第六十四回 腕くらべ

 この日の祝家荘しゅくかそう歓迎かんげいうたげで盛り上がる。話題は王家村おうかそんから運ばれてきた品々しなじな賞賛しょうさんから始まり祝家荘の説明へとうつり、両村りょうそんの今後の関係の話へと入ろうとした。


「ところで楊志ようし殿。もし人違ひとちがいなら申し訳ないのだが…… 」


 祝家荘の武芸師範、欒廷玉らんていぎょくと名乗っていた男がするどい視線を楊志に送りながらたずねる。


「なんでしょう?」

貴殿きでん……青面獣せいめんじゅうの楊志殿ではあるまいか? 実はうわさに聞く風貌ふうぼうのような気がしていたのだ。たたずまいからも武人ぶじんのそれを感じる」


 楊志はその風貌と武術の腕前から青面獣とあだ名された男。偽名ぎめいを使いそれがばれれば不信感ふしんかんいだかれるにはじゅうぶんな要因よういんとなる。一番いちばん身元みもと辿たどり着きやすい条件を持っていた彼はそれを危惧きぐして偽名を使わず本名ほんみょうで通し、幸いにもこうそうした展開てんかいになった。


「いかにも。青面獣楊志とは私の事です」

「おおやはり! いや武矢ぶや殿の腕前にも驚いたが貴殿はあの楊志殿か。……蒙恬もうてん殿もかなりの使い手とんでいたのですが」


 蒙恬を名乗っている秦明しんめいが少し驚く。


それがしは何もしていないのにそんな事を言われますか。いや欒廷玉殿も人の事は言えないと思いますぞ?」


 ※欒廷玉

 祝家荘の武芸師範。得物えものから鉄棒てつぼう異名いみょうをとる。独竜岡どくりゅうこう三家荘さんかそう随一ずいいちの武人で、鉄槌てっついのような暗器あんきも使いこなし、時にはさくろうする知恵者ちえしゃでもある。


「先生、青面獣楊志殿は強いんですか?」


 割って入ってきたのは祝朝奉しゅくちょうほう三男さんなん祝彪しゅくひょうだ。


「先生が言うほどなら余程よほどなのかな?」


 二男じなん祝虎しゅくこも興味を持つ。


 ※祝虎

 祝朝奉の二男。兄弟の中で武芸の腕前は一番劣る。


 ※祝彪

 祝朝奉の三男。武芸の腕前は兄弟の中で一番。


「そんなすごい人達ならば是非ぜひ指南しなんしてもらいたい所。親父殿、竜の兄貴も入れれば俺達も三人。楊志殿、蒙恬殿、武矢殿も三人。ちょっと手合わせしてもらえないか頼んでみちゃもらえないかな?」


 一家揃いっかそろって武芸好きなので祝朝奉は面白い提案ていあんだとは思った。村のおさが頼めば引き受けてはもらえるだろう。一応欒廷玉の意見を聞く。


師範しはん殿はどう思われる?」


 皆の視線が欒廷玉に集まった。


「……正直に申しましてご子息殿達ではまだ役不足でしょう。むしろそんな方々かたがたがこうも集まっているほうが奇跡きせき。しかし……私以外の強者きょうしゃとの手合てあわせは良い経験になるでしょう」

「! さすが先生! 話が分かる!」


 楊志達も祝朝奉からの頼みに加え、親密しんみつになっておいた方が得と考えその申し出を受ける。結果得物はぼうを使い、三対三の団体戦を行う事となった。


「では審判しんぱんはこの欒廷玉がつとめましょう。お互い先鋒せんぽう、前へ」


 王家村側からは武矢が。祝家荘側からは祝虎が出てくる。


「兄貴頑張れ! 簡単に負けるなよ!」

「弟よ! 武矢殿は弓じゃないとは言え油断ゆだんはするな」

「そんな余裕よゆうないに決まってるだろ!」


(花栄かえい点鋼槍てんこうそうでも使い手だ。心配はいらんだろう)


 秦明しんめいが楊志に言い彼もうなずく。


(あ、面白い事思いついたぜ楊志よ)

(なんだ?)

(へへへ。まだ秘密だ)


 朱貴達しゅきたち部外者ぶがいしゃにとっては良い余興よきょうが始まった。


「始め!」


 祝虎が棒を構えて間合いをめる! 武矢は構えたまま動かない。


「はっ!」


 祝虎は突きをすが武矢は最小限の動きでそれを自分の棒で防いだ。


「くっ? やあっ! それっ!」


 祝虎はすぐさま棒を引き、はらわざに切り替え棒の後方部分で武矢を狙い、かわされると遠心力えんしんりょくを利用して上段から振り下ろす。


 カン!


「ああっ!?」


 武矢は下からの振り上げで祝虎の棒をはじきとばしそのまま祝虎の足を棒で払った。


「わわわっ」


 祝虎はどすんと尻もちをつく。その眼前がんぜんには武矢の棒が。


「それまで! 勝者武矢殿!」


 欒廷玉の声がひびく。


「兄貴いいとこなしじゃないか!」


 実際じっさいかるくあしらわれたという表現ひょうげん似合にあ一戦いっせんだった。


「さすが花……じゃない武矢だ。無駄むだな動きがなかったぞ」

「彼のくせなのかにぎりが甘かったのでそこに付け込みました」

弓兵きゅうへい視力しりょくあなどれんな」


 さわぐ祝兄弟とは反対にぼそぼそとやりとりする楊志達。そして舞台ぶたい次鋒戦じほうせんへと移ろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る