第六十五回 秦明の指南

 祝家荘しゅくかそうでは次鋒戦じほうせんが始まっていた。三人なので呼称こしょうは次鋒戦でも中堅戦ちゅうけんせんでも副将戦ふくしょうせんでもなんでも構わないところではあるが、祝家荘側は長兄ちょうけい祝竜しゅくりゅう王家村側おうかそんがわ蒙恬もうてんと名乗る秦明しんめい対峙たいじする。


「よし、うりゃあぁ!」


 気合いを入れる祝竜。欒廷玉らんていぎょくはその様子を見ながら考えていた。


(さて、相手はこれまでで一番情報が少ない蒙恬殿。竜よ、得体えたいの知れない相手とどう戦う?)


 対する秦明は棒を持ち悠然ゆうぜんと立っている。


「ふむ。腕っぷしは強そうだ」


 蒙恬がつぶやいた通り祝竜は腕力わんりょくには自信があった。しかし弟の祝彪しゅくひょうには技量ぎりょうの部分でゆずっている部分があり、師範しはんの欒廷玉にはその自慢じまんの部分ですらかなわないのを知っているので弟の祝彪より調子に乗る事はない。


「では構えて……始め!」


 蒙恬は悠然と立っているままだ。祝竜は慎重しんちょうに棒の先を相手に向け中腰ちゅうごしに構える。


(む。竜め)


 欒廷玉はまゆをひそめた。だが同時に蒙恬が口を開く。


「むむむ? ……基本きほんに構えるのも悪くはないが、それは祝竜殿の本来ほんらいの構えではないのではありませんかな?」


 祝竜はびくっとふるえた。欒廷玉はその指摘してきに驚く。


「何を隠そう拙者せっしゃも得意は力技ちからわざでしてな。けたり余計よけい小細工こざいくいたしませぬゆえ、思う存分ぞんぶん力を振るって参られよ」


 豪快ごうかいに笑って見せる蒙恬。慎重に探りながら攻めようとしていた祝竜だったがすでに自身の特徴とくちょう見抜みぬかれたとあってはなすすべもない。


「で、では胸をお借り致す」


 半身はんみになり棒のにぎりも左手を順手じゅんてで顔のやや前方。右手を頭部より後方。全体的に上段に構えた。相手に対してクワを振りかぶる格好かっこうに近いと言えようか。それは完全に攻撃のみに重点じゅうてんを置いた構えであり、とれる選択肢せんたくしも多くないものであった。


「わっはっは。長男というから真面目まじめで慎重かと思ったが中々なかなかどうして。それが貴殿の性格か。嫌いではない、来られよ」

「うりゃああああ!」

「出た! 兄貴あにき全力ぜんりょくろし!」


 祝彪はいきなりの大技おおわざ興奮こうふんする。なぜなら力を乗せた祝竜の一撃いちげきは祝彪が受けると体勢たいせいくずされる為、兄との修練しゅうれんの時は大振おおぶりはけそのすき小技こわざたたむという戦い方が出来ていた。その兄の一撃をこうから受け止められる存在など師範の欒廷玉しか彼は知らない。


 ガガン!


「え……」


 いな、欒廷玉しか知らなかった。


「う、うおぉ!」


 平然へいぜん初撃しょげきを受け止められた祝竜は二撃、三撃と大振りな技を繰り出していく。それはとても連続技れんぞくわざと呼べるようなものではなく、かたかべ強引ごういんたたこわさんとするような格好も何もかもかなぐり捨てたような攻撃のつながりだ。


「う、うそだろ。お、おい虎兄とらにぃ見てるか」

「ああ。兄貴の攻撃を本当に全部真っ向から受け止めているなんて……」


 花栄かえいに負けた祝虎しゅくこ呆然ぼうぜんとしていた。


「ち、違うぜ虎兄。俺が言いたいのはあの蒙恬って人の立っている位置だ」

「何。位置だって? ……そ、そんな」


 祝虎が呆然を通り越して固まる。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


 祝竜はすでに肩で息をしていた。がむしゃらに攻撃を繰り出して、自身が勝っている姿など想像できない。なぜならこの蒙恬という男は攻撃こうげき平然へいぜんと受け止めているだけではないのだ。


 攻撃を全部受け止めているのに立っている位置は最初からほとんど動いていない。これは初めて欒廷玉と手合てあわせした時以来の衝撃しょうげきだった。


「祝竜殿。おそらく欒廷玉殿から指摘されていると思いますが、腕力ばかりに頼り下半身との連携れんけいおろそかになっております。それ故その力がかしきれていない。重要なのは下半身」

「!!」


 蒙恬がゆっくりと動く。それは祝竜が得意とした構え。だが……


(この重圧じゅうあつ! これは竜にはないものだ。見ているだけであせが出る!)


「しっかり受け止められよ。失敗すれば肩が外れるぐらいでは済みませんぞ」


 繰り出されたのは祝竜の最初の一撃。だが完全に祝竜の技とは別物べつものだ!


(竜!)


「う、うわあぁぁっ!」

「「あ、兄貴!」」

「む、息子よ!」


 欒廷玉があせり、弟と祝朝奉しゅくちょうほう悲鳴ひめいひびく!


 ズドン! ガガガン!


 無我夢中むがむちゅう火事場かじば馬鹿力ばかぢからとはこんな時をいうのだろうか。身の危険を感じた祝竜は自分の力を引き出してその一撃を受ける事に成功せいこうした。しかし受け止めるのが精一杯せいいっぱいで蒙恬に上から押し込まれて動けない状態だ。


「……お見事みごと。今の感覚かんかくを忘れないように」


 蒙恬がにかっと笑ってその場を離れる。


「はっ、はっ、はっ……はあぁっ!」


 祝竜はなか放心ほうしんしていて返事どころではない。

 しかしその視線しせんは蒙恬が一撃を繰り出した時に前足まえあしまれた場所。


 小石こいしなどが粉々こなごなに踏みくだかれ、地面にくぼみまで出来たその一点をただ見つめていた。

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