第十三回 豹子頭林冲

 梁山泊りょうざんぱくにやってきた人呼ひとよんで豹子頭ひょうしとう林冲りんちゅうという男は禁軍きんぐん槍棒師範そうぼうしはんだった過去を持つ、何をかくそう王倫おうりんが夢で見ていた相手だった。それはつまり対応たいおうあやまれば死に直結ちょっけつする可能性がある場面がきたと言える。柴進さいしんからの手紙を読んだ王倫はまずはねぎらいの言葉を口にした。


随分ずいぶんつらい経験をされてきたようですな」


 これはいつわりない。以前の彼ならばすでに林冲の入山にゅうざんをどうやって断ろうか頭がいっぱいで余裕よゆうのない状態であっただろうが、現在の彼は視野しやが広がった事実に加え、北斗星君ほくとせいくん南斗星君なんとせいくんの自分への肩入かたいれが心の余裕を生み出していた。


 さらに夢で見ていた分、何度も色んな展開てんかいを考える事が出来ていた王倫は慎重しんちょう最適さいてきな答えを探そうとする。


(今なら御二方おふたかたおっしゃっていた話がよく分かる。確かにこの林冲が嫌がりそうな事はすぐ思いついた。しかしこの局面きょくめんではどれも悪手あくしゅになるな)


「まずは林冲殿を労いたく思います。その席で都で何があったかなど詳しく教えて頂きたい」


 王倫は朱貴しゅき杜遷とせん宋万そうまんと林冲をもてなすささやかなうたげを開き身の上に起きた話を聞いた。内容は柴進からの手紙とあまり変わらなかったが、新たに分かった事と言えば林冲はをしないというくらいのものである。宴の後は用意した寝所に林冲を案内させた。


 王倫は一人ある場所へ向かう。


天命殿てんめいでん』と名付けられたその小さな建物は王倫の命で建てられ、考えごとをする際はそこを利用している。場所は桃と瓢箪ひょうたんの木のほど近く。


 王倫は扉を開け部屋の中央で奥に向かい座る。


「……ついに夢の男が現れましたぞ」


 語りかけた部屋の奥には一点の絵画かいがとその両脇りょうわきに二体の木像もくぞうがあった。


 絵画の題目だいもくは『両星君対局之図りょうせいくんたいきょくのず』。その名の通りで対局する『北斗星君』と『南斗星君』をいたものだ。木像ももちろん北斗星君と南斗星君を偶像化ぐうぞうかしている。絵師えしと職人にかなりの駄目出だめだしを繰り返しながらつくらせたもので、


「まるで会った事があるかのごとく細かく指示を出されるのでとても困惑こんわくしましたが、とても良いものができました」


 とは関わった絵師と職人の言葉である。実際に助けられた王倫からすればこの神に心酔しんすいするのは無理なき事といえよう。桃と瓢箪の世話に加えて毎日欠かさず礼拝れいはいを行っていた王倫にはある種の風格ふうかくまでも身に付きつつあった。



(さようなら旦那様だんなさま。どうか私を許してください……)


 だが翌日の王倫の目覚めは決してさわやかなものではなかったようだ。そう、久しぶりにみょうな夢を見たのである。


(なぜ女が自決じけつする夢を私が見るのだ?)


 女は知っている顔ではなかったし、そもそも彼は独身どくしんだ。しかし何かが引っかかった王倫は部屋の碁盤ごばんの所へ行き深くゆっくり呼吸をしながら石を並べ始めた。この行動は南斗星君の助言じょげんを元にしている。


 気になったのは夢の内容もだが見た時期じき。自分と関係のなさそうな夢をなぜ林冲が訪ねてきたその夜に見たのか。黒と白の石を交互こうごに置きながら考える。やがてある事実に気付いた。


「あの女が何を言っていたかはっきりと覚えている」


 夢の会話。これも南斗星君が言っていた事。もしこれが予知夢よちむたぐいと考えたならば遠くない先に起こる出来事を意味している。王倫は白の碁石ごいしをパチンと碁盤に打ち朱貴を部屋に呼んだ。


「朱貴、参りました」

「うむ。林冲殿の様子は?」

「やはり疲れていたのでしょう。まだぐっすり眠っておいでです」

「そうか。朱貴よ、お主に頼みたい仕事がある。火急かきゅう要件ようけんだ。これはお主にしか頼めん」


 怪訝けげんな顔をする朱貴に耳を貸せと言い何事か伝える。


「!!」

「そういう訳で頼む」

「承知しました。すぐに」

「うむ。それと杜遷をここへ頼む」


 朱貴は部屋から出ていき今度は杜遷がやってきた。


頭目とうもく、私に用とか」


 いつも通りの雰囲気ふんいきでやってきた杜遷。だが王倫は気付いているのに何も言わない。


「あの…… お頭?」


 突然王倫は杜遷の前でひざまずいた。


「すまぬ杜遷!」

「え?え?ちょ……」


 困惑こんわくする杜遷。


「これから話す事。山寨さんさいの副頭目としての杜遷としてではなく、共にここで旗揚はたあげした我が『友』杜遷として聞いてもらいたい」


 王倫と杜遷は元々もともと友人で、のちに朱貴と宋万が加わり現在の勢力に成長をげた経緯けいいがある。付き合いは一番長いのですぐに事態じたい深刻しんこくさに気付き話を聞くのだった。

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