第六十三回 祝家荘との交渉

 祝家荘しゅくかそう独竜岡どくりゅうこう三荘さんそうの中心にあり規模きぼも大きく発言権はつげんけんも高いこの場所には、王倫おうりんの義弟であり生辰網せいしんこうの時に隊商たいしょうひきいた経験のある楊志ようし酒場さかば経営者けいえいしゃでありながら梁山泊りょうざんぱく最古参さいこさん杜遷とせん朱貴しゅき宋万そうまん幹部かんぶ四名に新参しんざんとはいえその武勇で梁山泊に名をとどろかせた花栄かえい秦明しんめいをあたらせていた。


「率いるのが隊商でなく兵士ならばいくさだって出来るぞ。それだけの面子めんつそろえて投入とうにゅうとは義兄あにきも思い切った事をする」


 楊志は笑った。


首領しゅりょう殿どのはここが重要じゅうようと見て我らを起用きようしてくれた。その期待きたいにはこたえんと。なぁ花栄。……いや、今は村にやとわれた護衛ごえい武矢ぶや殿だったな」

「ふ……そうだな蒙恬もうてん殿」


 祝家荘に向かう者は名や立場が知られている可能性かのうせいがある者達でもあったので、楊志以外は偽名ぎめい名乗なのる事にしていたのである。


 ちなみに杜遷がそん、朱貴がりゅう、宋万がそうと名乗っていた。楊志は知名度ちめいどに対して問題行動を起こした人物とは思われていないので流浪中るろうちゅう王家村おうかそんに雇われた設定せっていになっている。


 全体として見ると楊志以外全員無名の人物ばかりとなり、楊志一人に注意を向けさせ朱貴や花栄達に対して余計よけい詮索せんさくをさせたくないねらいがあった。


 ぞくや軍隊が訪れたのなら警戒けいかいもされようが、隊商……それも中々なかなかの品を扱う隊商と来れば祝家荘の中に入る事自体は簡単であった。


 品々しなじなに気を良くしたあるじ祝朝奉しゅくちょうほう一行いっこうまねいてうたげもよおしたいと申し出る。


 ※祝朝奉

 独竜岡中央にある祝家荘の主。祝家の三傑さんけつと呼ばれる祝竜しゅくりゅう祝虎しゅくこ祝彪しゅくひょうを息子にもつ。東の李家荘りかそう・西の扈家荘こかそう団結だんけつ結束けっそくを固めている。



 もちろん楊志達にこれをことわる理由はない。そこでおたがはらさぐいになるかもしれないという事も皆分かっていた。そう思うのも当然で、この祝朝奉の近くに立っている男がすきを見せずにこちらをうかがっているのである。


(おい、楊志。あの男……)

(ああ秦明。かなり出来るな。おそらく武芸師範ぶげいしはんの男だろう)

(向こうも我々の技量ぎりょうをはかっている雰囲気ふんいきですね)


 楊志達とその男のするど視線しせんのやりとりを他所よそに品物に目を輝かせる祝朝奉とそれに説明を加える朱貴、杜遷、宋万の三人。


「おーい! 息子よ誰か来てくれ!」


 祝朝奉が呼びかけると一人の男が出てきた。


「なんだい親父殿おやじどの……と先生まで」

「おお竜か。皆さんこいつは私の息子で長男の祝竜しゅくりゅうと申します」


 ※祝竜

 祝朝奉の長男。腕っぷしは中々。


「この方々が良い取引を持ちかけてきてくれたのでな、宴に招待したいのだ。その準備とな、あとにわとりの良さそうなやつも何羽なんわか選んでおいてくれ。この酒や品々は絶品ぜっぴんだぞ」

「へぇ! そいつは楽しみだ。分かったよ親父殿」


(楊志殿、これは好機こうきですぞ)

(む? 花栄殿?)

(ひとつ探りを入れてみましょう)


 きびすを返そうとする祝竜を花栄が呼び止める。


「あ、少しお待ちを。祝朝奉様? こちらからも少しばかり肉を用意してもよろしいでしょうか?」

「む? 肉も扱っておいででしたかな」


 だが運んできた荷物に肉はない。


「花……ごほん! ぶ、武矢殿。我等われらは肉は運んできてはおりませんぞ」


 朱貴がそれをげる。


「分かっていますとも劉殿。それは今から私が用意します」

「え?」


 花栄は弓を構えると空に向かい素早く矢を三度放った。すると時を置かず三羽のがんが落ちてくる。


「! 見事な腕前だ」


 師範であろう男がつぶやいた。祝朝奉と祝竜も目を丸くしている。


「よろしければいまれたこの雁も提供ていきょうさせていただきたい」

「おお、おお! 見事見事! すぐにさばかせましょう! 竜よ」

「任せとけ! 弟達も呼んで急いで準備するよ」


 この花栄の申し出とその弓の腕前に祝朝奉と祝竜も大変喜んだ。師範の男が向ける雰囲気もかなりやわらいだものになった。


 こうしてまずは武矢と名乗った花栄の活躍かつやくで最初の関門かんもん好印象こういんしょう突破とっぱする事が出来たのである。

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