朱貴しゅきがそれを王倫の所に持ってくる。彼も王倫が手放てばなしで喜ぶと予想していたのかやや戸惑とまどいの表情を見せているようだ。


(三人共私が首領しゅりょうの座を追われる事を警戒けいかいしているのではと思い当たった感じか?)


 とりあえず副頭目を目線から外し手紙を読む。そこには


 首都しゅと開封かいほうで禁軍の教頭として妻と暮らしていたが、その妻を上司である高俅こうきゅう養子ようし高衙内こうがない横恋慕よこれんぼされてしまった事。


 親友が高衙内に協力し、高俅にわなめられ滄州へ流罪るざいとなった事。護送中ごそうちゅうも命をねらわれ柴進が保護ほごしていたものの流罪先でも狙われ、結果けっか刺客しかくや親友らを斬った為逃亡させる運びになり、柴進が仲介ちゅうかいして梁山泊を紹介した事などが書いてあった。


 たして王倫は夢で自分を殺した相手にどういう対応たいおうをみせるのであろうか。

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