第十四回 林冲排斥(りんちゅうはいせき)

 林冲りんちゅううたげねぎらわれた翌日の起床後きしょうご王倫おうりんが待っていると伝えられ彼のいる部屋を訪ねる。その部屋にはすでに副頭目ふくとうもく杜遷とせん宋万そうまんもいた。


「おお林冲殿、昨日は休めましたかな?」

「はい。おかげさまで追手おってを気にせず休むことができつい寝過ぎてしまいました」

「それは良かった。実は入山の件でお話をと思いまして」

「それは……それで私を受け入れてもらえるのでしょうか?」


 王倫は満面まんめんみになり、


勿論もちろんですとも。林冲殿には我がさい練兵れんぺいをお願いしたいと思っています。ですがまずそれとは別に……」


 仕事の内容を説明しようとしたがそれは突然の大声でさえぎられた。


「おかしら! 私は林冲殿の入山に反対です!」


 杜遷だ。


「な、何を言うか突然。しかも林冲殿の前で。失礼ではないか」


 王倫は驚いて杜遷と林冲を見る。林冲も驚いているようだ。最初に会って事情を話して歓迎かんげいする意思いしを示したのが副頭目達なのだから当然とうぜんだろう。宋万もあわててなだめる。


「そうだぞ杜遷。なんでいきなり反対だなんて。人が増えるのは歓迎だって言ってたじゃないか」

「お前は何も知らないからそんな事が言えるんだよ宋万!」

「な、何を知らないって?」


 宋万を怒鳴どなりつけた杜遷は今度は王倫をにらむ。


「お頭はな、そこの林冲殿を迎えいれるだけじゃなく第二の頭領とうりょうにするつもりなんだよ! 最初から付き従っている俺達を差し置いてな!」

「な、なんだって?」


 これには宋万もだが林冲はさらに驚いた。


「それはいけません! 私は末席まっせきで十分ですから」


 林冲が宥めようとするが杜遷は止まらない。


大体だいたい禁軍師範きんぐんしはんと言ったってどの程度かとんと怪しいもんだ。練兵位俺達だって出来る」


 今度は矛先ほこさきが林冲に向いた。林冲にとっては完全に飛び火した形だ。


馬鹿ばかな事を言うな杜遷! 林冲殿が本気になったら我等われら一斉いっせいにかかっても相手になどなるわけなかろうが! まずはその暴言ぼうげんを林冲殿に謝罪しゃざいしろ!」

「そうだぞ落ち着け杜遷!」

「はん! だれが。俺を謝らせたいってんなら……」


 杜遷はかべに立てかけてあるぼうを二本取り一本を林冲に向けて投げた。林冲がつかむのを確認し、


「俺を打ちのめして実力を示しやがれ!」


 完全に熱くなっている杜遷。反対にどうしていいやら困っている林冲。


「杜遷! この馬鹿者め! そこまで言うならいいだろう。林冲殿、私が許可しますのでこの者の頭を冷やしてやってください」

「え、ええ? し、しかし」


 戸惑とまどう林冲に杜遷は問答無用もんどうむようで打ちかかった。


「ならこっちからいってやらぁ!」


 だが禁軍師範は伊達だてではなく、その攻撃が林冲に届く事はない。腕前が根本的こんぽんてきに違いすぎるのだ。が、杜遷を攻撃する事にはあからさまに躊躇ちゅうちょする林冲。


「林冲殿、構いませんから反撃を。杜遷もそれでは納得なっとくしないでしょう」


 王倫に言われて仕方なく軽く杜遷の体勢たいせいくずし地面に打ち倒す。だが杜遷は何度も立ち上がりいどみかかった。


「手抜きばかりか! 本当は人を殺す度胸どきょうなんてないんじゃないのかよ!?」


 罵詈雑言ばりぞうごん出鱈目でたらめな攻撃。そして執念しゅうねん


 とうとう林冲は杜遷が動けなくなる攻撃をしてしまう事になった。地面に転がりうめく杜遷。王倫はその杜遷を手下に命じて部屋に下がらせた。気まずい空気に包まれる。宋万にいたっては終始しゅうしおろおろしている。


「すみません。私が此処ここを頼ったばかりに杜遷殿に怪我けがを……」

「いやいや林冲殿は何も悪くありません。しかし仕事の話をする雰囲気ふんいきではなくなってしまいましたな。日を改めてまた明日お願いさせていただきます。よろしいですかな?」

「王倫殿のお心使い有難ありがたく思います」

「ではまた明日使いの者を行かせますので。何、杜遷なら大丈夫。何やら勘違かんちがいしておるようですが、林冲殿も急所きゅうしょは外してくれていたようですし、自分のおろかさにもいずれ気付くでしょう。流石さすが教頭きょうとうですな。期待きたいさせていただきますよ」


 そうして林冲は自分の寝所しんじょへ戻って行き、部屋には王倫と宋万の二人だけになった。


「あんな杜遷は初めて……お頭!? その手はいったい!?」


 固くにぎられた王倫の左手。宋万はそこで初めて手のひらに爪がくい込み、血が流れ出している程の状態に気付いた。


「宋万よ。これから私が言う事をよく聞け」


 王倫は何事かを宋万に命じる。そしてその日をさかいに怪我をして動けなくなっていたはずの杜遷の姿が山寨さんさいから消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る